挿話 記憶の欠片 灯
二話同時投稿です。前話からどうぞ。
読み終えた紙片を放り出し、男は長椅子に深く腰を下ろした。整えてあった明るい色の髪をぐしゃりと乱し、息をつく。
そこにそっと、杯を差し出したのは、美しい女だ。豪奢な形に髪を結い、胸元の開いたドレスを着ている。
「おつかれね」
気を取り直したように男は姿勢を正し、香り高い労いを受け取った。
「なんとか、片付きそうね」
「おかげさまで。大いに助かりました」
「出張るつもりはなかったのだけどね。つい、我慢がきかなくて。夫には、叱られたわ」
「あの人が、貴女を叱る? まさか」
男は酒に口をつけながら、笑みを含んだ。
「本当よ。あなたにすべて任せて、見極めなければならないって言ってたわ。ふふ、情報操作は苦手なくせに、そういうところは、押さえてるのよねえ」
「……それは、貴女は私には任せられないと判断したということですか」
「直球ね」
女のたおやかな手が、男から飲みかけの杯を取り上げた。
入れ替わりに、仕立ての良いシャツの襟元を、二本の指の赤い爪で、つん、と突いた。
「どうかしらね。確かに、時間が少しかかりすぎだとは思うわ。奥様も、かわいそう。ずっと、ほったらかしなんでしょう?」
「身辺警護は十分に」
「ふふ、心は、どうかしらね。きっと、傷ついてるわ」
男は、答えない。
女は、あざとく、男を覗き込んだ。
「貴方が、任せるに足りるかどうか、今からでも、証明して?」
「言われずとも。逃しは、しない」
男が、その腕を伸ばした。
揺らめく火が映り込んだか、金色がかった青い眼が、獲物を見据えるかのように鋭く細められた。




