たつひと 1
アメリたちを屋敷に迎えて、その夜は正式な晩餐となった。ミリアンネは埃を落とし、レーヌの助けを借りて、きちんと準備を整えて、晩餐に参加した。マーズの手前、渋々といった様子は見えるものの、ジェイはミリアンネの隣席についている。ロジエンヌの姿も、久しぶりに見た。
「ロジエンヌが長く世話になったわね。しかもわがまま言って、ミリアンネさんをそちらに招くなんて、ミリアンネさんにもあなた達にも、迷惑をかけたわ」
「とんでもございません。ご滞在いただいて、大変光栄でしたわ」
マーズが母として礼を言うのに、殊勝げにアメリが微笑む。
わがまま、と言われたことを誰も否定しないので、ロジエンヌが少しむくれていた。
「それに、今日こちらに伺ったのは、ミリアンネ様に御礼を申し上げるためでしたの」
「礼?」
「ええ、マーズ様。ミリアンネ様に同行されていた護衛の方達が、帰途、当方の屋敷に立ち寄っていかれたものですから。夫も、手合わせができて、喜んでおりましたのよ。——ねえ、あなた」
ジェイはむっつりと黙ったまま、到底、礼などという雰囲気は感じられない。その様子は、まるで。
「手合わせするから、なんて言い訳して、帰り道に主人抜きで歓待してもらうなんて、なんだか、王都の護衛の人たちって、いい加減なのね」
……とでも、言いたそうな。心の内をまるっと代弁してくれたロジエンヌに、ミリアンネは少々、同情の視線を向けた。即座に、マーズが厳しい声をかける。それが、わかっていたからだ。
「ロジエンヌ。事情を知りもしないのに、他人を貶める発言はよしなさい。——護衛の方達については、帰路変更と特殊な接待任務が入ることについても調整済みの上、きちんとした手続きと報告を受けています。そもそも、ジェイからの申し出による手合わせのための立ち寄りであり、その返礼としての宿泊と食事については、当然でしょう」
「……! ご、ごめんなさい」
「ジェイも、一体その態度はなに? あなたの手元にも、関連の書面は届いていたはずですよ。屋敷に到着早々、いったい何枚の書類を、ミリアンネさんが準備しなければならなかったことか。もちろん、そういう手続きが必要なことをわかったうえで、手合わせなんて、所望したのでしょうね?」
突然伯母に厳しく問われ、ジェイは顎を引いて、背筋をいよいよ伸ばした。
「書面、ですか。いえ、アメリ、なにかあったか?」
「ええ、はい、お見せしましたわ。お手合わせについて、ミリアンネさんの護衛の任を終えた二名が要望に応じることができるので屋敷へ立ち寄られることと、諸々の手配の確認書です。確かに、そこに、あなたの要望である旨は書いてありましたわ」
「む、あれか。——申し訳有りません、伯母上。確かに要望は私からですが、その、すでに一度その場で断られていた上に、実際にはたったの二名だったもので」
あくまで表情重くそう言う甥に、マーズは眉間を揉んだ。
「断って、当然でしょう。彼らは、今回ミリアンネさんの輿入れのために当家とサリンガー家が高給で雇い入れた、専門の護衛たちですよ。護衛に直接関係のない、事前の想定にない危険の伴う作業をさせて、万が一怪我でもした場合、支払額は、報酬の全額の三倍という契約です。それを負担するのは、侯爵家と当家の折半となってしまいます。が、その怪我の原因が明らかに貴方である場合、両家はそれを、貴方に請求しますよ」
ついでマーズが告げたおよその金額に、ジェイだけでなく、アメリもロジエンヌも、目を剥いた。
「ミリアンネさんが、これから嫁ぐ予定の家の縁者に強請られたからといって、気軽に受けられるはずがないでしょう」
「ぐ、そ、それはかなり、過請求では」
「彼らが、怪我がなければ稼げるはずの生涯の収入を思えば、高くはありません。家臣であれば、別の形で報いることもできましょう。けれど彼らは、対価のみで動く専門家です。——今、このような形の雇用は、どんどん増えていますよ」
一度口をつぐんだマーズだが、はあ、とため息をついて、再度口を開いた。
「もしかして、わかっていないかもしれないので、教育と思って説明しますけどね、そういう彼らと結んだ契約を、途中で変更するなんて、これ以上ない面倒ごとなのよ。侯爵家に、無事の任務完了を報告するまでが本来の任務。それを途中で変更して、しかも、貴方のところで危険手当付きの特別任務として、手合わせを含む技術指南のための別の契約を結んで、様々な補償の取り決めをして……。護衛本人達にとっても、心底面倒だしリスクのあることだから、希望者はいなかったのよ。
侯爵家から、嫁入りにケチがつくのはよくないと、だいぶ手当を弾んでもらって、ようやく、二人、そっちに送ることができた。しかも、その二人は、侯爵家で昔から馴染みの方達らしくてね。報酬ではなくて、ミリアンネさんが貴方に手合わせを求められた時にきちんと彼らのことを思って断ってくれた気持ちに応えて、結婚祝いとして、応じてくれたの。
それを、『たった二人』ですって? どれだけ考えなしで、わがままなの。失望させないでちょうだい」
ジェイは、口を開け閉めするだけで、もはや、息すらも出せないようだった。真っ赤な顔が、だんだんどす黒くなってくる。
その横で、アメリは澄ました顔で、さっとぶどう酒を煽った。
「あなた、ほら、私が、ミリアンネ様は決して手合わせに反対はされていないと思う、って言った通りでしょう?」
「う、うむ。——————すまん、ミリアンネ殿。ご配慮、感謝する」
「手合わせ自体は、大変楽しんでましたのよ。来てくださったお二人とも、怪我もなく」
「大変な手練れで、貴重な指導をしてもらったと思っている」
「ああ、でも、ごめんなさい。余分な話でしたわね。ミリアンネ様は、荒事にはご興味はあまりないのですものね。それより、とても素敵な馬を、マーズ様からいただいた、とか」
こうして、いつも彼女は、自分を守るのだろうか。
夫に対してすら、一緒に謝る、ということをしない。振り回して、話を自分本位に分断して、自分の言いたいことのほうに、誘導する。
けれどミリアンネは落ち着いて、投げられた会話を受け取った。




