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094 あたし達は正派なんだが、信用されてない様だ

「竜銘を使ってはいなかったが、まともな強さの奴じゃなかった。蒼南の武林じゃ名の知れた連中も、かなり出ていた大会だったんだが、誰一人足下にも及ばず、奴に蹴散らされていた」


 莱拉を見下ろしながら、宋旺は言葉を続ける。


「しかも、奴が従えてる竜銘は、蒼竜八傑に負けずとも劣らぬと言われる、破軍傾国。うちの竜銘主の先生方が、総出でかかろうが、どうにか出来る相手じゃない」


「でも、焔帝門なら正派の筈ですから、江湖内で竜銘戦やらかす様な真似は、しないのでは?」


「滅殭屍姫幇に参加してる門派は、基本的には皆正派だ。それでも、幇主會が江湖内での竜銘戦に備えてるのは、何故だか分かるか?」


「――分かりません」


「滅殭屍姫幇に参加してる連中は正派であっても、殭屍眼を持つからと、まだ罪を犯していない少女を殺すのを、正義としてる連中だ。大事を為す為になら、小事と看做す存在を犠牲にするのを正義とする連中なんて、信用出来る訳が無いだろう」


「それは、確かに……」


 安寧に限らず、殭屍姫の脅威を知りながらも、滅殭屍姫幇の活動に協力的ではない江湖が、幾つも存在するのは、そんな滅殭屍姫幇の体質に寄る部分が大きい。


「実際、竜銘戦とは行かぬまでも、過去に江湖内で……滅殭屍姫幇の連中は、色々と法を破って、無茶をやらかしたと聞いている」


 宋旺の言う事は事実であり、滅殭屍姫幇に参加した正派の武術家達が、正義を暴走させた例は、決して少なくは無い。


「正派の連中は、大抵まともなんだが、中には正義を暴走させる奴等もいる。正派だからといって、用心しない訳にはいかないのさ」


「成る程……」


 小屋で馬を預ける手続きを終え、厩舎に向い始めた焔帝紅竜を目で追いながら、宋旺は小伊に指示を出す。


「お前は城壁の上から、可能な限り連中の監視を続けろ」


 小伊は頷いた上で、宋旺に訊ねる。


「楊さんは?」


「何人か連れて、連中を尾行しつつ監視する」


「尾行するなら、着替えた方が?」


 警衛団員なのが一目で分かる、濃緑の功夫服を指差しつつ、小伊は問いかける。


「このままで良いんだ、安寧側が監視してる事を意識させた方が、連中が自制してくれる可能性が高いからな」


 宋旺には莱拉達に気付かれずに、尾行をする気は無い。


 監視されているのを意識させた方が、莱拉達が法を破る様な真似を、心理的にし難くなるだろうと、考えているからだ。


 竜銘主が確認出来た場合、尾行に同行する様に話をしておいた、城壁の歩廊上にいる部下達に、宋旺は声をかける。


「竜銘主連中が現れた! 手筈は先程話した通りだ、五人……俺について来い!」


 軽功を発動した上で、城壁から跳び下りた宋旺に続き、濃緑の功夫服姿の部下達の中から五人が、同様に城壁から跳び下りる。

 六人は一団となり、厩舎地区へと向かって移動を開始。


 尾行される側である、焔帝紅竜の三人は、厩舎に馬を預け終えると、竜銘達を人の姿へと変えた上で、六人となって厩舎地区を出た(人姿じんしの際の竜銘は、人として数える)。

 竜銘主である三人は、それぞれの背包を背負っている。


「――つけられてますね」


 厩舎地区から、繁華街の大通りへ向かって歩いている最中、後ろを気にしながらの、麗紅の言葉だ。


「気配を消す気すら無いって感じだな、牽制してるつもりなんだろう」


 莱拉は苦笑いしつつ、言葉を続ける。


「あたし達は正派なんだが、信用されてない様だ」


「安寧は滅殭屍姫幇を、支持していない側の江湖ですから。私達に関する情報を、既につかんでいて、警衛団に監視させてるって所でしょうか」


「そんな所だろうから、警衛団連中から情報得るのは、無理そうだな」


 焔帝紅竜の面々は、莱拉の言葉に頷く。


「大通りに出たら、焔月は北側の城門を監視出来そうな場所を押さえて、そのまま城門の監視を続けてくれ。宿でも青旗せいきでも、何でも良い」


 莱拉の言う青旗とは、酒場の事だ。

 蒼界の酒場は、店先に青い旗を出す慣わしがあるので、青旗せいきと呼ばれる場合がある(青旗せいはいと呼ぶ地方もある)。


「風槐花と四季王沙門が今現在、安寧にいようが……これから訪れようが、夜に出入りするのであれば、北側の城門を通らざるを得ないからな」


 要するに、安寧の出入口を監視する拠点を、莱拉は焔月に押さえる様に頼んだのである。


「あたし達は、情報を集めて回るよ。風槐花と四季王沙門に関する情報だけでなく、あの派手な戦いをやらかした連中に関する情報もね」


 焔帝紅竜の面々は、莱拉の言葉に頷く。


「今は午後十時半くらいか」


 安寧の中央方向に目をやりながら、莱拉は呟く。

 莱拉の目線の先にあるのは、安寧の数箇所に建てられている鐘樓しょうろうだ。


 鐘樓とは、その最上部に時を告げる鐘を持つ、高い建物の事であり、鐘樓は一時間に一度、鐘を鳴らすのが基本。

 形は江湖により様々だが、安寧のは灰色のせんで建てられた、他の建物の倍程の高さがある、細い尖塔型(磚は煉瓦の一種)。


 扶桑界から時計の技術が流入した事により、大きな江湖の鐘樓には大抵、大きな時計が設置されていて、事実上の時計塔と化している。

 安寧の鐘樓にも、時計が設置されているので、見れば大雑把な現在時刻が分かるのである。


「次の鐘が鳴ったら、一度……北側の城門前に集合だ。そこで一度、焔月が押えた宿か青旗に移動し、その後の行動を決める」


 莱拉が指示を出している間に、焔帝紅竜は大通りに辿り着く。

 夜間ではあるのだが、人々で賑わう大通りに。


「――じゃ、後でね!」


 焔月は莱拉の肩を軽く叩くと、大通りの中を北側に向かって、速足で歩き始める。


「こっちも、始めるよ!」


 莱拉の言葉を切っ掛けに、焔月を除いた焔帝紅竜の面々が、大通りに散らばって行く。

 通行人だけでなく、大通りに軒を並べている店の店員などにも、話を訊いて回る為に。


 散った焔帝紅竜それぞれの後を、一人ずつ……濃緑の功夫服に身を包んだ警衛団の団員達が、つかず離れずといった感じで、後を追い続ける。

 尾行を指示した宋旺自身は、莱拉の後をつけている。


 そして、北側の城門に向い、城門付近の宿に入り、焔月が宿を押えようとしていた頃……女を乗せた一頭の馬が、城門から安寧の中に入って来た。

 褐色の肌の露出が多い、独特の意匠の功夫服を身に纏った、大女の乗る馬だ。




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