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091 しかしまぁ、滅僵尸姫幇への参加を決めた、焔帝門の今回の選択は、間違いだったのかもしれないな

「――催命鬼共も片付いた事だし、さっさと安寧に向かうとするかねぇ」


 人を殺した後とは思えない程、気楽な口調で莱拉は言い放つ。

 悪と見做みなす相手の殺害に対し、莱拉は一切の躊躇が無い。


 多くの人々に害を為し、殺めた邪教の者達の殺害など、正派の武術家にとっては当たり前の事。

 正派の武術家である莱拉からすれば、黄泉招来の者達相手に、かける情けも容赦も無いからだ。


 無論、犯罪者相手であれ、私刑を禁じる法がある、国家の領土や江湖などでは、正派の武術家は法を遵守する。

 だが、この場は文字通りの無法地帯なので、蒼界中で邪教と認定され、構成員全てが重犯罪者と見做される、黄泉招来の者達の殺害を、莱拉が躊躇う理由は無い。


 他の焔帝紅竜の面々の認識や感覚も、莱拉と同様であり、法が禁じない状況下であれば、犯罪者の殺害に躊躇ったりはしない。

 同じ正派に属する武術家であっても、扶桑界の日本で生まれ育ったが故に、犯罪者相手であれ殺害には躊躇いがあり、倒した催命鬼達にとどめをささなかった沙門とは、この点において大きな違いがある。


 焔帝紅竜の三人は、それぞれ嘯を使い、自分の馬を呼び寄せようとする。

 殭屍千陣に襲われた直後、戦いに巻き込まれぬ様に逃がした、三頭の馬を。


 馬が来るのを待っている間、やる事が無かった莱拉は、左手の甲の傷を思い出す。

 気の流れを操作し、傷口を塞いでいるだけで、治療はしていなかったのだ。


「そういえば、まだ治してなかったな」


 左手の甲を見ながらの莱拉の呟きを、傍らにいた焔月が耳にする。

 焔月は莱拉の左手の甲に顔を寄せると、ぺろりと一嘗めする。


 すると、竜嘗甦丹りゅうしょうそたんを服用した人が行う場合とでは、比べ物にならない程の速さで、傷跡は一切残らずに、傷は莱拉の左手の甲から消え去ってしまう。

 一応、傷の辺りの皮膚と肉が溶けた上で、その辺りの皮膚と肉が、傷が無い状態に再生されるのだが、その速さが尋常では無いのだ。


「この程度の傷、甦功そこうでも……すぐに治せるのに」


 左手の甲を見ながら、少し恥ずかしげに顔を赤らめる莱拉の言葉に、しれっとした表情で、焔月は言葉を返す。


「私が嘗めた方が速いよ」


 身体に負った傷の治療が出来る内功が甦功であり、甦気そきという功気を傷の辺りに集めると、傷を負う前の通常の状態に、戻す事が出来る。

 大抵の傷を治せるのだが、酷い傷などは、長い時間と大量の気が必要となる。


 軽功と硬功、そして甦功の三つが、武術を学ぶ者が初期に習得する、基本的な三つの内功。

 この三つの内功は、基礎三功きそさんこう三功底さんこうていなどと呼ばれている。


 竜功における甦功が竜甦功りゅうそこうであり、甦功よりも治療能力は遥かに高い。

 焔月は竜甦功も使えるが、大抵の傷は舔竜てんりゅうという、嘗めて治す方法で治してしまうのだ。


「――しかしまぁ、滅殭屍姫幇への参加を決めた、焔帝門の今回の選択は、間違いだったのかもしれないな」


 馬の到着を待ちながら、莱拉が呟いた言葉を聞いて、焔帝紅竜の面々は驚きの表情を浮かべる。


「何故です?」


 麗紅は訝しげな顔で、莱拉に問いかける。


「最高戦力である筈の、催命鬼と装甲殭屍が、あの程度の強さなんだから、黄泉招来の戦力なんざ、高が知れているだろう」


 微妙な表情を浮かべつつ、莱拉は言葉を続ける。


「だとしたら、今回は滅殭屍姫幇に参加するよりも、殭屍眼の持ち主の少女を焔帝門で保護して、神仙女宮まで連れて行った方が、良かったんじゃないか?」


「良くはありませんよ、師姐は黄泉招来を侮り過ぎです」


 麗紅は莱拉の問いを、即座に否定する。


「奴等は我等には対処し難い、殭屍眼の少女を殭屍姫とする為の秘術を持っています。戦力で我等が奴等に勝っている状況であっても、殭屍眼の少女を守り通せる可能性が低いのは、明らかですよ」


「そんな秘術とやらが、本当に有るのかねぇ?」


「封殭屍姫幇の時代に、何度も使われた記録が残っているので、おそらくは……。不完全な殭屍姫となるので、黄泉招来も避けたい術の様ですが」


 大雑把に過去の経緯を学んだだけの、莱拉や洛士とは違い、封殭屍姫幇時代の戦いに関する、数多くの資料にまで、麗紅は目を通している。

 故に、封殭屍姫幇の時代に使われていた秘術の存在まで、麗紅は知識としては知っているのだ。


「黄泉招来より先に、殭屍眼の少女を探し出して殺す……これが最も確実に、殭屍姫がもたらす災厄を防げる方法なのは、封殭屍姫幇と滅殭屍姫幇の歴史が証明しています」


「そうか……まぁ、お前が言うなら、そうなんだろうな」


 莱拉が残念そうな口調で呟いた直後、麗琳が声を上げる。


「馬……来たよ!」


 麗琳が指差す方向から、三頭の馬が一団となって走って来る光景が、焔帝紅竜の面々の目に映る。

 呼び寄せた馬達が、ようやく姿を現したのだ。


 焔帝紅竜の面々は、馬達が自分達の元に辿り着くのを待たず、軽功や軽功に相当する竜功を使い、馬の元へ向かって駆け出す。

 馬と合流した上で、莱拉と麗紅……洛士の三人は、自分達が従える竜銘を武器の姿に変える。


 それぞれの竜銘を套子とうしや鞘に収めた上で、馬の鞍の留め金に引っ掛けておいた背包と共に背負うと、焔帝紅竜の三人は馬の背に乗り、手綱を握る。


「安寧に急ぐぞ!」


 声を上げて、馬を走らせ始めた莱拉に続き、麗紅と洛士も馬を走らせ始める。

 焔帝紅竜を乗せた三頭の馬は、夜の荒野を駆けて行く……大して離れてはいない、安寧へと向かって。



    ×    ×    ×




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