088 あたしは正派だから、滅多に使う技じゃないが、血流殺(けつりゅうさつ)や、血伝殺(けつでんさつ)とか呼ばれている、邪派が使う暗殺用の技がある
そんな青釭太白の技の変化に、あっさりと莱拉は対処。
地を蹴って跳躍すると、身体を横に倒して回転させる跳躍法……旋子転体で、前回より少し低めとなった、瓢潑烈刺の刺剣の雨を、莱拉は跳び越えてしまう。
旋子転体で刺剣を跳び越える最中、莱拉は右手を伸ばし、青釭太白の冑を掴む。
青釭太白を旋子転体の回転に巻き込みながら、莱拉は豪快に投げ飛ばし、地面へと叩き付ける。
莱拉は即座に、内功を硬功に切り替えつつ、地に伏した青釭太白の背に回ると、左手で左腕を捻り上げる。
そして、莱拉は膝立ちの姿勢で両脚を使い、青釭太白の右腕と身体を押さえ込む。
腕を捻り上げるだけの擒拿術と、両脚で押え付けるだけの単純な方法で、莱拉は青釭太白の動きを封じてしまった。
黄泉招来の術により強化された装甲殭屍は、硬功発動時に並の武術家が発揮する力を、遥かに上回る怪力を誇るのだが、硬功を発動した莱拉の膂力は、その怪力すら上回るのだ。
「は、放せッ!」
「放せと言われて放す馬鹿が、いる訳ないだろ」
青釭太白を通して声を上げる斬鬼に、莱拉は素っ気無く言い放ちながら、動きを封じた青釭太白の不朽装甲の観察を始める。
対装甲殭屍戦闘の訓練は積んでいた莱拉なのだが、実際に不朽装甲を目にするのは、今回の戦いが初めてだった。
凄腕の莱拉といえど、装甲殭屍の動きを封じもせずに、不朽装甲を念入りに観察するのは困難。
青釭太白の動きを、擒拿術と両脚で封じた今、ようやく莱拉は不朽装甲を、間近で観察出来るのだ。
興味深げな顔で、不朽装甲の各所を観察しつつ、莱拉は空いている右手で、不朽装甲の関節部などを弄り回す。
蛇腹状の部品で関節部分の隙間は、殆どが塞がれているのだが、僅かに隙間は存在する。
莱拉は関節部を弄り回し、隙間に指先が通らないかどうかを確認したり、蛇腹状の部品が外せないかどうかを、試したりしているのだ。
「聞いていた通り、指が通らないな。部品も外せそうも無いし、点穴は無理か……」
関節部から右手の指先を外しつつ、莱拉は呟き続ける。
「――だが、これだけの隙間が開いているのなら、中の殭屍が祝融通天礮で焼けないのは妙だな。殭屍を焼ける程度の焔帝気、隙間から入る筈だ」
青釭太白の左肘の関節部分にある、隙間を凝視しつつ、祝融通天礮の焔帝気が、隙間から中に入らなかった理由を、莱拉は考える。
「功気の隙間からの侵入を、完全に防ぐ術でも施されているのか? いや、そんな術が存在するなら、こんな部品で隙間を塞ぐ必要自体が無い筈だ」
莱拉の言う「こんな部品」とは、関節部の隙間を減らす為の、蛇腹状の部品だ。
点穴は指先を通し、功気などを直接身体に送り込む技なので、功気の侵入自体を防げる術があるのなら、関節部の隙間を蛇腹状の部品で狭める必要が無いと、莱拉は考えた。
点穴を打ち込む、指先の経絡を流れる功気も、その術で止められる筈だからだ。
「点穴が通用するからこそ、指先が通らぬ様に、こんな部品で隙間を狭めてはいるのだが、祝融通天礮の焔帝気ですら、隙間からの侵入は不可能……」
抵抗する青釭太白の動きを封じたまま、莱拉は考えを進める。
「つまり、功気の隙間からの侵入を防げる術を、黄泉招来は不朽装甲に施しているが、それは完璧な術ではなく、点穴の様に……身体を通して功気を送り込むのは、防げないんじゃないのか? だからこそ、指先が通らない様に、隙間を狭めているんだろう」
直後、青釭太白の抵抗が弱まる。
青釭太白を通し、莱拉の言葉を耳にした斬鬼が、驚きの余り、青釭太白の動きを鈍らせたのだ。
「――図星か」
青釭太白の動きの変化から、莱拉は自身の推論の正しさを確信する。
わざわざ莱拉が、自分の考えを口にしていたのは、青釭太白の術者である斬鬼の反応を、確かめるためだった。
「だからどうした?」
隙間から身体を通して、直接功気を送り込まれる攻撃を防げないという、不朽装甲の弱点を言い当てられ、つい動揺してしまった自分を誤魔化すかの様に、斬鬼は強い口調で莱拉に食ってかかる。
無論、青釭太白の口を通して。
「それが分かったからと言って、子供の小指ですら通らぬ隙間しかない、不朽装甲の隙間から、身体を通して功気を送り込むのは、不可能なのだからな!」
「確かに、身体を通して直接というのは、あたしには無理そうだ。世の中……髪の毛を導体にして、功気を流せる武術家もいるらしいが、あたしは出来ないし」
莱拉の目には、青釭太白の左腕を捻り上げている、左手の甲が映る。
先程、屍青釭剣が掠めて、傷を負った左手の甲が。
その傷と……乾いた血の汚れを見て、滅多に使う事が無い技の存在を思い出し、莱拉は笑みを浮かべる。
「――だが、身体に準ずる気の導体を通じ、功気を流す事なら、あたしにも出来る」
「身体に準ずる気の導体……だと?」
青釭太白をの口を通し、驚きの声を上げる斬鬼に、莱拉は言い放つ。
「血だよ、血は身体に準ずる気の導体で、大抵の功気は血を伝わるのさ」
血に汚れた自分の左手の甲を目にして、血が身体と同程度に気や功気を流す事と、血を利用する技の存在を、莱拉は思い出したのだ。
「あたしは正派だから、滅多に使う技じゃないが、血流殺や、血伝殺とか呼ばれている、邪派が使う暗殺用の技がある」
莱拉は青釭太白の左腕を、左手から右手に持ち替えて、そのまま捻り上げ続ける。
「部屋の中にいる人間を、暗殺したりする時に使う技でね、戸の下にある隙間から、血を部屋の中に流し込むなどして、暗殺対象に血を触れさせ、血に功気を流して攻撃するのさ」
血流殺や血伝殺について説明しながら、塞いでいた左手の甲の傷口を、莱拉は気の流れを操作して開く。
開いた傷口から、赤々とした鮮血が溢れ出る。
「――戸の下の隙間から、部屋の中に流し込む様に、この血を関節部分の隙間から、不朽装甲の中に流し込めば……」
莱拉は左手の甲を、青釭太白の肘関節の隙間に近付け、傷口から溢れ出る血を流し込み始める。
気の流れを操作し、出血量を適度に操作した上で。
「血の経路が中の殭屍と繋がるから、血に功気を流せば、中の殭屍に攻撃出来るという訳だ」
血を流し込みながら、莱拉は楽しげな笑みを浮かべつつ、言葉を続ける。
「まぁ、不朽装甲に施された術が、身体に準ずる導体……血を流れる功気を、防げなければの話だが」




