079 別に、悪い事してる訳じゃ無いもん。沙門さんの傷を、治療してるんだから……
「――いっぱい血が出てたから、もう一粒くらい、飲ませた方がいいかも……念の為に」
自分に言い訳するかの様に呟きながら、薬包から血清丹を摘み上げて口に含むと、槐花は茶碗に手を伸ばし、水を口に含む。
先程よりは少しだけ慣れた風に、槐花は沙門と唇を重ね、水と仙丹を流し込む。
沙門も再び、仙丹ごと水を飲み込む。
飲み込む際、沙門の舌が槐花の舌に触れ、槐花の全身に震えが走る。
槐花は唇を離し、沙門の様子を確認する。
(気付いた訳じゃ無いんだ……)
沙門が目覚めて舌を動かした訳では無く、水が溢れない様に深く唇を合わせていたので、互いの舌が触れ合っただけなのだと気付き、槐花は安堵する。
「次は……竜嘗甦丹」
槐花は処方箋を読み、竜嘗甦丹の処方を確認する。
一応……義理とはいえ、七年近くの間、蒼浪一の薬師の娘として生きて来た槐花は、竜嘗甦丹の事を、大雑把には知っていた。
「これは怪我人じゃなくて、治療する人の方が飲む薬なんだよね、確か……」
竜嘗甦丹の処方は、槐花の記憶通りだった。
槐花は薬包の皿の中から、青い竜嘗甦丹を摘み上げると、口に含んで茶碗の水で飲み干す。
「後は唾が粘って青くなるまで、少しの間待つ……と」
槐花は沙門の隣に、寄り添う様に座りながら、唾が粘り気を感じるまで待つ事にする。
竜嘗甦丹を服用すると、少しの時間を置いて、唾液が粘り気を増し、色が青くなる。
この竜唾と呼ばれる、青い唾液が分泌される状態の人間が、傷付いた人の傷を嘗めると、傷が驚く程の速さで治るのだ。
竜や人の姿となった竜銘は、傷口を嘗める事によって、大抵の傷を短時間で完治させてしまうのだが、その嘗めて治す行為や能力を、舔竜という。
その舔竜に近い能力を、一時的に人間に与えるのが、竜嘗甦丹なのである。
竜嘗甦丹の与える治癒能力は、舔竜の治療能力に近く、人間の武術家が使う、大抵の治療用の内功よりも、治療能力は高いと言われている。
もっとも、竜銘の唾液は無色透明であり、青くは無い。
ちなみに、竜功には治療を目的とした、竜甦功が存在する。
竜銘は竜銘主の傷を治す際、桁外れに強力な治療能力を持つ竜甦功を使わず、舔竜で治療する場合が多い。
傷口を嘗めて治すのは、竜銘にとって、竜銘主への親愛の情を示す行為でもあるので、竜銘は舔竜による治療を好むのだ。
ただし、極めて竜銘主が危険な状態の時は、竜甦功と舔竜を併用するし、身体が欠損する程の損傷を受けた場合は、また別の高度な竜功を使用する。
(傷が酷いのは、左腕と……胸かな?)
膝下を切り落とした袴風の、黒い下着だけの姿となった、沙門の身体を見下ろしつつ、自分が嘗めて治療する傷の場所を、槐花は確認する。
唾液が青くなるのを待ちながら、傷を負っている部分を露にする為に、沙門の破れ放題の功夫服を、槐花は脱がせたのだ。
左腕の傷が一番酷いが、胡蝶熒惑に抱き締められた際、傷の状態が悪化してしまった為、胸の傷も酷い状態である。
無論、脚などの他の部分に負った傷も、浅くは無い。
沙門の全身を確認している内に、唇が目に入る。
ほんの少し前、薬を口移しで飲ませる為とはいえ、初めて異性と唇を合わせてしまった時の記憶と感覚が、槐花の頭の中に甦る。
(あれは、接吻じゃ無いんだけど……)
そう心の中で自分に言い聞かせながらも、沙門と唇を合わせた経験を、自分が嬉しく思っているのを、槐花は自覚していた。
「――もう、いいかな?」
口の中の粘り気が増したので、槐花は指先を嘗め、自分の唾液の色を確認する。
既に唾液は青くなっていたので、槐花は沙門の傷の治療を、始める事にする。
槐花は緊張しながら、沙門の胸に覆い被さる様に、顔を傷に近付ける。
汗と血の臭いが、槐花の鼻腔を刺激する。
傷口は閉じていて、既に瘡蓋が出来ているのだが、治っている訳ではない。
沙門が気の流れを操作し、無理矢理傷口を閉じて、出血を止めているだけなので、身体に負荷がかかれば、すぐに出血してしまい、下手をすれば死に繋がりかねない状態だ。
槐花は少し躊躇いがちに、舌先で軽く瘡蓋を嘗めてみる。
瘡蓋どころか、その周囲の皮膚や肉までもが、熱せられた鍋で溶かされる脂の様に、どろりと溶ける。
苦痛を覚えたのだろう、沙門は眠ったまま軽く呻く。
(痛いのかな?)
槐花は舌を離し、様子を窺う。
槐花が嘗めた部分……傷を負った皮膚と肉は溶けたのだが、溶けた部分の下にある肉が、微妙に盛り上がっている。
槐花が竜唾で嘗めたせいで、抉られた傷の辺りの肉が、再生し始めているのだ。
(大丈夫みたい……)
沙門の表情には、それ程強い苦痛を感じている様子は見られず、嘗めた傷口は再生し始めている。
竜嘗甦丹の効果は、確かであった。
槐花は沙門の胸に覆い被さったまま、本格的に傷口に舌を這わせ始める。
飼い猫が甘えて、主人の身体を嘗めているかの様に。
肌を嘗める事自体が、槐花には相当に刺激的であり、背徳感を覚えさせる行為である。
その上、傷口を嘗める度に、沙門が苦しさと心地良さが入り混じった感じの、軽い呻き声を上げるので、槐花の覚える背徳感は、より強められてしまう。
(別に、悪い事してる訳じゃ無いもん。沙門さんの傷を、治療してるんだから……)
目的は正しくとも、背徳的な色合いの強い行為に、自分が没頭してしまっているのを自覚していた槐花は、誰にという訳でもなく、心の中で言い訳をする。
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