006 蒼河と蒼江に挟まれた地域が、蒼界である
世界最大の大陸……盤古の東部を流れる大河、蒼河と蒼江に挟まれた地域が、蒼界である。
四季がある温暖な気候と肥沃な土地に恵まれた、豊かな地域である蒼界には、七つの王国と百を超える江湖が存在し、沢山の人々が日々の生活を営んでいる。
江湖という言葉には、幾つかの意味合いがあるが、蒼界においては通常、国家に所属しない自治都市を意味する。
そういった自治都市の多くは、大きな川や湖などの、水の豊富な場所に存在する場合が多い為、川……つまり江や湖に近い自治都市が、何時しか江湖と呼ばれる様になったのだ。
国家に属さない江湖は大抵の場合、王族が統治する国家とは異なり、幇主達による合議制により統治されている。
同業者組合や同郷者互助会など、江湖に居を構える様々な結社……幇会の首領が、幇主である。
七つの王国が割拠する蒼界において、自治都市でしかない江湖が、各国家に取り込まれずに済んでいるのは、殆どの江湖が、国家軍隊ですら容易には手出し出来ぬ程に、強力な戦力を備えているからである。
江湖が強力な戦力を備えているのは、軍隊を所有しているからでは無く、江湖に多数の民間人戦闘員……武術家が、住み着いているからなのだ。
豊かな地域ではあるのだが、多数の妖魔や犯罪組織が存在する、危険な地域でもある蒼界は、古来より妖魔や犯罪者から身を守る為、武術が盛んな土地柄であった。
故に、国家であれ江湖であれ、様々な武術の門派が門を構え、武林と呼ばれる武術家の社会を形成しているのが、当たり前の状況となっている。
江湖の武林は、強力な戦闘能力を持つ武術家を育成し続けているし、他所から流れ着き、住み着く武術家もいる。
江湖は常に、多数の強力な武術家と共にあるのだ。
自分が住み着いた江湖や、自分が生まれ育った江湖が、蒼界の各国家による軍事的驚異に晒された場合、武術家達は当り前の様に国家軍隊と闘い、江湖を守るのである。
しかも、他の江湖の武林からも、義侠心溢れる武術家達が多数、国家の横暴から江湖を守る為に駆けつけて来るので、例え国家の軍隊であっても、江湖を好き勝手には出来ない。
蒼界の南西部において、最大の江湖である蒼天にも、様々な武術の門派が門を構え、武林を形成している。
一年程前、扶桑界から蒼界に流されて来た少年……四季王沙門が保護され、住み着いたのが、蒼天の武林を代表する門派、蒼天門の本拠地……蒼天館である。
扶桑界とは蒼界の様に、盤古大陸の地域を示す名では無い。
盤古大陸が存在する世界とは、全く別の世界……異世界の事なのだ。
全く別の世界である、扶桑界と蒼界の人間は、通常時は行き来する事は不可能。
だが、数年に一度、蒼界と扶桑界を繋ぐ通路が開き、蒼界人が扶桑界に流されてしまったり、扶桑人が蒼界に流されて来てしまったりする現象が発生する。
沙門の様な扶桑人とは、扶桑界から流されて来たまま、扶桑界に帰れなくなってしまい、そのまま蒼界に住み着く羽目になった人々なのである。
いわば、蒼界における、難民の様な存在といえる。
ちなみに、扶桑人達は扶桑界の事を、日本という名で呼ぶ事もある。
日本とは扶桑界にある国の名前であり、蒼界に流されて来る扶桑人の殆どは、日本という国の人間なのだ。
そして不思議な事に、扶桑界の日本の隣には、中国と呼ばれる、蒼界と良く似た国が存在している。
扶桑から来たばかりの扶桑人の眼には、蒼界が遠い過去の中国の様に映るらしい。
沙門も蒼界に流されて来た当時、多くの扶桑人同様の感想を抱いた。
遠い過去の中国に、流されて来た様だという感想を。
蒼界に流されて一年が過ぎ、既に蒼界に馴染んだ沙門は、世話になっている蒼天館の主人……林星王の依頼で、蒼界七国の一つである慶国を訪ねた。
慶国での用事を済ませて蒼天に帰る途中、沙門は相棒と共に、温泉で有名な観光地である、蒼岱に立ち寄ったのだ。
沙門が、殭屍に襲われていた少女……風槐花を助けたのは、夜市が催されている蒼岱の大通りから、温泉宿に戻る途中の、夜道だったのである。
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