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004 お前みたいな子供に、変な事なんかするかよ

(しかも、呪符が全て同じだから、五体もの札付きの殭屍を、たった一人で操っていたって事になる。こりゃ相当な実力の術者だな)


 掻き集めた五枚の呪符を確認し、少年は心の中で呟く。

 傀儡殭屍に関しては、少年は過去に遭遇した経験もあるし、傀儡殭屍術に関しても、大雑把にではあるが武術の先輩に、術の性質などを教わっていた。


 傀儡殭屍術に使われる呪符の中央には、殭屍を操る術者を象徴する、特徴的な記号がある。

 つまり、呪符の中央の記号が同じなら、同じ術者が作り出し、操っている傀儡殭屍だと分かるのである。


 集めた五枚の呪符全てに、「高」という文字と、山を象った記号を組み合わせた感じの、特徴的な記号があった。

 故に、少年は五体の傀儡殭屍を操っていたのが、一人の術者だと分かったのだ。


 そして、少年の知る範囲では、術者が同時に操れる傀儡殭屍の数は、多くても三体以下。

 だからこそ、五体もの傀儡殭屍を同時に操っていた術者を、「相当な実力の術者」だと、少年は考えたのである。


(ただの殭屍に襲われたのなら、偶然だろうけど、札付きの殭屍……しかも、相当な実力の術者が操る奴に、結界に守られた江湖の中で襲われたとなると、偶然じゃないかもしれないな)


 結界に守られた江湖の中で、相当な実力を持つ術者が操る傀儡殭屍の群に、少女が襲われるという珍しい事態に、偶発的では無い何らかの作為を、少年は感じ取った。


(術者は偶然、道を通りかかった……この女の子を、通り魔的に襲った訳じゃなくて、この女の子を確実に殺す為に、傀儡殭屍を五体も作り出して、襲わせたんじゃないのか?)


 一連の出来事には、目の前にいる少女を確実に殺したがっている何者かの、明確な殺意が潜んでいる気が、少年にはしたのだ。

 あくまで勘でしかなく、具体的な証拠がある訳ではないのだが。


(俺の勘違いなら良いんだが、そうでない可能性もある。命を狙われてるかもしれない女の子を、このまま放っておく訳にはいかないな)


 そう考えた少年は、意を決した表情を浮かべ、少女に話を持ちかける。


「こんな遅い時間に、女の子が一人で歩いてちゃ駄目だ。送って行くよ」


 戸惑った風に俯き、少女は答を返さない。

 助けられたとはいえ、名も素性すじょうも分からぬ相手に、送って行くと言われても、即答出来るものではない。


 少年は少女の戸惑いを察し、送って行きたい理由の説明を始める。


「札付きの殭屍の近くには、殭屍を作り出して操った人間が、必ずいる筈なんだ」


「殭屍を作り出した人間が、近くに?」


 驚きの表情を浮かべての少女の問いに、少年は頷く。


「つまり、ここで俺と別れて独りになったら、さっきの札付きの殭屍を操ってた奴は、お前を再度、襲って来るかも知れないのさ。だから、子供は遠慮なんか……」


 遠慮なんかしないで、素直に送られてろ……と言おうとした少年は、言葉を途中で打切ると、少女の肩を掴んで、素早く強引に抱き寄せる。


「ちょっと……いきなり何するんですか?」


 悲鳴に近い口調で、少女は抗議の声を上げるが、少年は少女の抗議を無視し、少女を抱き締めたまま、その場で半回転し、少女と自分の立ち位置を入れ替える。

 その際、少年の肩が少女の頭にぶつかり、少女が被っていた帽子が脱げ落ちる。


 直後、空気を切り裂く風に似た音を立てながら、少年の背後の方向から、何かが飛来して来る。

 飛来して来たのは、二十を超える数の小刀しょうとうの雨。


 飛来して来た小刀の殆どは、少年と少女の周囲の地面に突き刺さるが、飛来した内の五本が、少年の背を直撃する。

 少年は軽い呻き声を上げるが、小刀は少年の身体を傷つける事は出来ず、弾き返される。


 先程、少女の背後から、小刀が飛んで来たのに気付いた少年は、即座に内功を軽功から硬功に切り替えた。

 その上で、少女と自分の立ち位置を、強引に入れ替えたのだ……自らの身体を盾として、少女を庇う為に。


 硬功を発動している状態なら、投擲された小刀……いわゆる飛刀ひとう程度の攻撃は、余裕で弾き返せる。

 飛刀による攻撃を硬功で防いだ少年は、身体を満たす硬気を右手の先に集めると、飛刀が飛んで来た方向に、右掌を向ける。


「そこだ!」


 鋭い声と共に、少年の右掌から、硬気の塊が放たれる。

 少年の放った掌力は、松明たいまつの様に周囲を照らしながら、飛刀が放たれたと思われる、川の向こう岸にある竹林に向って飛んで行く。


 二十歩程の幅がある川を超え、竹林に辿り着いた硬気の塊は、数十本の竹を衝撃で薙ぎ払う。

 爆音と共に弾け飛んだ竹の残骸が、辺りに四散する。


 ただし、絶叫や悲鳴……呻き声に類する、人が発したと思われる音を、沙門は聞き取れない。

 人の気配も、察知出来ない。


「手応えは無いし、敵の気配も無い。逃げられたか……」


 少年は悔しそうに呟きながら、左腕だけで抱き締めていた少女を解放する。

 警戒を怠らずに、周囲を見回しながら。


(どうやら、俺の勘は当たってたみたいだな)


 傀儡殭屍の術者は、少女を標的として、確実に殺そうとしているのではないか……という、勘に基いていた少年の考えが、確信へと変わる。

 通り魔的に偶然、少女を狙ったのであれば、少女には固執せずに、失敗した時点で逃げ去る筈。


 それにも関わらず、自らが攻撃を受ける危険を冒してまで、術者が飛刀による追撃を行ったのは、それだけ少女に固執しているからこそ。

 その固執こそが、少女が偶然に選ばれた標的ではない証拠だと、少年は考えたのである。


 自分の周囲の地面に突き刺さっている小刀と、少年の功夫服の背中に穿たれた、幾つもの小さな穴を見て、自分の身に何が起っていたのかを、少女は察する。


「――私の事、守ってくれたんですね」


「何かが飛んで来るのが、見えたんでな」


「いきなり抱きしめられたから、変な事されるんじゃないかって、勘違いしちゃいました。ご免なさい」


 少し照れた様に、少女は頭を下げる。


「お前みたいな子供に、変な事なんかするかよ。俺は子供には興味無いんだ」


「子供扱いするの、止めてくれないかな」


 拗ねた様な口調で、少女は続ける。


「私を子供扱い出来る程、年が離れている様には見え無いよ、お兄さん」


 そう言いながら、少女は前髪を、右手で軽く梳く。

 その時初めて、少年の目の前で、少女の瞳が露になる。


 少女の瞳を目にした少年は驚き、両目を見開く。

 何故なら、可愛らしく整った少女の顔を飾る、宝石の如き瞳の色は、夏の青空を映しているかの様な色……青色だったのだ。


 蒼界が存在する、盤古ばんこ大陸の西部には、青い瞳の民族が住んでいるという。

 だが、盤古大陸の東部に存在する蒼界では、青い瞳は珍しい。


 西の民族の血が混ざった、ごく少数の人間だけが、青い瞳を持っているというのが、蒼界における一般的な認識である。




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