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048 あんなだから、いい歳をして、男の一人も出来ないんだ……情けない

「焔帝門の先達から、竜銘を継承した我等と違い、滅絶竜姫と勝負して勝ち、従えた少年だ……只者では無いさ。こいつは、面白くなって来たねぇ!」


 悪癖が出たと判断するしかない、「面白くなって来たねぇ!」という莱拉の発言を聞いた麗紅は、呆れ顔で窘めの言葉を口にする。


「厄介な奴が絡んで来たっていうのに、喜ばないで下さいよ、師姐しそ。我々の目的は、風槐花を太陽が出ている間に始末し、殭屍姫の出現を食い止める事なんですから」


 年上の先輩であっても、麗紅は容赦無く嗜める。

 無論、それを許すだけの度量が莱拉にあると、麗紅は知っているからこそ、目上の莱拉を窘めたり出来るのだ。


「師姐が任務を忘れ、強者との戦いの方を優先してしまうのは、何時もの事ですが……今回の任務は、何時もよりも遥かに重大なんです!」


 強い口調で、麗紅は念を押す。


「我々が任務を果たし損ったら、蒼界を殭屍姫の大災厄が襲う事になるんですから、くれぐれも自重して下さい!」


「分ってるよ、麗紅は心配性だな」


 そう言いながら苦笑する莱拉の顔を、疑い深げに半目で見つつ、麗紅は話題を切り替える。


「とにかく、安寧あんねいに急ぎましょう。我々の次の目的地は、安寧に決まりましたので」


 魁鳩が運んで来た手紙を、麗紅は莱拉に手渡す。

 焔帝紅竜は安寧という江湖に向い、槐花を探し出して殺せという指示が書かれた、本部からの手紙を。


 沙門と槐花の目撃情報から、滅殭屍姫幇の本部は、沙門と槐花が仙水に向う経路を予測。

 殭屍姫になり得るとはいえ、現時点では普通の少女と何ら変わらぬ、槐花を連れた状態では、沙門が選べる経路は、幾つかに絞られるのだ。


 そして、危険な妖魔が多い地域などでは夜営は難しく、沙門は夜間……江湖に立ち寄らざるを得ない(竜銘である政宗を伴っていれば、半端な妖魔などは、恐れて近寄らない為、話は別なのだが)。

 滅殭屍姫幇は、予測される経路上にある江湖を選別し、それらの江湖に実戦部隊を移動……配備を進めている最中であった。


 現在の実戦部隊では、最強と看做されている焔帝紅竜は、これまでは遊撃隊という扱いで、活動を活性化させている黄泉招来側の実戦部隊相手に、各地を転戦して回っていた。

 遊撃の合間に、小川の畔で休息を取りつつ、焔帝紅竜は本部からの定時連絡を待っていた所、安寧に向う旨の指示が書かれた手紙を、魁鳩に届けられたのである。


「成る程、四季王沙門と風槐花は、妖魔の多発地域を避ける為、安寧で夜を過ごす確率が最も高いというのが、本部の分析か……」


 手紙に目を通しながらの、莱拉の言葉を耳にして、洛士は問いかける。


「つまり、俺達は最も重要な場所を、任された訳ですね?」


「そうさ」


 洛士の問いに、莱拉は答える。


「四季王沙門か……楽しみな相手だ。滅絶竜姫も一緒なら、もっと楽しめるだろうに」


 そんな莱拉の言葉を聞いた麗紅は、不安感に苛まれながら、背包から取り出した紙に、石筆せきひつで手紙を書き始めていた。

 石筆とは蝋石ろうせきの事だが、扶桑界の物よりも軟らかいので、石版だけでなく紙にも書ける上、様々な色が存在する。


 蒼界で最も多く使われている筆記用具は、墨と筆。

 それに加え、主に携帯用の筆記用具として使われる石筆や、高価なので普及はしていないが、扶桑人が持ち込んだ物を複製した、万年筆が使われている。


 この場で麗紅が石筆を使っているのは、墨の様に乾くのを待たなくて良いからだ。

 石筆は墨よりは高いし、墨より色も薄いのだが、旅行中は石筆を筆記用具とするのが、蒼界では普通なのである。


 その石筆で書かれた、焔帝紅竜は指示を了解し、これより安寧に向う……という趣旨の手紙を折り畳むと、糖葫芦とうころを食べ終えた後、辺りに生えていた草を、足で突っついて遊んでいた魁鳩かいきゅうに、麗紅は歩み寄る。

 麗紅はしゃがみ込むと、優しげに微笑みながら、魁鳩に問いかける。


糖葫芦とうころは美味しかったかい?」


 魁鳩は「美味しかった」と言わんばかりに、機嫌の良さそうな鳴き声を上げると、右足を上げて、女の方に向ける。

 麗紅が何を求めているか、魁鳩は理解しているのだ。


「良い子だね」


 麗紅は滅殭屍姫幇の本部への手紙を、魁鳩の右足に結び付ける。

 そして、上着の衣嚢いのうから呪符を取り出し、魁鳩に見せつつ語りかける。


「これと同じ呪符がある所に、その手紙を送り届けてくれ」


 魁鳩は、「分かった!」とでも言っているかの様に、大きく一鳴きすると、よちよち歩きで麗紅から三歩程離れてから、大きな翼を羽ばたかせ始める(三歩は四メートル半)。

 空気の流れを巻き起こし、辺りの草を激しく揺らしながら、魁鳩は大空に舞い上がり、飛んで来た方向に向って、飛び去って行く。


 麗紅は立ち上がり、魁鳩が飛び去った方に、何歩か歩いて立ち止まると、魁鳩を笑顔で見送りつつ、大声で呼びかける。


「頼んだよー!」


 そんな麗紅の姿を見て、洛士は呆れ顔で呟く。


「あいつは動物や……人に懐く妖魔への接し方と、人間への接し方に、差が有り過ぎる。人間にもあれくらい、優しく接しろってんだよ」


 莱拉は洛士の呟きに、頷いて同意する。


「あんなだから、いい歳をして、男の一人も出来ないんだ……情けない」


 洛士の今度の呟きには、莱拉は頷かず、落ち込んだ風な口調で言い放つ。


「いい歳をして、男の一人も出来ない女を、洛士は情けないと思っているのか……」


 莱拉の言葉を聞いてから、洛士は気付く、「いい歳をして、男の一人も出来ない」という条件に合致するのは、麗紅だけでは無い事に。


「洛士にとって、あたしは情けない師姐だったんだな。済まないね、情けない師姐で」


 表情から、莱拉が冗談で言っているのは明らか。

 この程度の事で、莱拉は怒ったり機嫌を害したりする人間ではない。


 それは洛士も、分かってはいる。

 だが、武術家として遥かに格上であり、同門の尊敬する先輩である莱拉に、無礼と受け取られかねない発言をしたのは、まずかったと、基本的には真面目な洛士は思うのだ。


 故に慌てて、洛士は弁解の言葉を口にする。


「いや、違う! 今のはそういう意味じゃなくて……」


 その時、魁鳩を見送り終えた麗紅が戻って来て、二人に話しかける。


「――安寧での風槐花の捜索と抹殺が、私達の任務です。既に他の部隊も、風槐花を連れた四季王沙門が仙水に向う際、通り得る各所に展開している筈」


 魁鳩に話しかけていた時とは全く違う、引き締まった真顔で、麗紅は言葉を続ける。


「私達も出遅れる訳にはいきません、早速……安寧に向けて、出立しゅったつしましょう」


「そうだな」


 麗紅の言葉に同意すると、莱拉は岩の近くにある三つの背包に歩み寄り、自分の物を拾い上げて背負う。

 更に、残りの二つも拾い上げると一つを麗紅に、もう一つを安堵の表情を浮かべている洛士に渡す。


 洛士が安堵の表情を浮かべていたのは、自分の失言に関する話題が、麗紅が戻って来たお陰で、そのまま有耶無耶うやむやに流れてしまったからだ。

 心の中で洛士は、珍しく麗紅に感謝していた。




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