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002 あれは……殭屍(きょうし)?

 大通りから離れた、川沿いの夜道。

 涼しい春の夜風に吹かれながら、夜市での買い物を終えた少年は、宿に向かって一人で夜道を歩いていた。


「あの嫉妬深い性格、どうにかならないのかな……」


 半目の呆れ顔を浮かべつつ、少年は愚痴をこぼす。


「別に、恋人同士でも夫婦でも無いのにさ」


 恋人同士でも夫婦でも無いのだが、故あって、恋人や夫婦以上の運命共同体となってしまった相棒の、嫉妬深さに呆れながら、少年は宿に向って夜道を行く。

 夜市が催されていた大通りとは違い、石燈籠などの照明はまばらではあるが、月明かりにも照らされているので、歩くのに困る程には暗く無い。


 そんな夜道に突如、甲高い少女の悲鳴が響き渡る。

 少年の進行方向から、悲鳴は響いて来ている。


(何だ? ぞくでも出たのか?)


 悲鳴が聞こえて来た方向に向かって駆け出しながら、少年は心の中で呟く。


(治安が良い江湖こうこだと聞いていたんだがな、蒼岱は……)


 江湖とは、国家に属さない自治都市の事だ。

 少年が旅の途中で立ち寄った江湖……蒼岱そうたいは、同じ名を持つ低山のふもとにあり、温泉を生かした観光地である。


 蒼岱の指導者達は、温泉という資源に恵まれた蒼岱を、安全に楽しめる観光地として発展させる為に、治安の改善に力を入れ続けて来た。

 その努力が実り、蒼岱は現在、蒼界そうかいと呼ばれる広大な地域において、最も治安の良い江湖の一つとして、知られている。


(夜道で女の子が賊に襲われるとは、蒼岱も評判程には、安全な江湖では無いって事か)


 少年は夜道を駆けながら、心の中で呟く。

 程なく、少女が襲われていた現場付近……川にかかった橋の近くに辿り着いた少年は、少女が襲われていたのは賊なのだろうと、勝手に決めつけていた自分の誤りに気付く。


 少女を襲っていたのは、賊では無かったのだ。


「あれは……殭屍きょうし?」


 少女を襲っていたのは、人間の姿をした妖魔……殭屍の群だった。

 殭屍とは、動く死体とでも言うべき妖魔である。


 生きている人間の様に動いてはいるのだが、殭屍自身には生前の様な、思考能力や意志は無い。

 ただ生きている者を襲い、命を奪う為だけに、殭屍は自動的に行動する。


 殭屍の外見は、生きた人間と余り変わり無いのだが、髪の毛と瞳が青く、肌が血の気を失い青ざめていて、白装束に身を包んでいるという特徴がある。

 少女を襲っていた者達は、髪の色が青く、白装束を着込んでいたので、少年は殭屍だと判断したのである。


 少年は、夜市で買った様々な品々で膨らんでいる、背負う形で携行する鞄……背包はいほうを、移動と戦闘の邪魔になると判断し、その場で投げ捨てる。

 そして、五体の動く死体……殭屍に襲われ、逃げ回る少女を目指して、地を駆ける。


 地を駆けながら、少年は瞬時に内功ないこうを発動させ、身体全体から気を発生させる。

 人間などの生物にとっての、根源的な力が気であり、気を操る武術家の技術が、内功である。


 功能を持たない純粋な気を、様々な功能を持つ功気こうきに変換して活用する事により、武術家は自分の身体能力を引き上げたり、攻撃技に利用したり、傷を治療したり出来る。

 武術家にとって内功は、体術や肉体を鍛え上げる外功がいこうと共に、必須の技術と言える。


 少年は、基本的な内功の技の一つである、硬功こうこうを発動し、気を硬気こうきに変換する。

 硬気は、自らの身体に満たせば、武術家の防御能力と力を、飛躍的に引き上げる事が出来る、硬功における功気だ。


 気を硬気に変換して、硬気を身体に満たし、防御力や力を引き上げる内功の技を、硬功と呼ぶ。

 そして、硬功で作り出される硬気は、塊にして放てば、遠距離から敵を攻撃する、飛び道具としても利用出来る。


 達人ともなれば、一里(四百五十メートルに相当)離れた場所から、硬気の塊を放ち、敵を殺傷する事も可能だ。

 武術の経験が浅い少年は、武術の技量こそ未熟であり、使える内功の種類も少ないのだが、長年の修行を続けた武術家に匹敵する程、強力な気の力を持っている。


 もっとも、少年の持つ強力な気の力は、修行によって得たものでも無ければ、天賦の才という訳でも無い。

 半年前に運命共同体となった相棒によって、気の力を目覚めさせられただけなのだ。


(距離は七十歩……余裕で届く!)


 白装束に身を包んだ、青い髪の殭屍の群に向けて、少年は狙いを定めつつ、全身に満ちた硬気の一部を、右掌に集中させる(ちなみには、一メートル五十センチに相当する、この世界における長さの単位である)。


(食らえ! 硬破掌こうはしょう!)


 少年は右の掌を開き、殭屍の群に向けて突き出す。

 直後、直径四尺(しゃくは二十五センチに相当する長さの単位)程の大きさの、仄かに赤みを帯びた、白い光球状の硬気の塊が、辺りの空気を震わせつつ、少年の掌から殭屍の群に向って放たれる。


 この様に、武術家が掌から放つ気を、掌力しょうりょくと呼ぶ。

 硬破掌の様に功気の塊として放つ技もあれば、功気を塊とせず噴射するだけの技、打撃と共に功気を直接打ち込む技など、掌力の使い方は様々である。


 掌力として放たれる気も、硬気などの功気には限らず、功気に変換する前の只の気を、衝撃波として放つ技もある。

 ちなみに、硬気を掌力として放つ技……硬破掌は、掌力を放つ技の中では、基本的な技といえる。


 光球……掌力は、夜道を照らしながら直進し、少女から少し離れた場所に集まっていた、三体の殭屍を直撃する。

 白い稲妻の如き閃光が、殭屍達を包み込んだ直後、落雷に似た轟音と共に、三体の殭屍の身体は粉々に砕け散る。


 狭い範囲に集まっていた、三体の殭屍を一撃で倒す為、少年は通常より大きめの硬気の塊を作り出し、放ったのだ。

 通常、硬破掌の掌力として放たれる硬気の塊は、直径二尺以下である。




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