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001 男と女の関係になる相手なら、あいつじゃなくて……人間の女にするって

「この……浮気者ッ!」


 女の怒鳴り声が、夜の大通りに響き渡る。

 人並み外れて大きな怒鳴り声に驚き、通りにいる人々は、一斉に声の響いて来た方向に目をやる。


 人々の目線の先には、声だけでは無く、身体も人並み外れて大きな女がいた。

 通りを行き交う大人の男より、余裕で頭一つ以上は背が高い、黒い功夫服くんふうふくに身を包んだ大女が。


 大女の着込んでいる功夫服は、布地が大胆に切り取られていて、腹部や腕……胸元などが露になっている。

 褐色の肌を露出させている大女の身体は、筋肉質で引き締まっているが、それでいて女性的な魅力にも溢れ、つやっぽい。


 隻眼なのだろう、大女の右眼は、功夫服と同じ色の眼帯で覆われている。


「あたしの主人でありながら、あたし以外の女に物を買い与えようとするとは……。そんな真似が、許されるとでも思ってるのか、貴様は!」


 銀色の長い髪を、猛り狂う獣の様に逆立てた大女の、琥珀を思わせる色合いの左瞳には、嫉妬の炎が燃え盛っている。

 整ってはいるが、派手過ぎる顔立ちのせいか、この大女は普通の人間よりも、感情が明確に外面に表れる。


 虎や獅子ですら、子猫の様に怯えてしまいそうな程、いかれる大女の声と表情には、迫力と威圧感がある。

 まさに、逆鱗に触れられた竜の如き、おこり様だ。


 それにも関わらず、大女の怒りの鉾先ほこさきである、竜の逆鱗に触れてしまった少年には、怯えた様子は微塵みじんも無い。

 大女と同じく、黒い功夫服に身を包んでいる少年は、通りに立ち並ぶ夜店の見世棚に陳列された、煌びやかな女性向けの小物を、何食わぬ顔で物色し続けている。


「許されるに決まってんだろ」


 青く透き通った蒼蘭石そうらんせきの腕輪を手に取り、少年は右腕にはめてみる。

 夜の大通りや夜店を照らす、石燈籠いしどうろうの軟らかな光を浴び、腕輪は華やかに煌めく。


 少し小柄であり、胸が膨らんでいれば、少女と見聞違えそうな外見の少年に、その腕輪は良く似合っていた。


「仕事のついでとはいえ、観光地の蒼岱そうたいに寄ったんだ。世話になってる人には、土産物の一つくらい買って帰るのが、浮世の義理……というか、人の世の常識なんだよ」


 そう言いながら、少年は腕輪を外す。


「あたしは人じゃ無いから、人の世の常識なんて、関係無いんだけどねぇ!」


 豊かな胸を揺らしながら、不機嫌そうに腕組みをして、大女はまくしたてる。


「人の世の常識が許そうが、貴様が他の女に物を買い与える様な真似は、あたしが許さないって言ってんの!」


「お姐さん、これ包んで!」


 脚の肌の露出度が高い、桃の花の様な色合いの旗袍きほうを着込み、健康的な色気を振りまく、二十歳前後に見える女の店員に、少年は腕輪を手渡す(旗袍とは、いわゆるチャイナドレス風の衣装)。

 少年は大女の抗議など、涼風でも吹いたかとばかりに、涼しげな顔で無視してしまう。


 店員は大女の様子を気にしながらも、手際よく腕輪を青い包み紙で包み始める。


「――ちぎってもいない女相手にまで優しくしまくる、貴様みたいな節操の無い男を主人にした、あたしが馬鹿だった! ああ馬鹿だったよ!」


 抗議を無視された大女は憤然として、少年に背を向け歩き出す。


「おい、何処行くんだよ? まだ買わなきゃならない物、沢山あるってのに!」


 呼びかける少年に、大女は強い口調で言い返す。


「知るか! あたしは宿に戻って、酒でも飲んでる! 買いたい物があるなら、貴様一人で何処にでも買いに行け! この女好きの浮気者!」


 文句を吐き捨て終えると、大女は大通りを猛然と歩き去って行く。

 突進して来る猪を避けるかの様に、通りを行き交う人々は二手に分かれ、大女の為に道を開ける。


「相変わらず、理解不能な程に嫉妬深いな、あいつは。世話になってる女友達に土産物を買う程度の事で、怒らないでくれよ……」


 少年は、去り行く大女を目で追いながら、呆れ顔で呟く。


「自分の主人……夫や恋人が、他の女の人に優しくしたら、女が怒るのは当たり前じゃないかな?」


 突如、少年は背後から声をかけられる。声の主を確認しようと、後ろを振り向いた少年の目に、少女の姿が映る。

 長い亜麻色の髪を三つ編みにして垂らしている、青い旗袍姿の少女だ。


 旗袍姿と言っても、少女は下衣したごろもである細身のはかまと組み合わせる、脚の肌を露出しない着方をしているので、色気とは無縁(袴は和服のとは違い、むしろ洋服のズボンに近いデザイン)。

 むしろ、上衣じょういの裾が長めの功夫服と、見間違えそうな服装である(大人の女性は袴を穿かず、旗袍をワンピースの様に着る場合が多いが、子供や男性は袴を穿き、旗袍を上衣として着る為、功夫服に似てしまう)。


 少女は目元の辺りを隠すかの様に、布製の青い帽子を目深に被り、前髪を垂らしていた。

 十代中頃の少年より小柄であり、少し幼く見える。


「自分で相手を裏切るような浮気者のくせに、相手が嫉妬深いとか文句言うだなんて、お兄さん……男として最低!」


 少年を非難し終えると、少女は大女が消えた方向に歩き去り、人込みの中に姿を消してしまう。


「何で俺が、通りすがりのお子様なんかに、男として最低とか言われなきゃならないんだよ……」


 見知らぬ少女にけなされた少年は、不機嫌そうな半目の表情で、店員から丁寧に包装された腕輪を受け取る。


「そもそも、俺は別に……あいつの夫でも恋人でも無いってのに」


「そうなの?」


 少年から腕輪の代金分の銅貨を受け取った店員は、意外そうな顔で続ける。


「君の事を主人って言ってたから、てっきり年下の若い旦那さんだとばかり……」


 店員の言葉に、少年は首を横に振る。


「夫って意味の主人じゃ無くて、主従関係上の主人って意味なんだ。しかも、主人っていうのも名ばかりで、実質的には相棒みたいなもんだし」


「男と女の関係じゃなくて、主従の関係だけ? そうは見えなかったけどな」


「あいつと男と女の関係とか、有り得ないってば! 悪い冗談止めてよ、お姐さん!」


 苦笑いを浮かべて言い放つと、少年は店員に背を向け、その場から歩き去って行く。

 そして、誰にも聞こえない程の小声で、ぼそりと呟く。


「――男と女の関係になる相手なら、あいつじゃなくて……人間の女にするって」


 あたかも、先程の大女が人間では無いかの様な言葉を口にしつつ、少年は夜の雑踏に紛れ、歩き去って行く。


    ×    ×    ×





なろう向けのレイアウトとして改行を増やし、空行を多数入れた為、そのままだと本来の空行部分(場面変更時などの)が、分かり難くなってしまうので、本来の空行部分は、以下の三連の「×」と置き換えてあります。


    ×    ×    ×


この三つの「×」を見かけたら、場面転換などで入る、本来の空行部分だと判断して下さい。


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