117 ――ったく、猫に遊ばれてる、鼠みたいな気分だぜ……
身体や功夫服の焔は、何とかすぐに消火出来た。
だが、十数発の掌力攻撃で、大幅に体内の硬気を削られ、防御能力が落ちた状態で、身体を火達磨にされた為、沙門は手酷い痛手を受けてしまった。
激しく痛むのは、腹部と左の二の腕、右胸と左太腿辺り。
素早く起き上がりながら、痛む部分を沙門が確認すると、功夫服は焼けて穴が空き、酷く焼け爛れた肌が、露になっていた。
(酷いやられ方だが、この程度なら……身体はまともに動かせる筈!)
見ているだけでも痛々しい、火傷を負った肌を見ながら、沙門は両手を後ろに回し、腰包の中身を確認する。
燃やされた形跡はなく、所有している武器が無事だった事に、沙門は安堵する。
(これなら、まだ戦える!)
呼吸を整えて気を練り、体内に気を巡らせながら、沙門は身構える。
体内の気を大量に失ってしまったので、補充しなければならないのだ。
「あれだけ食らって、まだ動けるのか」
沙門を眺めていた莱拉が、感心した様に呟く。
「化勁で威力を殺いだのだろう、やはり化勁の実力は、悪くは無い様だな」
大抵の人間の武術家であれば、擴散焔殲掌の一撃で、死にはしないまでも、戦闘継続が難しくなる程の痛手を負う。
擴散焔殲掌をかわせないのは当たり前として、食らった上でも戦闘継続が可能な武術家は、軽功を使った回避能力や、硬功の様な防御能力を引き上げる内功、攻撃を受け流す化勁において、優れている事になる。
実際に沙門と近距離で打ち合った結果、莱拉は沙門の硬功は並だが、化勁は優れていると感じていた(軽功に関しては判断が出来ていない)。
故に、硬功などの内功よりは、外功である化勁により、擴散焔殲掌の威力を殺げたので、まだ戦える状態を維持出来ているのだろうと、莱拉は考えたのだ。
莱拉の推測通り、化勁で掌力の衝撃の多くを殺げたので、硬気の多くを掌力の熱攻撃への防御に回せた為、まだ沙門は戦える状態を維持出来ているのである。
無論、手酷い痛手を、身に受けてしまってはいるのだが。
「ま……気を練る時間くらいは、くれてやるか」
身構えたまま、動きを見せない沙門を目にして、気を練っているのを察した莱拉は、そう言い放つと、自分も気を練り始め、失った気を補充する。
沙門とは比較にならない程に、多くの気を扱える莱拉の場合、大技である擴散焔殲掌を使い、大量の気を消耗した後でも、余裕で戦闘継続可能なだけの気を、体内に残してはいる。
故に、すぐにでも莱拉は攻め込んで、沙門を仕留める事が出来る。
だが、つい戦いを楽しんでしまう悪癖が顔を出し、莱拉は戦いを続ける為に、沙門に回復の時間を与えてしまっているのだ。
「――ったく、猫に遊ばれてる、鼠みたいな気分だぜ……」
すぐに攻め込んで来ない莱拉を目にして、沙門は安堵しつつも、不愉快さを覚え、言葉を吐き捨てる。
猫は鼠を捕まえては放し、また捕まえるという、遊びにも似た狩りの練習をする事があるが、その鼠の立場に、自分が置かれた様な気がしたせいである。
良い気分ではないが、油断して手を抜かれている方が得だと、自分に言い聞かせた上で、沙門は自問する。
「あんな化物相手に、どうすりゃ勝てるんだ?」
考えるべきは、どうやれば莱拉を倒せるのかについて。
莱拉を倒さなければ、沙門にも槐花にも先は無いのだから。
(綱紐糸術と雷神功を警戒し、迂闊に攻め込んで来たりはせず、念入りに糸を焼いてから、攻め込んで来やがる。手加減してるが迂闊さは無い、雷神功で仕留めるのは難しい相手だ)
沙門は冷静に、分析を続ける。
(だからといって、普通の戦い方でも、勝ち目は無いな。近接戦闘や距離を取った上での掌力の打ち合いも、どっちも力の差が有り過ぎて、俺じゃ太刀打ち出来ない)
近距離戦も遠距離戦も、圧倒的に自分が不利。
まともに戦えば勝ち目が無いのは、沙門にとっては、火を見るよりも明らかであった。
(何か俺の方が、有利な要素は無いのか?)
有利な要素を軸に戦いの策を練れば、勝機が見えるかもしれないと考え、自問する沙門の耳に、背後から響いて来た、石が転がった様な音が、飛び込んで来る。
(後ろに誰かいるのか?)
莱拉に対する警戒は怠らずに、沙門は背後に目線を送り、何の音だか確認する。
沙門の目に映ったのは、五歩程後ろにある大きな岩が砕け、破片が転げ落ちる光景(五歩は七メートル半)。
大きな岩には、焼け焦げた痕があった。
(さっきの掌力の流れ弾を食らって、岩が砕けて……破片が落ちた音か)
音の正体が何かを悟った沙門の目には、荒れ放題となっている光景が映る。
元々は平らな荒野だったのだが、広範囲が破壊し尽くされ、地割れと岩だらけになってしまった、沙門と装甲殭屍達の戦いで、破壊し尽くされた戦場跡の光景が。
擴散焔殲掌の流れ弾の如き掌力により、砕かれた大きな岩も、昨夜の激戦により、地中から飛び出してしまった物。
何時の間にか、昨夜の戦場の辺りまで、沙門は移動して来ていたのだ。




