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恋愛しなくてなにが悪い 11



「今日、会社休みます。はい、あ、大丈夫です。よろしくお願いします」

電話を切ってベッドに寝転んだ。

基本病気にかからない私は、有給を滅多に使わない。有給が溜まっているので今日みたいな日があったっていいだろう。

いまは藤沢さんの顔も桐生くんの顔も見たくなかった。会社に行ったら仕事が手につかなさそうだった。

なんで私のことを放っておいてくれないのだろう。

恋愛なんてしたくない。あの胸をかきむしりたくなるような衝動に身を置きたくなかった。

ごろりと寝返りを打つ。

ここのところ寝不足で、横になればゆっくりと眠気が襲ってきた。


電話が鳴った。画面を見ると藤沢さんの名前だった。慌てて携帯を取る。

「…藤沢さん」

 寝起きのかすれた声になる。

『おう、大丈夫か』

 かすれた声を体調が悪いと捉えたのだろう。その心配りが申し訳なくなる。

「体調が悪くて休んだわけじゃないんで」

『ずる休みか』

「…ちゃんと有給取って休んだんです」

『いまマンションのエントランスのところにいるんだが』

「え」

ピンポーンという音が部屋に響き渡る。慌ててインターフォンのスイッチを押す。

『よお』

 画面には片手を上げている藤沢さんの姿が映っていた。携帯を切る。

「あ、いま空けます」

解除のボタンを押して、急いでベッドを直してカーディガンを羽織る。寝癖がついていないか鏡でチェックしていると、再びピンポーンという音が響く。

「は、はい、いま出ます」

ぱたぱたと足音を立てながら玄関へ向かう。チェーンとロックを外して扉を開けると、スーツ姿の藤沢さんがいた。右手に持っていたビニール袋を顔の位置まで上げて言う。

藤沢さんの後ろ、空は真っ暗だった。

「差し入れ。大事にしろよ」

ビニール袋を受け取ると、藤沢さんは踵を返した。

「あ、上がっていってください。コーヒーでもいかがですか?」

ぴくり、とその肩が揺れる。ゆっくり振り返ってため息ひとつとともに言う。

「…お前警戒心無さすぎ」

「え?」

「…まあいい。話もあるから、お邪魔させてもらうよ」

「はい、どうぞ」

「コーヒーでいいですか?インスタントですけど」

「ああ」

「ベッドに座ってください」

「悪いな」

 コップの中にコーヒーの粉を入れてお湯が沸騰するのを待つ。もうひとつコップを用意して、こちらにはココアを入れた。かたかたとやかんのふたが鳴り始めたのでスイッチを切る。やかんからお湯を注いでスプーンでかき混ぜる。

 両手にコップを持って藤沢さんのもとに向かう。

コーヒーが入ったカップをひとつ、ベッドに腰掛けていた藤沢さんに渡す。藤沢さんにカップの重みが移動したのを感じて、手を引いた。床に置かれたクッションの上に腰を下ろす。

「藤沢さん、話ってなんですか」

「…もう分かっているだろ?」

「……」

話っていったらひとつしかない。だけれどもすすんで聞きたいとは思えない。

茶化す雰囲気にもならなくて、ゆっくりと口を開いた。

「なんで桐生くんに、」

「牽制だ」

「……藤沢さんは私のことなんて好きじゃないんですよね。からかっているんですよね?」

「からかってなんかない」

「じゃあなんで」

「それを聞くのか」

「だっていまさらじゃないですか」

 誰かに聞いたことがある。出会って三年を過ぎたら恋愛には発展しないと。その法則に当てはめると藤沢さんと私はもう異性として意識する仲じゃない。現にそうだ。私は一度としてそんな眼で見たことが無かった。

「そうだな、いまさらだな」

「じゃあなぜ」

「ひとを好きになるのに理由が必要か。理屈じゃないだろ」

「でも」

そんな言葉が聞きたいんじゃない。

「言っておくけど本気だからな」

 本気なんてほしくない。

 ほしいのは平穏だ。

 なんともいえない顔をしていたのだろう。藤沢さんがちょっと困った顔をしている。

「俺じゃだめか」

「藤沢さんがだめってことはないですけど」

 誰とも恋愛をしたいとは思えないのだ。

「前言っていたトラウマか」

 こくりと頷く。

 いまの私には恋愛は考えられなかった。そしてこれからも考えられるとは思えなかった。

 そんな昔のことどうして引きずっているんだ、と藤沢さんは言わなかった。

 藤沢さんのそういうところが、恋愛感情とは違うけど、好きなところだ。

「俺とそのトラウマを乗り越えていかないか?」 

「……怖い」

「ん?」

「だって怖いんです」

「どういうことだ?」

「また傷つけられると思うと、怖くて進めないんです」

 いままで誰にも言ったことが無かった。

 言ったらきっとみんな無理にでも恋愛しろって言うと思っていたのだ。誰かに何か言われてまで恋愛をしたいとは思わなかった。

 傷つけられてまで恋愛をした先になにがあるのだろうか。

 私には分からなかった。

「俺とでも?」

「…分かりません」

「おとなになるっていうことは、簡単に誰かに助けてって言えないことだ」

「……」

「だけどおまえは俺には言えるだろ。それってお前の中では特別だってことだろ」

「藤沢さん…」

「今日はこれで帰るよ。だけど、」

 藤沢さんが言葉を区切って言う。


「山田は、山田が考えているよりももっと俺のことが好きなんだってことだ」


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