第一章:人帝城
英魂界、東方大陸、禁城——通称“人帝城”。ここは、九五の尊たる皇帝たちが常世に構える行在である。
全時空の英魂、全歴史の英傑が集うこの超巨大都市では、常に数え切れないほどの華麗なる物語が紡がれている。
表向きは皇帝たちが一時的に滞在する場所に過ぎないが、実際には全歴史にわたる封建王朝や大帝國の政治的中枢、経済の中心としての顕著な役割と時代的使命を担っている。
——
今、この人帝城にあるのが、“覇下学院”。
創立の正確な年代すら知られていないほど歴史あるこの学院は、王侯貴族や勲功者の子弟を育成する事実上の揺り籠である。
“覇下”とは龍の九子の一尊。その名を冠するだけあって、この学校の政治的立場と人材育成の方針は明らかだ。
すなわち、統治者の子弟を教育するための学院として、ここは「霸道」と「王道」という二つの道に秀でた優秀な生徒を輩出することで名を馳せている。
この学院を卒業した者は、例外なく優れた将軍、卓越した政治家、傑出した商人、稀代の謀略家となる。
しかし、何より世の注目を集めるのは、一つの時代を統べる王者、そして天下に冠たる覇者である。
この学院こそ、覇者と王者が我が世の風を吹かせ、己の才を存分に示す舞台であり、場なのだ。
——
「——『世界を大同へ導く方法』……何だ、それは?」
「どうやらお前、変わった本を読んでいるようだな。」
「一応言っておくけど、こんな本、この学院で読むべきものじゃないぞ。」
「教師に見つかったら、公の場で叱られて、罰則まで受けることになる。」
金髪碧眼の少年が、隣に座る黒髪の少年に向けてそう言った。
その金髪の少年は、実に端整な顔立ちをしている。モデル顔負けの整った五臓、深いサファイアの瞳、まっすぐに通った高い鼻梁、そして薄く切れ長な唇。黄金比としか言いようのない完璧なプロポーション。
彼の容姿は、巷で名を轟かせるスーパーモデルの少年と言っても過言ではない。
そんな彼が諭している相手——黒髪の少年は、どこか卑屈で気弱な表情を浮かべている。平凡で特徴のない顔立ち、不吉な紫紺色の瞳。質素で飾り気のない服装。人混みに紛れれば、誰も振り返らないようなごく普通の少年だ。
両者の差は歴然としている。一方は家柄も名高い貴族の子息。もう一方は街の貧民街で有名な貧しい家庭の子供。
その差は、まるで天と地ほどもある。
にもかかわらず、二人はどういうわけか親友になっていた。しかもこの、個人崇拝と実力至上主義が無限に強調される学院の中で。
これはまさに怪談と言ってもいい。
金髪の貴族子弟——フェンガーは、黒髪の少年リ・ムーズに向かって、やむを得ずといった口調で続ける。
「仮に、お前がそういう本を全部読んで、完全に理解したとしても、お前の将来にとって何の役にも立たない。むしろ、命を落とす危険すらあるぞ。」
彼は席の端の内側に座り、体をリ・ムーズの方へ傾け、その双眼でまっすぐに相手を見つめる。友人間の穏やかな口調でありながら、その奥には「おれの言うことを聞かないと、碌なことにならないぞ」という含みがひそんでいる。
その視線には真摯な心配と気遣いが込められていて、いつの間にか彼は少年にかなり接近していた。
「何しろ、こんな混沌とした世界だ。世の人々は知識や知性を尊ぶことを規範とはせず、武力や権謀術数を人生の理想を実現するための羅針盤としている。正しい知識を多く身につければつけるほど、人は苦しみ、最後には際限のない内耗に陥ってしまう。」
「だからこそ、お前もこの理不尽な世界に適応し始めるべきなんだ。そして、世界がお前に与えた権利と力を駆使して、お前が望むものを掴み取ればいい。そうだろう? お前もまた、認められた王子であり、王者としての資格と胆力を持っているんだから。」
「それはつまり、お前も選ばれた者であり、お前自身も気づいていないかもしれないが、確かに存在する——この時代において果たすべき歴史的使命を帯びているということだ。」
「そして同時に、それゆえにこそ、万民碑の前でお前は『成王の資質』を検出され、この覇下学院に来たのだ。」
「これは全て、運命に導かれた流れだ。」
「なぜ、その運命に抗おうとする?」
先程までの言葉の前置きは、これらの本題をスムーズに引き出すためのものだった。フェンガーの諭しは、最初の友人としての慰めから、師弟としての個人に対する導きと悟りへと変わっていた。
リ・ムーズは手にしていた本を閉じ、うつむく。まばたきのたびに震えるまつげは、彼の心の不安と憂鬱を物語っており、その姿は一瞬、傷ついた小獣のように無力で哀れだった。
——
「だ、だって……俺、そもそもこの学院に来るつもりなんてなかったんです。ただ、スイカ売りの手伝いをしてたら、なぜか人波に押されて万民碑の前に連れてこられて、気づいたらこうなってただけで……」
李沐子は目を泳がせ、落ち着かない様子でそう言った。自信なさげな声は震えていて、膝の上に置いた両手が忙しなく擦れ合い、不安を必死に隠そうとしているのが丸わかりだった。
「俺、元々ここに来たくなかったし、こんな場所にいるべき人間じゃないんだ」
彼は唇を強く噛みしめ、掠れた声で絞り出すように呟いた。顔中に浮かんでいるのは苦しさと不満。なぜ自分がこんな理不尽な苦痛を受けねばならないのか。心の重圧に押しつぶされそうだった。
その言葉を聞いて、芬格尔は口を開きかけたが、言葉を飲み込んだ。
代わりに、教室の隅から鋭い声が割り込んできた。
「芬格尔、あいつがお前の厚意を無にするってんなら、もう構わなくていいんじゃねえか?」
緑色のトサカ頭をした男が教室の入り口から歩いてくる。目はまっすぐに二人を捉え、嘲笑を浮かべていた。
「彼の言う通りだぜ。一介の平民が、よりにもよって支配階級を育てるためのこの学院に、偶然の産物で入学しちまった。そりゃあ、寝付けない夜を過ごすのも無理はねえ。毎日ビクビクしながら、おののきながら生きてるんだろうな」
男は李沐子たちの前に立つと、値踏みするような視線を向けてきた。クラスでただ一人の平民をじっくりと観察し、突然、にこやかな笑みを浮かべる。
「とはいえ、学院の古臭い連中の考えもわからなくはない。万民碑が偶然に反応しちまった。しかも、衆人環視の中でだ。だから、特別に霸下学院に入学を許すって例外を認めざるを得なかったってわけだ」
「うーん」と彼は語尾を引き伸ばす。身をかがめ、少年の顔を覇気込むように近づく。幽玄な緑色の瞳に、尖った悪意の笑みを宿らせながら。
李沐子は顔を逸らした。目を合わせられなかった。
男は気にした様子もなく、ただ淡々とした口調で、どこか感慨深げに言った。
「運がいいな、新入生」
「万に一つ、いや、億に一つの確率だ。そんな運があるなら、宝くじでも買ってみたらどうだ?」
「そうすりゃ、今の貧乏暮らしからも抜け出せるし、裕福で安定した日々が送れるぜ。わざわざここで自分を苦しめて、ビクビクしながら過ごすこともない」
「平凡で安全な幸せを追い求める。それこそが、お前たち外城区の住民が一番やりたいことなんじゃないか?」
「だったら、今すぐここを離れたほうがいいんじゃないか? どうせ期末の実力テストもパスできないんだ。あれはお前みたいな奴のためにあるんじゃないからな」
「退学届けに名前を書くだけでいいんだぞ。そうすりゃ、この学院からの排除や孤立に耐える必要もなくなるし、他人からのいわれのない悪意に苦しめられることもなくなる」
「お前にとっても、いい話だろ?」
「排除」と「孤立」という言葉を聞いた瞬間、李沐子の瞳が急激に収縮した。心のどこかで、その言葉に深く同意している自分がいた。
男はさらに顔を近づけ、ほとんど李沐子の顔に貼りつかんばかりになる。言葉で誘惑し、彼の心の奥にある“理性”という名の弦を絶えず弾き続ける。
その弦が張りつめて、ついには耐えきれずにぷつりと切れてしまうまで。
李沐子がすっかり彼の言葉に飲み込まれかけているのを見て、芬格尔がついに動いた。
彼は二人の間に手を差し入れ、ほとんどくっつきかけていた二人を強引に引き離した。腕を境界線として、二人を別々の空間に隔てる。そして、冷ややかな目で謝藻を睠みつけた。
芬格尔の目に敵意が宿っているのを感じ取り、謝藻は背筋を伸ばし、肩を竦めてみせた。
「言葉で同級生を唆して退学させるなんて、霸下学院の生徒のやるべきことじゃないな」
「特に、お前が誰かに頼まれてやってるんだとしたら、なおさら卑怯だ」
「誰かに頼まれた」という言葉に、謝藻の目が一瞬驚きと慌てた色を走らせたが、すぐに消えた。
彼は手を上げて、あっけらかんとした口調で、ごく普通の声音で言い返す。
「でもな、問題は俺が唆してるかどうかじゃなくて、依頼を受けてるかどうかだ。本当の問題は、この平民が心の中でどう思ってるか、だろ? さっきも見てたはずだ。奴自身、そう思ってるんだ」
「自分はこの学院にふさわしくない。学院の中で疎まれ、いじめられている。思い通りにならない日々。他人の悪意に憔悴し、憂鬱になっている」
「俺はただ、そんな悩みから解放して、再び幸せを取り戻すためのアドバイスをしてやったに過ぎない。それに、それ相応の報酬ももらったがな」
「校則はちゃんと覚えてるぜ。これに違反してない。だから、お前に俺の行動を止める権利はない」
「他人の言葉にこんな簡単に揺れる奴が、この学院で生き残れると思うか?」
自分を貶める言葉ではあるが、なぜか説得力のあるその言葉に、李沐子は深くうつむき、膝の間に顔を埋めようとした。
事が台無しになったのを悟り、謝藻は芬格尔がここにいる以上、これ以上何をしても無駄だと判断した。潔く去ることにした。
最後に、彼は憐れみと諭すような口調で言い残す。
「新入生、本当に親切で言ってるんだ。さっさとこの学院を離れたほうがいい。お前みたいな半人前のままで、この学院の一人前の生徒になれるわけがないし、生徒としての生活を送ることもできない。ましてや、あの崇高な存在になるなんて夢のまた夢だ」
そう言って、彼は手を振ると、教室を後にし、依頼主に仕事の報告に向かった。
——
「演武場へ出ろ。実力検定を行う」
武術指導の教官が冷淡にそれだけ言うと、背を向けて歩き出した。生徒たちもぞろぞろと後に続き、教室にいなかった者たちも別ルートで検定の知らせを受け取っていた。
広大な演武場は、無数の整えられた青石のレンガで敷き詰められていた。少し離れたところにある武器架には、十八般の武器がずらりと並び、刀や槍、剣や戟が陽光を浴びて冷たく輝いている。
中央には、巨大な奇妙な機械装置もいくつか設置されていた。
演武場全体はどこか広々としていて、本来なら数百人を収容できるこの場所に、今いるのは数十人にも満たない。
生徒たちの武術を指導する教官たちと、検定を担当する教頭たちは、皆の前方に立っていた。彼らの顔には一切の笑みがなく、全身からは殺気立った鋭い威圧感が漂っている。
普段なら教官たちも生徒と言葉を交わし、笑い合うこともあるが、今日はまったく逆だった。言葉には極限の冷たさと距離感があり、生徒に向ける視線も、評価と査定に満ちていた。
今日は生徒の実力を測る「検定週間」。彼らにとっては、気を緩めることが許されない日だからだ。
教官たちは黙ったまま、冷ややかな目で生徒たちを見渡し、手には評価表を握っている。教頭も目を閉じて微動だにせず、周囲の喧騒を無視していた。
そんな中、演武場には厳粛で静かな空気が満ちていく。最初は軽い態度だった生徒たちも、その空気に押され、一瞬で真剣な表情に変わる。
彼らはよくわかっていた。検定週間とは、己の実力を試される時であり、この学院における自分の地位と未来を決める、極めて重要なテストの期間だと。
日時計の針が定刻を指すのを確認し、がっしりとした体型の国字顔の教官が同僚たちに目配せをする。教官たちは互いに視線を交わし、その意図を読み取った。
女性教官が名簿を取り出し、生徒の名前を読み上げ始める。
「はい」という返事が次々と上がり、女性教官は名簿に印をつけていく。
時間が少しずつ過ぎていく。幸いなことに、欠席や遅刻をする生徒はいなかった。
検定の開始と共に、生徒たちは身を引き締める。
まずは力と速度のテスト。巨大な力量測定装置の前で、生徒たちが順番に挑んでいく。
力の測定には震勁測力儀が据えられ、現代技術を組み込んだ光軌競速道は演武場を一周するように設置されている。
その他にも、圧力承圧槽、血気検出器、念波分析器、神経反射装置などが並ぶ。
これらはすべて、生徒の肉体と精神の基本的な武人指標を網羅的に測定するためのものだ。
生徒たちは一人ずつ前に出てテストを受け、教官たちは厳密に記録していく。
テストが終わった生徒たちは、ほっとした表情で下がり、小声で会話を始める。話す内容は、拳力がどれだけ上がったか、速度がどれだけ向上したか、神経反射がどれだけ速くなったか、どれだけの温養薬や血気補充の栄養剤を摂取したか、といったものばかりだ。
彼らの修行レベルからすれば、今はまだ初級段階。実力の強い者でも四、五十レベル、弱い者は二、三十レベル程度だ。だが、そんな力は目の前の教官たちにとっては、片手で抑え込めるほどのものに過ぎない。
修行者としても、能力者としても、神通者としても、この年齢層の成績は拳力が一万キログラム前後、速度が百メートル七秒から九秒の間で揺れ動くのが普通だ。
みんな大差ない。差が出る要素など、ほとんどない。
—— ただ一人を除いては。
「李沐子、総合評価 丙下」
教官が冷淡に結果を告げ、成績欄に評価を書き込む。
血気値、力と速度、神経反射速度、圧力耐性——すべてがただの一般人並みだ。
この水準なら、たとえこの場で最も弱い生徒であっても、武力で簡単に李沐子を打ち負かすことができるだろう。
李沐子は、まるで総合格闘技の会場に紛れ込んだ一般人のようなものだった。周りは本気の一撃で人を殺せる猛者ばかりで、自分は喧嘩すらしたことのない素人だ。
李沐子のテスト結果が出ると、周りの生徒たちは待っていましたとばかりにある種の“お楽しみ”の時間が始まった。
彼らはまるで珍しい生き物を見るような目で李沐子を見つめる。その視線には、嫌悪、驚き、面白さ、嫌気——様々な感情が混ざり合っていた。なぜ彼がまだここにいるのか、と疑うような目だ。異端を見るその視線に、彼は針のむしろに座っているような気分になり、居たたまれなくなる。
彼は俯くことしかできなかった。余計なトラブルを招かないように。だが、そうすればするほど、周りの視線はますます鋭くなる。
この学院では、武力だけが尊敬を勝ち取り、強者だけが尊厳を得られるのだ。
群衆の中で、ごく少数だけが李沐子を普通の目で見ていた。その中には芬格尔も含まれていた。
彼は少年の身を案じていた。次の試験は、彼の自尊心をさらに打ち砕き、裸にされてさらし者にされるようなものだと知っていたからだ。
「よし、全員の通常実力検定を終了した。次は、各自の職業と身分に基づいた、さらなる詳細なテストに移る」
教頭に進行状況を報告すると、教官たちはそれぞれの班を連れて次の試験場へと移動を始めた。
先ほどの検定は所詮、通常の身体検査に過ぎない。次に行うのは、個人別の全面的な検査である。
教官の促しに従い、まもなく生徒たちはいくつかの班に分けられ、各教官が引率していく。李沐子は「王者組」に振り分けられた。その班のメンバーは、わずか数人だけだ。
王者組に所属するのは、万民碑の検定を通過し、黎庶万民の意志に認められた“草根の王者(くさねの王者)”たち。生まれながらにして王である天潢貴冑とは違い、草根の王者の立場は極めて厳しい。
他の班が活気にあふれているのとは対照的に、王者組の空気は掴みどころがない。まるで、見えない壁が彼らの間を隔てているかのようだった。
「……来たのね」
彼に声をかけたのは、禁城区から来た令嬢だった。同じく草根の王者として、聖心石と天心の印を授けられた者だ。
同じ王者に選ばれながら、彼女もまた自信があるわけではない。だが、李沐子とは違っていた。
彼女は、自分が王者としてうまくやれるかどうかには不安を感じていたが、少なくとも自分の王道のために全力を尽くそうとしていた。一方、李沐子は半ば自暴自棄になり、その日暮らしでやり過ごそうとしていた。
彼女は李沐子に軽くうなずきかけると、それ以上は何も言わなかった。二人の関係は特に親しいわけではないし、何より彼女自身、李沐子という人間を少し軽く見ているところがあった。何の意義もない人間を好む者など、いないからだ。
列の後ろの方にいた白髪の女性は、その様子を目にして容赦なく嘲笑を漏らす。しかし、その目は獲物を値踏みするかのように、李沐子の戸惑いと慌てふためく様子をじっくりと観察していた。
どうやら、また面白そうな玩具を見つけたようだ。




