大暴走
住宅街の電灯の下、二人の男女が闇夜を踏む。
男は皺一つない黒いジャケットを羽織り、眉間に皺を寄せながら。女は白くゆったりしたワンピースを着て、顔を綻ばせながら。
「お前はいつもそうですね。市民の命が脅かされうる状況で、のうのうとしやがりまして」
「あら~?また変な口調になってるわよ。全く貴方、生真面目よね~。羊介くん?」
「黙ってください、牛久保柚楽」
「ねぇ、こんな夜道だとアリさん踏みつけちゃって可哀想だと思わなぁい?今度からは箒持ってこようかしらー」
「…」
牛久保柚楽という女性は、羊介という男の言葉に対して気にも留めずに続けて話し続けようとする。だが、その度に男は女の口の前に手を押し出して、会話を拒絶する。
「…任務ねぇー」
「不満ですか?」
女の呑気な顔から真意は読み取れない。
「今回出現したのは、少なくともお前が知ってる『パラドクサー』とは違います。濱松市でも指で数えられる程度しか出現していない『ネオ・パラドクサー』です。人を取り込むという点でも異質ですが、その凶悪性はパラドクサーを遙かに凌駕します。生半可な気持ちでいるんなら困ります」
「でも、貴方も直接見たことはないんでしょ~?」
「だからこそ、気を引き締めているんです。分かってください」
二人は、コンビニを横目に見ながら目的地の雑木林へ足を進める。
「肉まん買ってかない?」
「緊張感持ちやがれください」
▽▽▽
「奪ってみやがれ」
初っ端から開放弦でかき鳴らす。
ギターの音だけではない。ドラムやベースの音も遅れて加わる。
数本の眩いプラズマ光が散乱する。青色から赤色に近い色がグラデーションになって草原一帯を取り囲む。そして、その空間は陽炎のように歪み、揺れ動く。
力強く、熱烈なオルタナティブピッキングは、次から次へとコードを積み重ねていく。
その度に鷹の翼と鋭利な爪の攻撃を見切って、閃光のようなスピードで鷹の死角に移動する。
「お前そんなもんかよ、まだイントロだぜ?」
鋭く、貫くようなイメージでギターを爪弾く。
すると、矢を模した雷がここぞというタイミングで鷹の胸部に突き刺さる。
次は、速弾き。ハンマリングにプリング、スライドからチョーキング。
それでも世界の規模で言えば、他愛もない、何でもない弱い音だ。でも、今かき鳴らしている音こそが自分の全て。腕に繋がれた鎖はもうない。自由だ。
その瞬間、響揮はさらに加速し、空を舞う。電荷を帯びた粒子のように縦横無尽に動き回る。その軌跡に現れる傷口と漂う青色粒子。空からは、鉄鎖の破断片が草原に降り注ぐ。
耳を刺す歪んだ音が輪唱のように木霊している。
足が地面に触れた途端、曲のBメロに繋ぐバッキングを奏でる。
「そうだな…本体は腹の球体みたいなやつか?」
一旦曲調を整えてから情趣深くアルペジオ。そして、止めどなくギターをかき鳴らす。
それは、曲が進むにつれて凶暴に、獰猛に。
鉄鎖片の雨は降り止まず、勢力を増していく。雲行きもますます怪しくなる。
「ノックアウトだ」
静寂が走る。
ストローク!
一拍溜めてサビに繋がる爆発的な音と、落雷が重なる。
稲妻は辺り一帯どころか町全体を瞬間的に照らす。遅れて、ギターの音か雷鳴か判断することができない音が支配した。
「そうだよなぁ! 『ライブ』はこうじゃないとなぁ!」
雷に打たれながらも徐に身体を起こす鷹を背景に、響揮は笑う。




