地獄を描いた
「千葉、私の手を離さないでね」
そう言ってナギが手を握る。
少し緊張するのは気のせいだ。ナギが少し小綺麗なだけで、黒猫を洗ったって白猫にならない。平常心平常心。
「なんかムカつくこと言われてる気がするのは気のせいかなぁ〜」
「たぶん気のせいだと思うぞ」
「いやですねぇ。文字通り命握ってるのになぁ」
黒猫は黒猫だわ。
「いったぁ!!!」
蹴られた。なんであの動きづらそうな服で上段蹴りかませられるんだよ。くそ。
「はいはい行きますよ〜」
「へいへい」
ナギに手を引かれて揺られてく。なんとなく出会った頃を思い出す。
「懐かしいねぇ」
「だな」
「そろそろ着くぞ」
だんだんと暑くなる。汗は出ないけど、出てたら顔面びしょ濡れになってるんじゃないだろうか。
暗闇の中、ついに違う景色が浮かび上がる。
白い穴。
ダメだ。あそこはダメだ。
近づきたくない。
嫌悪感が、全身に湧き立つ。
「大丈夫だよ。私がいるじゃんね?」
胡散臭いセリフ。出会った当初だったら、拒否していた。でも今なら、まぁ
「わかったよ」
しっかりナギの手を握り返す。ナギも返すように手を握り返してくれた。
「あそこが地獄。いい?一瞬だけ覗いたら終わり。あとは戻って絵を描くだけじゃ。簡単なお仕事だね」
「俺、このあとめっちゃ危険な目に遭うんだよね?」
「私が掴んでるから大丈夫だって」
「それでもめちゃくちゃ怖いんだけど、、、」
「本能って厄介だねぇ」
「人間ってこういうもんなの!!!」
「僕も怖くなってきちゃった!!」
命綱にそんなこと言われた俺の気持ちを誰か代弁してくんねぇかな。
「楽しみでたまらねぇなぁ!」
「ちげぇよ!!ぶっ飛ばさてぇのか?」
「できんの?」
「できねぇよ。タライでも落ちてくればいいのに、、、」
ゴーン!!
「いったぁ!」
「お!出来た?え?どうなってんの?」
「くっそぉ!千葉に力をあげた俺が馬鹿やった!」
「どういうこと?」
「今は言わない!でもおかげで緊張解けたでしょ?君はこんなことが出来るようなったんだから」
「はいはい」
ナギと一緒に白い穴に近づいていく。
緊張感は増すばかり。暑さもさらに上がってく。
嫌悪感は恐怖になってく。
でもナギが手を引いている。その事実だけで安心感が湧いてきた。
一瞬。一瞬で済むんだ。
「さぁ詩生、見てごらん。これが地獄ですよ」
ナギに導かれた先、白い穴の中。
地獄
眼前が赤く紅く赫く、恐ろしい、怪しげな紅に染まった。
赤!紅!赤!紅!
血のようにグロテスク。見るに耐えないほど穢らわしい。だけれど、不思議と目が奪われる。
これが業だ。人の一生が刻まれた。人類の負が刻まれた業だ。
そこを白い浮遊物が横切った。
人魂みたいだった。
綺麗に見えた。
可哀想にも見えた。
それは逃げ惑うようだった。なにから?
燃え盛るドス黒い火炎から。
怖い。あれはダメだ。でもあそこに飛び込まなきゃ。でも嫌だ。でもでも。
だって聞こえてくる。
耳元から頭の奥まで響く絶叫。絶叫。絶叫。
ソフトクリームが溶けるみたいに白い浮遊物は、ゆっくり崩れ落ちる。それに合わせて声が波を打つ。
ああ、《《これも救いなんだな》》。
「戻れ!詩生!!!」
頭に激しい痛みを感じて、目が覚めた。
正しく目を覚ました。
冷たい石の感覚。これにもたれ掛かってたのか、、、
ゾワっ、っと嫌な感覚がして飛び起きた。
ああ、さっき見た地獄だ。それに似た気配がする。
「目が覚めたみたいだねぇ?大丈夫かい?」
「うーん、うん!魂にブレはないから、問題なさそうだね!言ったでしょ?大丈夫だって!」
「なんてところ連れていきやがんだ!!!くそ!!!」
大声が出た。ああ、生きてる。肉体の感覚が心地よい。久々にさえ思える。あんなとこ二度と行きたくねぇ、、
「よかったねぇ?」
「よくねぇわ!!!」
「描ける??」
「描く!!」
手は勝手に動いていた。
目の前には画材が広がってて、準備は要らなかった。
芥川龍之介が書いた地獄変。あの物語の主人公もこんな気持ちだったんだろう。
いや、それすらも生温く思える。
この世の地獄を見た主人公の気持ちは想像に絶する。でも、アレは、本物の地獄は、見ていられなかった。
言葉で現せない。だから描く。描く。
自分の感情すらも材料に。
涙がこぼれ落ちて、キャンバスが濡れる。それすらも材料になり得た。
鉛筆で筆で、あの赤を、黒い猛火を、泣き叫ぶ魂を。
腕が2本じゃ足りない。
早くあの光景を形にしたい。
いや、絵に成れ!成ってくれ!
違うそうじゃない!これだ!これこれこれ!これこそ地獄だ!!
なんてもの生み出してしまったんだ俺は!
ガン!!
首筋に痛みが走って、意識が遠のいた。
「チバストップーーーー!!」
言うのがおせぇ、、、
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「なんてもん書き上げてんだい。この子はねぇ。私が懐かしさを覚えるなぁんて、これぇ、相当に危ないわぁ。うふふふ」
「すごいでしょ?詩生は」
「まったくねぇ」




