9話 サキュバスクイーン
迷宮の中を進むこと少し、イオリたちの前に『『『グルル……!』』』と唸り声を漏らす、さらなる異形が五体現れた。
「ビッグファングか」
「面倒な相手ですね」
イオリの呟きに同調するコレット。
ビッグファング、三メートルほどの体長を持つ狼型のBランクモンスターだ。
個々の戦闘能力自体もそれなりに高いが、群れを成すと連携攻撃を仕掛けてくるので厄介なのだ。
「コレットさんここは任せてください」
そう言って、イオリが長杖を構える。
イオリに言われ、コレットは何も言わずに一歩後ろに下がる。
彼の絶大なる力を信頼しているからだ。
(よし、この魔法を試してみよう)
魔王ベヒーモスの記憶の断片にあった魔法を再現しようと、イオリは魔力を練り上げる。
そして――
「顕現せよ! 《黒雷ノ魔槍》!!」
――と叫ぶ。
するとイオリの頭上に漆黒の魔法陣が展開し、その中から同じく漆黒色の禍々しい姿をした魔槍が五つ現れたではないか。
「いけ……!」
イオリの掛け声で、五つの槍が、バリバリッ! と紫電を放ちながらビッグファングどもに殺到する。
あまりのスピードに、反応することすら許されず、その体を刺し貫かれる。
ビッグファングたちは、断末魔の声すら上げることなくその場に崩れ落ちた。
「す、すごい! 急所に当たったわけでもないのに、一瞬で沈黙させてしまいました!」
目の前の光景を見て、コレットが興奮した声を上げる。
イオリが手に入れた魔王ベヒーモスの操る〝黒魔法〟には、魔法そのものの殺傷力の他に、発動した相手の生命力そのものを奪うという効果がある。
つまり、イオリの攻撃はビッグファングたちの急所に当たることはなかったが、生命力そのものを奪われ、絶命したわけである。
昨日イオリが使用した《黒炎ノ咆哮》を発動すれば、ビッグファングどもを一瞬で消しとばすこともできたが、あえてそれはしなかった。
敵を完全に消滅させてしまっては、死体を回収し、それをギルドに買い取ってもらうことができなくなってしまうからである。
「ビッグファングの死体を丸ごと持ち帰れるなんて、しかも状態もいいですし、また高く買い取ってもらえそうですね♪」
イオリが《黒次元ノ黒匣》でビッグファングの死体を回収するところを眺めながら、コレットがそんな風に話しかけてくる。
「クエストが終わったら美味しいものを食べて、少し贅沢するのも悪くないですね」
コレットの言葉に、イオリも上機嫌な様子で返すのだった。
その後も、オークやミノタウロス、ガーゴイルなどのモンスターを次々と撃破していくイオリとコレット。その全ての死体を回収し、気づけば迷宮の十層目へとたどり着いた。
「コレットさん、気をつけてください」
十層目に足を踏み入れたところで、イオリがコレットに警戒するように促す。
ここに来て、肌がピリつくようなプレッシャーのようなものを感じ取ったからだ。
「はい、イオリさん」
コレットも既に気付いていたようで、冷静にそれでいて隙のない構えを取り、イオリに頷く。
「あらあら、もうこんなところまで辿り着く人間が現れるなんて、意外ね」
突如、奥の方からそんな声がしてくる。
イオリたちが目を凝らすと、闇の中から扇情的なドレスを着た美少女が現れたではないか。
髪は腰まである白銀、ほんのり朱に染まった白い肌、妖しい光を放つヴァイオレットの瞳を持つ、そんな美少女だ。
「お前は、モンスター……なのか?」
ドレス姿の少女に向けて、不思議そうに問いかけるイオリ。
目の前の存在は、見た目は人間なのに放つ気配がモンスターそのものだったからだ。
「正解よ、人間。私の名はティア、サキュバスクイーンよ。さぁ、あなたも私の虜になりなさい?」
そう言って、少女――否、サキュバスクイーン・ティアが、体から淡いピンク色のオーラを発する。
「イオリさん、避けて!」
コレットが叫ぶが、少し遅かった。
ティアの放ったオーラが、イオリを包み込んでしまう。
「ふふふ、魅了魔法、《グレートチャーム》……。それにかかったら、男は私の虜になるの。たっぷりと操ってあげるわね?」
嗜虐的な、それでいて妖艶な笑みを浮かべながら、ティアが言う。




