11話 無様な勇者たち
「さて、ぼくが推測するに、君が出現したことによって、この迷宮内のモンスターが活性化したってところかな?」
恍惚とした表情を浮かべるティアに、イオリが問いかける。
「……はい、その通りです、ご主人様。私はこの前まで通常のサキュバスだったのですが、先日クイーンへと進化しまして、それでこの迷宮のモンスターたちは私の放つオーラによって活性化・凶暴化しました」
イオリの質問に、何やら太ももを擦り合わせモジモジとしながらティアは答える。
ティアのイオリに対する「ご主人様」という呼び方に、むず痒い感覚を抱きながらも、どうやら推測は正しかったようだと、イオリは頷く。
「だとすれば、ティアがこの迷宮から出れば事件は解決、クエストは達成ですね!」
「そうですね、コレットさん。ティアが落ち着いたら冒険者ギルドに戻るとしましょう」
まだ息も荒く、蕩けた表情を浮かべるティアに視線を向けつつ、コレットとそんなやり取りを交わすイオリ。
そんな彼の頭に、とある疑問が浮かぶ。なぜ、ティアはすんなりとイオリに隷属することを受け入れたのだろうか。いくら命を奪われそうになったとはいえ、心から隷属を望むなどおかしな話であろう。
そんなことをティアに問いかけると……
「ご主人様の圧倒的な強さに感服いたしました。モンスターである私に慈悲をくださり、その上……」
「その上……?」
「ご主人様の愛らしい見た目が、あまりにも私の好みでして……。このお方にお使えして、あわよくば〝イケナイご奉仕〟をさせていただけないかと、思ってしまいまして……♡」
甘い声でイオリの質問に答えるティア。
まさかそんなことを思っていたとは、さすが淫魔女王である。
「だ、ダメです! イオリさんの貞操はわたしのものですからね!」
ティアの言葉にイオリが呆気に取られていると、コレットがそんなことを口走る。
エロフと淫魔の間に挟まれ、イオリは「ひぇっ……」と、色々な意味で震え上がるのだった。
それはさておき。
ティアもある程度落ち着いたので、彼女を連れて三人でギルドへと戻る。
◆
冒険者ギルドにて――
「あ、おかえりなさいませ、イオリさん、コレットさん!」
イオリたちの姿を見て、受付嬢が駆け寄ってくる。
しかしその途中で――
「この気配……まさか後ろの彼女はモンスター、ですか?」
――訝しげな表情でティアを見ながら、受付嬢が問いかけてくる。
そんな彼女に、イオリはティアのこと、彼女が原因で迷宮の異変が起きていたこと、そして彼女を隷属魔法で配下にすることに成功したことを説明する。
「す、すごい! まさかサキュバスクイーンを配下にしてしまうなんて……!」
イオリの話を聞き、受付嬢は興奮した声を漏らす……そんなタイミングであった――
「おい、ふざけるなよ! テメェなんかがサキュバスクイーンに勝てるわけがねぇだろ!」
――そんな声が聞こえてくる。
イオリが呆れた表情を浮かべながら振り返ると、そこにはやはりと言うべきか、アレクたち三人が立っていた。
「アレクの言うとおりよ。その役立たずが、サキュバスクイーンなんかに勝てるわけないでしょう?」
「ひょっとしたら、サキュバスクーンの魅了能力に操られてるんじゃない?」
アレクに続き、レイネとルナまでそんなことを言ってくる。
最後のルナの言葉を聞き、受付嬢や周りの冒険者がギョッとした表情を浮かべる。
もしそれが本当だとしたら、イオリはティアに操られ、この都市に上位モンスターを招き入れてしまったことになるからだ。
しかし――
「あらあら? 誰かと思えば、私の魅了魔法に操られかけて殺されそうになった挙句、命乞いをして尻尾を巻いて逃げ出した三人組じゃない?」
――見下した表情を浮かべながら、アレクたちを見据えるティア。
そんな彼女の言葉を聞き、アレクが「な……!? そ、それは!」と、苦しげに声を漏らす。レイネとルナも狼狽した様子だ。
「聞いたか?」
「ああ、勇者ともあろう者がモンスターに命乞いをしただって……?」
ティアの言葉を聞き、周囲の冒険者たちがざわめき始める。
人類の希望、勇者――
そんな地位のものが、モンスターに命乞いをするなど、あってはならないことだ。
温厚な受付嬢ですら、ティアの言葉を聞き、アレクたちを冷めた目で見ている。
「デ、デタラメを言うな! モンスター風情が!」
顔を真っ赤にして、アレクが叫ぶ。
ティアが嘘を吐いていると主張するつもりのようだ。
と、ここで――
「ティア、アレを見せてやれ」
「はい、ご主人様……♡」
そんな風にやり取りを交わすイオリとティア。
するとティアは妖艶な仕草でスカートを捲り上げ、下腹部を露出する。
あまりに突然、そして刺激の強い行為に、周囲の男性冒険者たちが「おうふ!」と股間を抑えて前屈みになる。
「これは……隷属の紋章、ですか?」
ティアの下腹部に刻まれた紋様を見て、受付嬢が興味深げに声を漏らす。
「はい。これが、彼女がぼくの制御下に置かれた証拠です」
受付嬢の疑問に、首を縦に振るイオリ。
二人のやり取りを聞き、アレクが「そんなものはデタラメだ! 嘘を吐きやがって!」などと吠えている。
「ティアさん、少し解析させてもらいますね」
そう言って、受付嬢がティアの下腹部に手を翳す。
冒険者ギルドの受付嬢は、対象の状態がどうなっているか調べることができる《鑑定》スキルを持っている者がほとんどなのだ。
「これは……! 確かに隷属魔法の類が発動していますね。支配者もしっかりとイオリさんになっています!」
受付嬢が興奮した声を上げる。
これで、ティアがイオリの配下になったことが証明された。
「なぁなぁ、確か隷属魔法にかかると、主人に命令された場合、配下は嘘を吐けないんだよな?」
「ああ、そのはずだぜ」
「ってことは、勇者がモンスターに命乞いした挙句、逃げ出したってのは本当なのかよ!」
騒然とする周囲の冒険者たち。
ティアの言っていたことが事実だと証明されたことに、アレクたちは「く……っ!」と、呻き声を漏らす。
「あらあら、そこの雑魚が勇者様だったなんて……意外ね?」
アレクに向け、嘲笑の言葉を紡ぐティア。
彼女の言葉を聞き、冒険者たちがとうとう大笑いしてしまう。
「クソが! ふざけたことを……!」
怒りが頂点に達したのか、アレクが剣を抜こうする。
しかし、レイネとルナに「待ってアレク!」「さすがにそれはマズいよ!」と諌められた。
「イオリ、覚えておけよ……!」
アレクはイオリに小声で呪詛を吐くと、レイネとルナを連れてギルドを後にする。
(なんでぼくが恨まれるんだよ……)
アレクを嘲笑したのはティアと冒険者たちなのに……と、イオリは呆れた表情を浮かべるのだった。
「これでクエスト達成ですね! なんだかスッキリした気分です♪」
惨めに立ち去るアレクたちを見て、コレットまでそんなことを言う始末だ。
「ご主人様、これからたっぷり〝ご奉仕〟させていただきますね……♡」
ティアはティアで、甘い声で囁きながらイオリに寄り添ってくる。
少々困った様子で、イオリは指で頬をかく。




