爆走☆ロングホーン
ロングホーンというサイに似た大型のモンスターがいる
森にもいたりするが、大体は見晴らしのいい草原に生息している。ロングホーンという名前の通り、大きくて長い角を頭に持っていて、体は鎧のように硬い皮膚で覆われている。草食系で普段はのんびりとしているが、好戦的な性格で敵となりうる肉食獣や冒険者を見かけると、そちらへ向けて全力で走りだすのだ
1tを超える巨体が全力でぶつかってこられるだけでも大ダメージを食らうが、ロングホーンにはさらに角がある。罠を使ったり先制攻撃をして走りだすのを止められれば中級の冒険者でも倒せるが、ロングホーンの直撃を食らえば上級プレイヤーでも落ちてしまうことがあるほどの威力だ
こんな恐ろしいモンスターだが、数が少ないのがせめてもの救いだ。何十時間と生息域にいても一度も遭遇しないこともある
だが、そうやって安心していると、死角から突進してきたロングホーンに跳ねとばされて街に死に戻るハメになるのだ
飯田健吾は産まれつき脚に障害を持ち、歩くことができなかった
友達と外で遊ぶことは難しく、いつも家で本を読んだり絵を描いたりと一人遊びばかりしていた。やがて健吾はVRゲームに夢中になった。ゲームの中なら歩くことも走ることも出来た。重たい剣を担いで跳ねまわることも、バスケットボールをすることも、遥か昔に沈んだ海中遺跡を冒険することも、何でもできるのだ
現実から逃げるのはよくないと大人はよく言う。それは健吾自身もよくわかっている
だけど、ゲームの中に夢を見るくらいは自由だと思う。夢は夢、いつか覚める夢。夢の中だったら健吾は自分の足で走れるのだ。それは彼にとってとても素晴らしいことだった
ゲームのジャンルはなんだって手を出していたが、やはり自分の肉体を動かしている感覚を味わえるFPSが中心だった
ある日、学校の友達がこれ面白いから一緒に遊ぼうと誘ってきたので、珍しくTPSのネットゲームに手を出してみた。そのゲームのタイトルは≪ハコニワ≫
そして、健吾はロングホーンになった
晴れた草原の中を一頭のロングホーンが駆けていく
青い空に白い雲。吹く風はさわやかで心地のいい日だ。草食動物が多く生息しているからか、低く揃えられた草がまるで絨毯のようにどこまでも広がっている
前脚は軽く、後ろ脚は強く
一歩進むごとに景色はどんどんと後ろに流れていく
草を食べていた羊に似たモンスターが顔を上げてこちらをみてきたが、すぐに興味を失ってまた食事に戻る
伸ばした前脚の作った風が黄色の花を揺らし、後ろ脚が通り過ぎるころには白い綿胞子が青空に飛んでいった
楽しい
走ることがとっても楽しい
そう全身で表わしながら、ロングホーンは走り続ける
ふと、前方にある草むらの影に人がいるのに気が付いた
どうやら冒険者が三人ほどいるようだ
背を向けて立っている彼らはこちらに気が付く様子がない
猪突猛進を地でいくモンスター、ロングホーンはまっすぐ走るのは得意だが、急な方向転換は苦手だった わずかにそれて、冒険者たちの脇ギリギリをすり抜けることはできそうだが、驚いて下手な方向に飛び出され直撃してしまったら、彼らのいるところが草むらの影から草葉の影に変更してしまう
ロングホーンは深く息を吸い込むと、大声で鳴いた
車の警笛に似た鳴き声は、辺り一帯に長々と鳴り響く
その大音量に、ようやくモンスターの接近に気が付いた冒険者たちがあわてて逃げだしていくのを確認してから、その草むらの中を勢いよく突っ切って行く
人が三人も隠れられる薮であっても、たくましい足とそれを支える筋肉はものともせずに進めるのだ
まるで戦車のようで、面白くなる
気持ちの高揚を素直に示して、ロングホーンはまた鳴いた
ロングホーンを英語で書けば、Long horn。長いツノを示しているのだが、hornにはもう一つ別の意味がある
かつて角笛もhornといったことに由来し、警笛もhornというのだ
長い角のモンスターが、長々と警笛に似た声で鳴く
これは制作スタッフのダジャレなのか、それともただの偶然なのかは、それこそ神のみぞ知るとやらだ
ケンゴはアオイロ草原が好きだった
素材アイテムの採取用に用意されたフィールドには危険なモンスターはほとんどおらず、またプレイヤーの姿を見ることもあまりなく、いつ来ても静かなところだった
遠くで【羊山羊】の群れがのんびりと草を食べている
それを横目に、ケンゴはいつもの丘へと向かう
フィールドの端のほうにある丘の上には、目印のように一本の木が生えていた
木陰で寝ると気持ちがいいし、腹が減れば木の実を食べればいい。のんびりと過ごすのにとてもいい場所だった
だけど今日、ここに来たのは別の目的があるのだ
木の下に腰を落ち着くと、装備をひとつひとつ丁寧に確認していく
重みを出来るだけ減らすためにいつも背負っている鞄さえも置いてきたので身軽な姿だが、確認すべきことはたくさんある
平穏なフィールドだといっても、それでもわずかながら危険なモンスターがいるので、護身用にともってきた短剣がしっかりとベルトにくくってあるかだとか。ひざ下まであるブーツの紐が緩くないか、逆にきつすぎやしないかだとか。それらを真剣な目つきで確認していく
ある日、唐突にゲームの世界に閉じ込められて、今も多くのプレイヤーが囚われたままだ
そんな異常な状態の中、遊び呆けるケンゴを責める人間は少なからずいたが、彼は気にしなかった
なにしろ、本当の足が手に入ったのだ
FPSをやっても所詮はゲームでしかなく、コントローラーを操作することでしか走れなかったのに、今では自分の意志で歩くことも走ることもできる
ハコニワに誘ってきた盲目の友達は電子デバイスを使わずに自分の目で見ると、まばたきが邪魔だと言いつつも、世界中を見て周ってやるんだと、自分と同じようにこの状況を満喫している
確かに両親や他のたくさんの友達に会えないのは悲しいが、まだしばらくは足を堪能するのに忙しいので、脱出の方法を真剣に考える気にはならなかった
11年間も憧れ続けたきたものが与えられて、喜ばない人がいないはずがない
だから、今日も健吾は遊び呆けているのだった
体力を無駄に消費しないように木陰に腰かけていると、呼びかけてくるような鳴き声が聞こえてきた
そちらへと眼を向ければ、灰色の大型モンスターが、図体の割に軽快な足取りで駆け寄ってくるのが見えた
「今日も負けないからな」
ケンゴは口端に笑みを浮かべながら立ち上がると、丘を下りていく
こちらへと向かってきていたロングホーンが近付くにつれ、徐々に見上げるようなサイズにと変わっていく。遠近法とかいうやつだろうか
わずかばかり思い浮かべたくだらない事をすぐに頭の片隅に追いやると、近付いてくるロングホーンに背を向けると走り出す姿勢を取る
前にカッコつけて、クラウチングスタートをしようとしたら、そのままでんぐり返しをしてしまったので、それ以来、立ったままにしている
右手を胸の前に、左手は腰の後ろに
体をやや前傾させて、その延長線に伸ばした右足はいつでも地面を強く蹴れるように力を込める
「・・・よーいっ」
後から迫る地響きがどんどんと大きくなってくる
「どんっ!!」
ロングホーンが横を通り過ぎるのと同時に走りだす
走ってきたロングホーンと、いまから走りだす自分とでは差が出るが、すぐに追いつく
ケンゴが横に並ぶと、ロングホーンが短く鳴いて、合図してからスピードを上げる。いつものことなので、ケンゴも鳴き声と同時にそれまでの軽い走りから、全力の駆け足に変える
びゅーびゅーと風の音が鳴って髪を揺らす
こちらがスピードをあげれば、むこうも同じだけ早くなる。負けたくないとさらにこちらもスピードをあげる。その繰り返しだ
大小二つの弾丸が草原の中を走って行く
その様子はとても楽しそうだった




