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スライムのため息

2話でようやくゲームタイトルが決まる行き当たりばったり気味

 諸君はスライムのため息をみたことがあるだろうか?




 【スライム】とはゲームで大体序盤で現れることの多い、いわゆる雑魚モンスターだ

 不定形型の透明な流動体で、簡単に言えば意志をもって動くゼリー状の生き物だ

 酸を持っていたり、切れば二つに増えたり、逆に他のスライムと合体したり、色も青・赤・黄色などと作品ごとに様々な特徴をもっていたりする。とある有名なゲームみたいに常に笑っている雫型なんていう代わり種もいる

 このゲーム≪ハコニワ≫に出てくるスライムも他のゲームと大した相違はなく、初めてスタートするプレイヤーが送られる初心者の町のすぐ近くにある草原に出てくる雑魚モンスターの一種だ

 種類によっては仲間を呼ぶが『始まりの草原』にいるスライムはリンクをすることがないので、基本一体きりで草原のあちらこちらをゆっくりと人間が歩くよりも遅いスピードで這いまわっている。姿は透きとおった透明な水色の液体が丸く固まっていて、その中に濃い青色の球体が浮いている。それがスライムのコアだ。スライムを倒すにはそのコアを破壊するか、魔力で形成されている周りの液体にダメージを与えて崩してしまえばいい

 跳び上がるようにして体当たりしたり、触れた武器や身体を取りこんで動きを鈍らせてきたりするが、所詮は初心者向けのモンスターで、チュートリアルで戦うことになる【Do】という鹿型モンスターに比べれば動きが遅く、また攻撃力も低いとあって、ほとんどの人が梃子摺ること無く簡単に倒せることだろう。スライムに気を取られている間に忍び寄った他のモンスターに倒されることはあっても、スライム自体に倒されるプレイヤーはいないだろう。もっとも寝落ちしていたり、よほど運が悪いのならば別だろうが


 さて、この私、田中市太郎27歳、独身。趣味:ネットゲーム

 ゲームが趣味というだけで、暗いだのモテそうにないだのオタクだと断定するのは偏見だ。一応、私にもかつては恋人の一人や二人、三人、五人、いや十人くらいはいた気がする・・・スマン、嘘だ。いや彼女がいたのは本当だが

 そんな自分は≪ハコニワ≫というネットゲームにはまっていた。ファンタジーな世界に飛び込みモンスターと戦うVRMMOだ。大半のVRが自分目線でやるのがほとんどの中、昔ながらにななめ上あたりから操作キャラを見下ろすという神目線なのが特徴だ。おかげでリアルとの視線の高さや手足のリーチのズレなどを気にしないで済むのでキャラの身長や体型を好きにいじれた。街にいけばこちらの腰までしか身長がないような小さい者から、2m以上ある長身の者までいろいろだ。また、鏡や写真でなければ自分の姿をみれない主目線とは違い、常に自キャラを見れるので、着飾ったりキャラメイクに力を入れる楽しみが大きかった

 私も【ハナ*ハナ】というややロリ系な女性キャラを作って、可愛い格好をさせていた。別に男が女性キャラを使っているからといって全員がネカマというわけではない。私個人の意見としては、男キャラを使う人間は何が楽しくて男の尻をみながら冒険をしているのか理解に苦しむ。故に私は女キャラを使っている。ちゃんと自己紹介では男を名乗っているし、キャラカードにも男と明記しているので問題はないはずだ

 その日もいつものようにハナとなってハコニワを楽しんでいた。フレンドとモンスターを倒しにいったり、くだらないことをチャットしたりしていた。正直、だいぶ前のことで、且つそのあとのインパクトが強すぎて詳しいことは覚えていないが、ごく普通に遊んでいたと思う

 そしてログアウトした際に謎のメッセージを受け取り、ほかのプレイヤー同様モンスターとなりハコニワに閉じ込められたのだった


 いつも思っている。モンスターになるのならばドラゴンとか鳳凰とかミノタウロスとか、カッコいいモンスターがよかった。バンパイヤとか魔人系は完全に勝ち組だと思う。ロボもいい。ドリルは男の浪漫だ

 サキュバスとかドールガールとか女性体のモンスターも大変よろしい。むしろこちらから土下座して頼むレベルだ


 だが、私がなったのはスライムだった


 改めて自分の体を見てみる。指でつつけばぷるんとふるえる魅惑の弾力。シーグラスを思わせる澄んだ水色のボディ。コアは叡智を感じさせる深い蒼・・・と、言葉を飾ってみたが、どうあがいてもただのスライム。せめて火山帯に生息するマグナスライムや沼のマッドスライムだったらカッコ良かったかもしれない。マグナスライム、通称レッドは固まりつつある黒い溶岩のような形をしていて、岩のひびわれた間からは赤いボディが覗く、通常よりも防御力が高めのスライムだ。あれならば誇りあるスライムとして生きられたと思う


 ハナは何度目かもわからないため息を吐いた

 真ん中のコアから出された小さな気泡がぷくぷくと、ボディの中を浮かび上がっていくのをぼんやりと眺める

 スライムになってから知ったのだが、スライムの本体はコアだった。コアがスライムというモンスターで、衝撃や乾燥に弱い体を保護するために魔力でコアの周りに緩衝液を作り出して自身を守っているのだ。他のスライムは知らないが、少なくともハナというスライムはそうだった。一度、好奇心でゼリー部を取り払った時は全身が火にあぶられているような強い痛みを感じて、死ぬと思った。というか一度死んだ

 ゲームの中においてモンスターというのはいくら倒しても全滅することはない。百匹殺そうが、百万匹殺そうが、現実の生き物のように世界からきれいさっぱり消えることはない。ボスでさえそうだ。ダンジョンの奥底にいる金色のドラゴンを苦労の末に討伐しても、一度ダンジョンから出て、また奥底に行けばまた金色のドラゴンがこちらにむけてアギトを開いて襲いかかってくる。人によってはモンスターは「湧く」と表現する。それはあながち間違いではない

 好奇心は猫をも殺すというが、ほんの好奇心からコアを破損して死亡したハナは、意識を失い、気がつくと草むらの中にいた。すっかり元通りのぷるんとした姿に、先ほどのは夢だったのかと魔力を解いてゼリー部を消滅させて、また死んだ。はい、これが馬鹿の見本です。今では反省してます

 そんな口だけの反省をしつつ、それでもコアの取扱には気を使うようにはしたのだが、雑魚モンスターの代表格スライムとして生きていくのは容易ではなかった。毒草を誤って食べて死亡。冒険者に討たれて死亡。川に落ちて死亡。日向ぼっこで寝過ごしてゼリーが溶けて死亡。魔法を使おうとして魔力をすべて使い切って死亡。馬車に轢かれて死亡。他のモンスターに襲われて死亡・・・・・・3ケタくらいは死んでいるような気がする。スライム改めてスペランカーと呼んでもいいほどだ。さすがに段差から落ちたしたくらいでは死なないが・・・いや、死なないよな。ははっ流石にね・・・・・・






 ・・・さきほど反省していると言ったが、今度こそ心の底から反省しました。私はただのバカです



 ハナは草むらの中で平べったくなっていた。これが自分の思うスライムなりの反省のポーズなのだ。スペランカー先生よりも強いことを証明するために、その辺にあった穴の中に飛び込んでみたところ、意外と深くてゼリーでは落下の衝撃が吸収しきれず死亡したのだった。そういえば穴は不自然なまでにきれいな丸をしていたから、あれは冒険者がつくった罠の落とし穴だったかもしれない。そんなことすら気がつかないスライム脳はもうダメなのかもしれない。これがゼロワンだったら死亡スチルがそろそろ埋まり切っているころだ。そういえば私の体は青色なのだが、もし緑色だったらあのゲームに出てきた冷蔵庫に浮くアレにとてもよく似ている気がする。グリーンスライムがいるのは東の森だったか? どうせ暇だから行ってみようか。せっかくスライムになったのだから、スライムなりに交流を広めて見聞を広めてみるのもいいかもしれない。コンクリートジャングリで社畜として暮らしていると、スライムと触れ合う機会なんてないし、これもいい人生経験だと思う。その経験がなんの役に立つかわからないが

 反省をしていたはずなのに、思考がだいぶずれてきてしまった。ハナは改めて反省のポーズをしてから、元の丸い形に戻ってのそのそと移動を始めた。ここにはもう何度も来ているので地形はすっかり頭の中に入っている。様々な場所で千差万別な死に方をしてきた。だが復活するのはなぜかいつもこの草むらだった。遠く離れた浜辺で死のうと、すぐ近くの木陰で死のうと、必ずここに戻ってくるのだ。この草むらがハナというスライムの、いわゆる湧くポイントだった

 草むらを出ると、別にほかにすることもないし先ほど思い立ったように東の方角へと進みだす

 

 そして、さほど進んでいないうちに、走ってきたDoの蹄に潰されて死んだ


 出鼻を早々にくじかれて草むらでふてくされていると、片手に剣をもった冒険者がDoが走ってきたほうからやってきた。どうやら狩りをしている最中のようだ。せめてもの腹いせにと全身全霊を込めて飛びかかってみたが、見事に避けられてしまった。地面に落ちた衝撃から身を守るべく、コアを上に浮かせながら下の方のボディを柔らかくして備える。放射線を描いたスライムの体がべしゃっと冒険者の後ろに落ちる。だいぶ派手に液体が飛び散ったが、コアにはダメージがない。スライムに転生してからそれなりに経つので、この体の扱い方も堂が入ったものだ。すぐに魔力を練って失った分の緩衝液を取り戻し、そしてきりっと強い敵意をこめて冒険者を睨みつける。目はないが

 剣を持ったのはまだ若い茶髪の青年だった。そばかすの浮いた顔立ちはまだ冒険者として駆けだしなのか緊張感が薄い。例えスライム一匹が相手だとて、そんな気の抜けた様子では大怪我をするぞ。ここは元冒険者だった私が先輩として人生経験を積ませてやらねばな


 胸を貸してやろう ・・・さあ、かかってこい!


 あ、はい。カッコいいことをいってすみません。出会って5分もしないうちに普通に切られて死にました。そうですよねー、どんな高レベルの冒険者でもスライム相手では緊張感なんて持ちませんよねー。当たり前ですよねー。てか、なんであの冒険者は『始まりの草原』で最終ダンジョンでも通用するレア武器なんて持って狩りしてるんですか? 草原で一番強いボアという大型の蛇モンスター相手でも一撃でオーバーキルですよ。雑魚モンスターいじめ反対!!


 ハナはまたあの冒険者に見つからないように、身を低くしながら草原の中を這うように進んでいた。コアからは文句を言うたびにぷくぷくと気泡が漏れる。そういえば冒険者を見るのはだいぶ久し振りな気がする。最後に見たのは2週間ぐらい前にみた初心者パーティだったか。元プレイヤーだったモンスター仲間にも最近は会っていないな。前はボアの学生さんやバーバトのOLさんとよく愚痴りあっていたが、いつのまにかいなくなっている。みんな現実に戻れたんだろうか。それならばめでたいことなんだけど、せめて最後に一言ぐらいお別れをいいたかった

 私のような雑魚モンスターではゲームから解放される条件を自力で達成するのはとても難しいので、大体は他人任せになってしまう。スライムの粘着でわずかに足止めをして他のモンスターの手助けをすることもできるが、湧いたポイントから5mも移動しないうちに蹴り殺される程度の貧弱な体では、他のモンスターに合わせて移動することも、そもそもそこに行くこと自体がよほど運がなければ無理な話で、結局は誰かが「自分」を殺してくれるのを待つしかないのだ


 ≪ハコニワ≫から解放される条件。それは操作キャラが死ぬこと


モンスターとなったプレイヤー自身が殺さなくても、ほかのモンスターに殺されようが罠にかかって死のうが、とにかく操作キャラが死ねばゲームから解放されるのだ。つまり、モンスターのハナが生きているということはまだ冒険者のハナが生きているということ。今現在の≪ハコニワ≫には【ハナ*ハナ】が二人いるのだ。一方は少女の容姿をした冒険者のハナ、一方はスライムという雑魚モンスターのハナ。冒険者の自分にあった人の話を伝え聞いたことがあるが、どうやら冒険者も自分を本人だと思っていて、しかもゲームに閉じ込められて苦悩している様子だったという。私はもう一人のハナに出会ったことはないので真偽は確かめられないが、何人もから似たような話を聞いたので、おそらくは本当のことなのだろう

 私はスライムである自分が田中市太郎だと思っているが、逆に冒険者のハナが本人でコピーされた疑似人格がスライムになったと思いこんでいるだけかもしれない。いっそのこと二人ともが本物だということもあるかもしれない。それどころか閉じ込められている冒険者のハナもスライムのハナもどちらもバーチャル上に存在するだけの人格で、本人は現実の世界でなにも気がつかずに普段どおりに暮らしているのかもしれない。どれが真実なのかスライム脳で悩んだところでわかりはしない

 それでも冒険者が死ねば、モンスターが消えることは事実だった。本来のハコニワだったら死んだプレイヤーはホームでデスペナルティをくらって復活するのが常だった。だがゲームに閉じ込められてからは死ねばそのまま消える。そして冒険者が消えれば、その対であるモンスターも消える

 本当に現実に戻れるのか、それとも自我意識自体が消えてしまわないのか。消えてしまったプレイヤーの話を聞くことはできないので、どうなるのかはわからない。だけどゲームに閉じ込められて、いつ終わるかもわからずに死に続けることから解放されるのだったら、どちらでもかまわなかった。 自意識が永遠に消えることになるのにためらいはないし、そうなるとわかっていて自分を殺すことにもためらいはないが、それを行うだけの実力もない

 

 故にハナは今日も自由気ままに草原のあちらこちらを這いまわっているのだった

 いつか誰かがハナ*ハナを殺してくれることを願いながら


 コアから出てきたため息の泡の一欠片が外皮に到達して、わずかに表面に波紋を作った



ゼロワンの冷蔵庫のアレ=目玉抉り魔の冷蔵庫で大切に保管されている緑の保存液に漬かった『戦利品』。戦闘で負けるとまた同じものを見るイベントを繰り返させられる、トラウマ強制製造物。透明人間とバトルしろとか製作者はドS

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