第1話 忍び寄る影
本作は、挿絵とともにお楽しみいただくことを想定した作品です。
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マリアはリビングに入ってエミーの前でしゃがむ。
「ま~た海苔こんなに食べちゃって。おなか壊しちゃうかもしれないから、1日3枚までって言ったよね? これ」
そう言いながら、マリアはカーペットに散乱している海苔の空き袋を拾い上げ、エミーの目の前に突きつけた。
うつ伏せになったエミーは、ウサギの鼻のように口をひくひくと動かしながら、上目遣いでマリアを見つめ返してくる。
「ママ~!」
「わっ!」
いきなりエミーに飛びつかれ、マリアは目を丸くした。
「だから、ママじゃないって…………」
「にゅう~。マリアちゃん」
「ふふ、しょうがないこの子」
マリアは優しく微笑むと、まるで我が子をあやすようにエミーの頭を何度も撫でた。
純真無垢な瞳でマリアを見つめながら、エミーは頭を撫でられるたびに「にゅうっ」と高い声を上げる。
「ねぇマリアちゃん。今日は一緒にお昼寝してくれないの?」
「ん~? ごめんね。このあと、もう1回買い物行ってこなくちゃいけないから」
「にゅう~…………」
目に見えてしゅんとしたエミーは、イモムシのような動きで後ずさりして、コタツの中に潜り込んだ。
「あ、お姉ちゃん、帰ってきたの~!?」
元気な声とともに、ドタバタと階段を駆け下りる足音がリビングまで響いてきた。
「どれ?」
マリアは依姫から学校のプリントを受け取り、問題に目を通した。
「最初の、『憲法の絶対平和条項を守るべき理由を答えなさい』ってやつ」
「あ~、これね。私が小学生のときもやらされたよ。守るべきじゃない理由を書いたら、廊下に立たされた覚えがある」
「え~、何それ? 悪いことしたわけじゃないのに、ひどくない?」
マリアは苦笑いする。
「たぶん、学校以外の場所でもそんな感じだから、日本にはもうこの島しか残ってないんだと思う」
「…………ふ~ん。よく分かんないから宿題はもういいや。それより私もお昼寝しよ~っと!」
依姫は勢いよくコタツに潜り込み、エミーの隣でごろんと横になった。
「すぴー、すぴー、…………にゃんにゃん」
エミーは寝言を言いながら、依姫の胸元に優しく2回猫パンチを繰り出した。
「あはっ、ねぇ今の見た!?」
依姫は楽しそうにマリアを振り返る。
「うん。起きてる間もたまにそれやってくるから、そのときは抱っこしていっぱい撫でてあげるようにしてる」
マリアと依姫は、6歳前後にしか見えないエミーの寝顔を見つめた。
「…………前から気になってたんだけど、エミーって本当にお姉ちゃんと同じ中学生なの?」
「ん~、年齢は私と同じくらいのはず…………。でも出会ったときから友達というより…………」
言葉を濁しつつ、マリアはリビングの掛け時計を見上げた。
「あ、そろそろ行かないといろいろ売り切れちゃう。宿題は帰ったら手伝ってあげるよ」
「え? マジで!? いってらっしゃ~い!」
そのころ、20世紀に突如として誕生した大国、『グラトン帝国』の首都では、数十万人の暴徒が怒号を上げていた。
彼らはバットでショーウィンドウを叩き割り、車に火炎瓶を投げつけて街を破壊している。
本来なら暴動を鎮圧するはずの治安維持部隊までもが暴徒と化し、事態は完全に制御不能になっていた。
「さっさと日本を攻撃しろ!」
「弱腰の皇帝など引きずり下ろせ!」
同様の暴動が国内各地で同時発生している。
帝国の中枢では、スーツの上に白いマントを羽織った老齢の男が、高さ10メートル以上ある重厚な鉄の扉を、両手で軽々と押し開けた。
男は扉が閉まる轟音を背に、コツコツと靴音を響かせながら広大な石畳の上を歩く。
そして、豪華な装飾が施された玉座の背後で静かにひざまずいた。
「お呼びでしょうか、ミック皇帝陛下」
玉座に腰掛ける皇帝は、低い声で男――カンの名を呼び、語りかけた。
「外が騒がしいようだな」
「はい。我が国が日本に原爆を落としてから、早40年。あれから一度も再攻撃していないことに不満を募らせた者たちが、暴徒と化して声を上げております」
カンは淡々と報告した。
皇帝はグラスに注がれたワインを一口だけ飲んだ。
「…………今や日本は人口100万人以下の小さな島国となったというのにか」
「やはり、ミック細胞を埋め込まれた我が国民が望むのは、日本人が地球上から消滅することのようです」
「…………」
皇帝が黙り込むと、遠くの空から重々しい雷鳴が響き渡り、その場の空気が凍りついた。
「…………日本が平和宣言してから随分とたつが、現在の我が軍の戦力と比べたらどうなる」
「それでしたら、ご心配には及びません。今なら幹部を数人動員するだけで、ほぼ戦わずして勝てるはずです」
皇帝はグラスをテーブルに置く。
「…………頃合いか。ならば今度こそ日本を滅ぼすがよい」
「はっ! 直ちに準備を整えます!」
一方、日本のとある繁華街では、数十人規模のデモ隊が声を張り上げながら行進していた。
彼らが高々と掲げる横断幕には、『絶対平和条項を守れ』と大きく印刷されている。
「日本が軍隊をなくせば、世界の国々も軍隊をなくす!」
「私たちが平和主義者になれば、世界の人たちも平和主義者になる!」
「だから、電能隊は解散しろ~!」
「「「解散しろ~!」」」
デモ隊から十数メートルほど離れた場所には、機動隊員たちの姿があった。
小隊長である警部補の指揮のもと、20人以上の巡査が警戒にあたっている。
「はぁ…………。交番がなくなれば犯罪は起こらなくなるってのか? こっちは銃を取り上げられてから、殉職者が増えたってのに…………」
デモ隊の姿を眺めながら、警部補は誰にも聞こえないような小声で愚痴をこぼした。
「小隊長、大変です!」
1人の巡査が顔を真っ青にして、慌ただしく警部補のもとに駆け寄ってきた。
「どうした?」
「最後列にいる男の目を、よく見てください!」
「目?」
警部補は訝しげに巡査から双眼鏡を受け取ると、言われた通りデモ隊の方にレンズを向けた。
「な…………、星持ち…………!」
「あれってグラトン兵の階級を表すものですよね?」
「ああ。瞳の星の数が多いほど強いと言われているが…………」
「今までどこに潜んでいたんでしょう。せめて銃があれば」
巡査は無意識に、武器のない腰元へ手を伸ばした。
「いや、あんな小さなリボルバーじゃ、ここにいる全員が装備していたとしても、勝てるとは限らないだろう」
「え? どういうことですか? 相手の星は1つじゃないですか」
「研修で習ったことを忘れたのか。一ツ星の殺傷力は500以上5000以下。諸説あるが、ヒグマ5頭分以上の強さがあると言われている」
それを聞いた巡査の頬に、ツーッと冷や汗が伝い落ちる。
「そんな…………、ならば我々はどうすれば!?」
「まずは電能隊に応援要請を! 敵の数と場所を把握し、周囲の市民にいつでも避難を呼びかけられる体制を整えるんだ!」
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