第二話 刑罰
──人、裁きを受けねど、罪は消えず。
──罪は消えず、人に非ざるとせん。
天啓のようなものだろうか。にしても、究極に理解しづらい。理性にある人間以外との会話に意味を見出せないのだが。
──この《刑罰神》ノ=アラヴェン、汝に裁きを与えん。
読後が趣味かと思えば、神を名乗るのだな。近頃の道化は音声型なのか。
──騒々しい。
思考は筒抜けか。続けろ。
──……汝は罰を受けるのだ、哀れな人の子よ。その頭脳を持って尚、積年の望みをいとも容易く擲つ、か。
──はらからに背を刺される心地はどうだ?
死ね
アサクラの胸の内を痛烈な火花が焦がした。
逆鱗を踏み躙る不届き者に容赦する余裕などない。星が地に落ちるように、それは神の裁きのように、辺りは雷霆で埋め尽くされる。
しかし、火の粉は笑い消え失せるだけで主の名には従わない。声に向けた掌も力無く項垂れた。
──世辞よ世辞。余興に乗せられるでない、汝。我は汝の望みを叶えてやるというておるのだ。望みを忘れるでないぞ、アサクラ。
もはや、己の心内すら分からない。出所不明の笑い声が広場に響き渡る。アサクラは腹を抱えて言った。
「それもそうだな。私は何を差し出せばいい?」
その反応が予想外だったのか、神を名乗る声に愉悦が混じっているようだ。
──我が名を口にせよ。それが契の全て。名は神の全てだ。
神とはこの世のものでなく、それという実体を持たない。従って、老いることも朽ちることもない。この世に触れるため、神は対象に【憑依】し、直接乗り込んで【憑坐】となる──だったか? 学生時代のことなんぞ、覚えていない。
つまるところ、この契約は神をこの世に下ろす危険性を孕んでいる。
「……ノ=アラヴェン」
──よく言った、アサクラ。汝の望みは叶うであろう。
もちろん、躊躇いはあった。疑念もあった。
──罪はいずれ裁かれる。
全容も把握せずに契約など、狂気の沙汰だが仕方ない。今まさに、私は狂気の沙汰にあるのだ。弟が戦場に向かわずに済むなら、どうとでもなればいい。
弟さえも、守らなければ。私は。
!-!-!-!-!-!-!-!-!-!
「次。アサクラ・レイ、前へッ!」
己の名前が呼ばれた。
弟はこちらと目も合わせてくれない。
そんな弟の顔に一瞬、動揺とそれから何か別のものがよぎった気がした。目は一向に合わないというのにこちらの腹の底を見られているようでぞっとしない。アサクラは全力で深い息を吸った。
気づかれてはいけない。何も、気づかせてはいけない。
「アサクラ・レイ! 属性【風】、【雷】!」
水晶の前に立ち、手をかざす。
体の奥に宿したものが、応えるように蠢いた。
──今だ。
力を引き出す。というより、操縦席から引き剝がされるような、映画を鑑賞しているかのような。今までにない感覚。
「な──」
誰かの、声にならない声が漏れた。
それは、根本から違った。淡い光ではない。まるで、水晶そのものを作り変えてしまうような、深く沈んだ何か。水晶だったものは異形となり、獣のように襲いかかる。
「や、ヤバいんじゃないのこれ……」
「下がれぃ!! 騎士どもはぃ即時応戦!!」
「正気か!! 攻撃するな! 撤退だ!! 総員退避!!」
試験官達が、慌てて指示を出した。受験者の多くが、叫び喚き逃げ惑う。
もう結果は出し尽くした。この惨事がこれ以上広まる前に力を抑えなければ。そう思うのに、体がうまく動かない。宿したはずのものが、こちらの意思を無視して、際限なく溢れ続けている。
視界の端に、アワノの顔が映った。いつもの、心配性な弟の顔。それが今、明らかな怯えに変わっている。
──違う。私は、こんな顔をさせたかったわけじゃ。
唯一持ち得る視界すら、霞んで朧げになっていった。
「……規格外……いや、規格内か?」
試験場が戦場と化す中、一人の試験官が、ない右腕を掻きながらそう呟いた。
!-!-!-!-!-!-!-!-!-!
一連の騒動が収まったあと、試験官を含めた魔導騎士団員で緊急会議が開かれていた。
しかし、誰も口火を切れない。
重すぎる沈黙を、隻腕の騎士が断ち切った。
「あれは、選外だ。異論はないな」
それに副団長が踏み込む。
「しかしです、あの結果は我々も無視できないものであり」
「お前の目鼻はいい飾りだな。 あれは、こちら側では無い」
試験官達が皆揃って俯いた。副団長はその澱んだ空気を受け流し、また問う。
「まさか、すでに手遅れなのですか?」
「何を見てソレが言えんの? 副団長。アレが人間のやることって?」
と、今年の試験官長だった男が答えた。
同じく、試験官だった女が同意する。
「そうですぃね。いずれは撃破を視ぃ野に」
当人の許可もなく進む話に副団長は唇を噛んだ。
「そんな……彼に、彼自身の方に選択肢はないのですか!!」
「ありませんよぃ。次にぃ、その弟の方は?」
「問題ない。今年はアワノ・レイで確定だ。神寵のほうは適当に決めておけ。むしろ、あの兄がいる以上、彼を早く現場に上げた方がいい」
「”シタ”、 とういことでしょうかぃ?」
「それは……」
と、副団長は眉を顰めた。この話題には斬りこめないのか、自身の藍髪を大事そうに編み始める。
会議は、試験官達が先陣を切って進められていた。
「ああ。今回の騒動が上に伝播する前に、な」
──力を得んとする人、神に呑まれ息絶える。
「了解しますぃた。迅速に対応いたしますぃ」
──それが常。
────それが常、だったのだ。
◇◇◇
「起きましたか? いえ、まだもう少し寝ていてください。姐さんからの命令です」




