プロローグ
「お兄! 今日はねー先生にね、ぼくたちの国の話聞いたんだー!」
そう言って、弟はスプーン片手に足をばたつかせる。揺れる浅黄色の髪が波のようだ。
しばらく病室の隅からその姿を見守っていたのだが、将来を案じる兄は嫌われ役を買って出る。
席を立った兄、アサクラは自由に動き回る弟の足を掴み、かかとを揃えた。
「アワノ、お行儀が悪い。いまはごはんをたべる時間だ」
弟は兄が足元にいることにびっくりしたのか、急に体をしならせ机の下をのぞく。
視線が合い、アサクラはちゃんとしなさいと目で叱った。
弟はとても嬉しそうに頷く。それから、堪えきれなくなったかようにまた足をバタバタと振った。
「お兄、しってる? 神様はぼくらを見守っているんだよ。でね、いつか”わたし”はね、その神をころすんだって」
「神を殺す、だと? どこの馬の骨がそのような……」
本当、心配になるほどの可愛さだ。聞いた話もあやふやで、引っかかる点が多い。アワノはよく赤の他人から受け取った言葉をそのまま、鵜呑みにしてしまう。想像もつかないが私もかつてはこうだったのだろうか。
しかし、こうも純粋すぎるのは保護者として悩みの種でしかない。そろそろ疑うということを教えなければならない時期なのか? かといってこの素直なところも弟の長所である。
どうすれば強く優しく育つのか──なんて考えていたところ、机に頭をぶつけた。
不覚すぎる。
スープがかかって弟がやけどを負ったらどうするつもりだ。皿が落ちて弟が出血したらどうするつもりだ。突然のことに驚いて弟が窒息したらどうするつもりだ。
アサクラは最悪の状況を想定した場合、弟の死を身近に感じて震えていた。
その間に、弟はスプーンをおいて席を立つ。
「大丈夫? お兄、頭うった? 血出てない? 死なない?」
わざわざ机の下までやってきた弟はアサクラの黒くなった根元を避けるように朱い毛先だけを抱きよせた。
どうやら、心配されているのはお互い様らしい。
アサクラは少し微笑んで抱きかかえるとそのまま担ぎ上げ、弟を元居た椅子に戻した。弟のほうは悲鳴に似た歓声を上げ、アンコールを要求している。
「駄目だ。それに神は見守るというよりも、浮遊させているといったほうが正しいだろう。それほど慈悲深い存在ではない。」
さらに言えば、神にも種類があり、敵対する存在のほうが多いわけだが。そのような物騒な話、九才になったばかりの弟に聞かせるつもりはない。
当の本人は籠にあったフルーツにかじりついた。
「じゃあね、その神様がみんないなくなったら、どうなるの?」
この時の私に嘘をつく才能があれば良かった、と。
「私たちの国は今度こそ潰える。 浮遊帝国サンデグラは下界直行だ。」
『アサクラ・レイ』は初めてそう思った。
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