30. 備え
-医療班研修最終日-
5日間、灯里たちは座学と実技を繰り返した。
色々な部位に外傷を負った模擬人形を使い、救急隊員が行う範囲の応急処置を学んでいく。
そして最終日には認定試験が待っていた。
(うう...頭が重たい...)
外傷に対する処置のみとはいえ、対応方法の細かなルールを頭に詰め込むのはものすごく大変だった。
白瀬がいなければ、きっと乗り越えられなかった。研修が終わった後、白瀬は灯里の勉強に付き合ってくれたのだ。
彼のまとめノートのおかげで、大事なポイントだけは頭に入った……はずだ。
「始め。」
藍川の掛け声で、ぺら、と目の前に置かれた問題用紙を表に返す。
学園を出ても、こうしてテストや勉強が必要だとは思ってもみなかった。技術や新しい知識は、むしろ実務でもっと重要なのだと今回の研修で学ぶことができた。
ひとつ、ひとつ、この数日で学んだことを紙へ記していく。
命を救うことに直結する知識は、学生時代の勉強以上に、頭にしっかり残っていた。灯里は思ったより解答欄を埋めることができ、これなら大丈夫そうだとホッと息をついた。
……ピピピッ
タイマーが試験時間の終了を告げる。
二人の答案用紙を藍川が集め、次に模擬人形が置かれた担架を指し示して言った。
「解答、お疲れさま。じゃあ続いて実技試験をするよ。二人とも、それぞれの担架に寝かされた模擬人形のトリアージと、応急処置を行ってね。」
「制限時間は10分、よーい、始め!」
灯里は片側の担架へ駆け寄った。
まず、模擬人形の呼吸、脈拍、意識を確認する。
呼吸あり。
脈は弱い。
意識、なし。
…赤タグだ。
ピッとトリアージのタグを切り離し、"赤"の札をつけた。
頭部からの出血は…なし、
腹部は……服を捲る。穢れに侵された黒い痣の傷が見つかった。
他の部位にも目を走らせる。出血はなさそうだ。…とすると意識を失うほどの強い攻撃を穢れから腹部に受けたようだ、と判断する。
内出血の有無はわからないが、ここで灯里がするべき応急処置は…
「汚染拡大防止の魔法紙を使用します。」
腹部へ、防護班による"封印"の加護で作られた、汚染拡大防止のための魔法紙を貼り付ける。
加護を込めて魔法陣を展開した。
紫の光が腹部へ吸いこまれていく。
(…よし、これで完了。)
「応急処置完了、速やかな搬送をお願いします。」
ピッ
灯里がそう言うと、藍川が片方のタイマーを止めた。
白瀬の方を伺うと、大腿部の止血を終え、魔法紙を使うところだった。
「…止血処置並びに穢れの汚染拡大、完了しました。意識はあるので、重症者の次に搬送してください。」
ピッ
白瀬の完了報告の後、もう一方のタイマーが止まる。
「…霧島さん、8分12秒。白瀬くん、9分5秒。制限時間内だね、処置も正確だった。実技は合格だよ。」
真剣な顔をしていた藍川が、ふわっと優しい笑顔になった。
「はぁ〜〜〜、よかったぁ。」
灯里はホッとして、つい、大声でため息をついてしまった。
白瀬も緊張の表情を解き、安心したように椅子に座った。
「二人とも、短期間でよく身につけたね。あとは焦らず、緊急対応時に今見せてくれた対応を取ってください。」
「あとは筆記の採点だけだね〜!今から採点しておくから、お昼食べておいで!」
「「はい!」」
試験が終わった解放感から、二人は嬉しそうに返事をして颯爽と無限食堂へと向かった。
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灯里達が去った後、藍川は黙々と二人の解答をみながら丸付けをしていく。
シュッ…シュッ…
しばらく丸付けが進んだところで、東雲と橘が藍川のいる医務室へやって来た。
「やっ、新人二人の結果はどうだった?」
東雲が藍川に声をかける。答案用紙から藍川は顔を上げた。
「うん、二人とも実技は大丈夫。白瀬くんは言わずもがなだけど、霧島さんも実務的な動きの習得が早いね。」
言いながらペラと橘と東雲に二人の解答を見せる。
「…ま、筆記は想像に難くないだろうけど、
なんとか二人とも合格!かなっ。」
白瀬のほぼ満点の解答と、合格点スレスレの灯里の解答をみながら藍川は眉を下げて微笑んだ。
「っは〜、霧島も合格できて良かったよ。対融合個体を考えると、戦闘班員の人数はできるだけ多い方がいい。」
橘が天を仰いでホッとした声を出した。
「…うん。融合個体の周波数を拾う検知器がやっと完成したんだが、これの設置にも人数が欲しいから、正直言って合格してくれて助かったな。」
東雲は厳しい表情を崩さない。分析班は融合個体への対応機器の開発に昼夜問わず稼働している。
「…ま、補習も必要なくなったし、あとは他の省庁の研修を終えれば二人とも一人前の戦闘班員になれるね。」
「ああ、そうだな。他省庁研修か…あいつらは何処に行くことに決まったのか、あとで聞いてくるわ。」
橘は足早に医療班を後にした。
「…ねぇ、東雲。なんか君、融合個体について掴んでるんでしょ?」
藍川が東雲の顔を伺いながら問いかけた。
「ここだけの話なんだが…、人為的な融合の可能性が見えてきた。"あの"20年前の件が関与しているかもしれない…」
「戦闘班員が一名、犠牲になったあの件が…」
ゴクリ、と藍川が唾を飲み込み、二人の間に沈黙が落ちた。
「大きな事になる可能性が高いね。」
橘の表情が険しかった理由を藍川はようやく理解し、グッと手にしていたボールペンを握った。
(第二章 完)
第三章へつづく
ここまで毎日更新にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
第3章からは、更新日を月・水・金に変更します。
執筆ペースを整えながら、最後(全50話予定)までしっかり書き切りたいと思っています。
引き続き、灯里たちの物語を楽しんでいただけると嬉しいです♩




