29. 応急処置研修
「霧島さん、おはよう。」
キラキラした白瀬の笑顔が、目の前に広がった。
数日間は別々の部署で研修を受けていたが、今日は白瀬と一緒に医療班での研修となった。
久しぶりの白瀬のキラキラビームを浴びて、灯里は目を細めた。
(あぁ…元気出る。)
防護班での研修最終日はひたすら魔法紙を作り続けた。腱鞘炎になるかと思うほど手を動かし続けたせいで、まだ指先に少し疲れが残っている。
「おはよう、白瀬くん。ちょっとだけど、久しぶり。」
白瀬と会って、この数ヶ月のいつもの日常に戻ったように感じ、ほっとしてしまった。
密度の濃い数日間のOJTで疲れが溜まっていたことを実感する。
同級生ではあるが、入局までは全く接点がなかった彼と、こうも距離が近くなるとは思ってもいなかった。
背後の扉がカラカラと軽い音を立てて開く。
「おっはよう〜。」
優しい笑顔の藍川が、二人の元へやってきた。
いつも笑顔でいられるのっていいな、と灯里は彼を見て思う。
働き始めて気づいた。毎日笑顔で働き続けることは、思っていたよりずっと難しい。
患者や他の医療班員、そして灯里たちに分け隔てない態度で接する藍川を、灯里は密かに尊敬している。
「今日は応急処置を学んでもらいます!この研修は環境保全局全員が受講必須なんだよ〜。ハイ、じゃあ霧島さん、なんで全員必修なんでしょうか?」
「えっ、分析班や防護班の人たちも必修なんですか?」
「そうだよ、もちろん!」
(なんでだろう、現場に出ないはずなのに...)
灯里は考え込んだ。白瀬も少し考えて藍川に尋ねた。
「たまに後方部隊として補助に当たる時に救護するから、でしょうか?」
「う〜〜〜ん、惜しいかな。環境保全局は、穢れを倒すだけじゃない。人を助ける仕事だから。」
(人を助けるって、どういうことなんだろう...?)
灯里は、一般の人を救護する場面を想像できなかった。
「えっとさ、二人とも入局の3日前にちょっと強い突風被害があったのを覚えてる?」
コクリ、と二人とも頷いた。突風が吹いた時は学園内にいたので、灯里自身は被害に合わなかったが、商店街がなぎ倒されたような惨状を見たことを思い出した。
「あれ、実は大きめの穢れが結構暴れたせいなんだ。”見えない”一般の人や魔術師たちからすると、突風の被害みたいに自然災害に思えるけれど、穢れによる被害だったんだよ。」
「えっ?あれも穢れのせいだったんですか?」
灯里は驚いて目を見開いた。
「そう。自然災害と思われているものの中には、穢れが原因のものも結構あるんだ。
…しかも被害が大きい場合、普通の救急車は穢れの近くまで入れない。」
「そうですね、穢れが見えない救命士が、現場へ行くのは危険ですね,,,。」
白瀬は小さく息を呑んだ。
「そうなんだ。だから、医療班だけじゃなく穢れを認知できる環境保全局のメンバーが応急処置をして、被害を受けた人を救急車まで運べるようにする必要があるんだよ。
誰かが助けを待っている時に、『応急処置ができません』じゃ済まないでしょ。」
「穢れによって受けたもの以外の傷に対しても、応急処置ができないといけないんですね...?」
「そう!その通り!だ・か・ら!....」
ドンッ
「テキストは結構分厚いです!頑張って覚えて、ひとつひとつこの人形を使って練習しよう!」
(.........ガーン。)
灯里は目の前に置かれた厚みのあるテキストを恨めしく見つめる。
(一番苦手なものが最後の最後に来るなんて...)
嬉々としてテキストを開いて読み始める白瀬を見て項垂れる。果たして自分はこの研修をパスできるのだろうか...。
それに、藍川が出した人形の腕には、本物そっくりの傷が作られている。そんな傷だらけの人形が後ろに何体も並んでいた。
(なんだか嫌な予感しかしない……)
つづく
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