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【第1部完結】環境保全局の浄化師 〜窓際局と侮るなかれ、不人気官庁の新人ですが裏では世界の危機(穢れという怪異)をひっそり片付けています〜  作者: 真白みこと
第二章 OJT -世界を守る浄化師の役割-

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20. トラウマ

いつもお読みいただきありがとうございます!今日はお昼の12時に19話を更新しています。未読の方はそちらから読んでいただけると嬉しいです。


「おつかれさまです。長谷さんの治療がおわりました。明日にはほぼ問題なく動けるようになるそうです。」


灯里は12階の七班のエリアで橘をはじめとした他のメンバーへ長谷の無事を伝えた。

心なしかしょんぼりとした灯里に気を遣ってか、橘はポン、と灯里の頭に手を乗せて言った。


「よく頑張ったな。長谷も霧島も2人とも生きてる。もうそれだけで今日は十分だよ。」


東雲も橘も灯里を責めることはなかった。

だからこそ、苦しかった。

長谷が怪我をしたのは、自分を庇ったから。

そう思うたび、申し訳なさで胸が締めつけられる。


自分を守ってくれた長谷の後ろ姿が脳裏から離れない。

戦闘における実力不足だけでなく、足手纏いだったのではというマイナス方向の思考が止まらない。


千景が橘に目配せをした後、灯里に声をかけた。


「ささ、灯里ちゃん、明日は休みだし、もう今日は上がっていいってことだから、一緒に美味しいご飯でも食べに行こっか。」


「…すみません、今日はちょっと疲れちゃって…あんまり食欲もないので、お先に失礼させてください。」


「…ん、そうだね。ゆっくり休んでね。」


どことなく心配気な千景達に見送られ、灯里は一人、足早に寮へ向かう。


もう、一人になりたかった。気遣ってくれる誰かに笑顔を向けて、受け応えをするのももう限界だった。



照明の落とされた内階段を静かに降りていく。

階段の壁際にある手すりをしっかりと握りしめた。

今自分がいるのは安心できる場所だと確かめられる、縋れる何かが欲しかった。


12階から6階までが酷く長い道のりに感じた。

誰かにすれ違わないことを祈って、6階のフロアを歩く。

今、話しかけられてもちゃんと返事ができる気がしない。バタバタバタバタ…と遠くの廊下で慌ただしく防護班員が駆けていく。

灯里はビクッと反応したが、顔を俯けて歩き続けた。


---


ようやく自室に辿り着き、ベッドへダイブする。

やっと一人だ、と思ったら涙が堰を切ったように溢れ出した。


怖かった。


泣き叫ぶ少女。


飛び散った長谷の血。


咆哮する三つの頭の大きな穢れ。


身体にまとわりつくような黒い縄状の紋様。



なんで女の子を守ろうと、考えなしに飛び出してしまったんだろう。

長谷に声をかけてから動けば、誰も傷付かなかったかもしれない。


東雲があの辺りを調査していなかったらどうなっていただろう、

防護壁は橘たちが来るまで保たずに3人とも死んでいたかもしれない。


ぐるぐると悪い思考が頭の中を巡る。


涙を止めようと思うのに、とめどなく流れてしまい灯里は仕方なく目を閉じた。



---


パチ‥‥


暗闇で目が覚めた。

そのまま眠ってしまったようで、時計を見ると23時を回ったところだった。


(うわ…ベトベト、気持ち悪い。)


制服の上着すら脱いでいなかったせいで汗だくだった。灯里はシャワーを浴びてラフな服装に着替えると、部屋の外に出た。

目は腫れぼったいし、喉もカラカラだった。何か飲み物を買おうと本部との渡り廊下がある自販機スペースへ向かう。


カコン…


冷えたボトルが小気味良い音を立てて落ちてきた。


水を一口飲む。その冷たさに心が少し落ち着く。

けれどもそのせいで、意識が再び今日の出来事へと引き戻されそうになる。

忘れちゃいけないけど、今は目を背けたかった。


ふとガラス張りの渡り廊下から見える道路に目をやった。いつの間にかしとしとと小雨が降っていた。

車が道路を流れるように走っていく。


ーカッ!!!ー


不意に強いヘッドライトの光が目に入った。


雨音。


ヘッドライト。


クラクション。


真っ赤なサイレン。


倒れた女の人と流れ出る赤い血。


白い脚に蛇のように絡みつく太く黒い縄。


そして、


ー 自分の目を覆う優しい手 ー


ハァハァハァ.....


息がうまくできない、

胸がぎゅっと押し潰されるように軋み、立っていられなくなった。

後ろへ体重が傾いた。


あ、ぶつかる.....


地面に身体を打ち付けることを覚悟して目をぎゅっと閉じた。



ートンッー



「大丈夫。」

落ち着いた声が耳元で聞こえた。

「ゆっくり息を吐いてごらん。」


背中にしっかりとしたあたたかい支えを感じた。おでこと目を大きな手のひらが灯里を安心させるように覆い、呼吸が落ち着くのを促してくれた。


灯里の呼吸が落ち着いて、しっかりと立てるようになると手のひらは離れた。


「…あ、ありがとうございました。」


灯里は振り返り、助けてくれたその人を見た。入局当日以来、近くで目にすることはなかった恭弥がそこにいた。

先ほどはどこか懐かしさを感じた。ほとんど会ったことがないのに、なぜだろうか。


惚けたように彼を見ていた灯里に、静かな声で恭弥が話しかけた。


「聞いたよ、融合個体に出くわしたんだってね。」


「はい、私のせいで今日は班員が大怪我をしたんです...。」


恭弥は少しだけ考えるように目を伏せた。


「うん。きっとそれは君のせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。あのね、結果はいろんな要因が複雑に絡み合って生まれるんだよ。もし君があの場にいなかったら、他の誰かが死んでいた可能性だってある。」


恭弥は灯里の目をまっすぐ見つめて、続けて言った。


「反省は必要だろう。でも、それは明日でいい。今日は誰も死ななかった。それだけで十分なんだ。

君には人を守る強さがある。……もう逃げなくて大丈夫だよ。」


恭弥はただ単に励ますのではなく、事実を整理して灯里とは違う解釈を示した。


恭弥の言葉が、張りつめていた胸の奥へ静かに染み込んでいく。

心が少しだけ軽くなった。


……大丈夫。


そんな気がした。


「ありがとうございます。はい、次は、みんなを守る最善を考えます。」


顔を上げ、しっかりと恭弥の目を見て灯里は礼を伝えた。


「うん。」


恭弥は小さく頷いた。


「応援してるよ。」


彼は微かに微笑むと、手を振って本部へと向かって渡り廊下の向こうへ姿を消した。



次こそはみんなを守れるように強くなろう、灯里はグッと握り拳を握った。


つづく




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