1話
新連載よろしくお願いします
図書室は、音が少ない。
昼休みは多少ざわめくけれど、放課後になると、世界から切り離されたみたいに静かになる。窓の外では運動部の声が弾み、廊下では誰かが笑っているのに、この部屋だけは別の時間を刻んでいる。
山川春樹は、その静けさが好きだった。
好きというより、落ち着く、のほうが正しいかもしれない。
教室では、将来の話ばかりだ。
第一志望どこ?
オープンキャンパス行った?
夢とかある?
悪気のない会話が、胸の奥に小さな棘みたいに刺さる。
夢がないわけじゃない。ただ、口に出せるほど輪郭がはっきりしていない。曖昧なものを笑われるのが怖くて、結局何も言えなくなる。
だから春樹は、放課後になると図書室に来る。
本は何も急かさない。
答えを出せとも言わない。
ページをめくる音だけが、確かにここに自分がいると教えてくれる。
その日も、いつもの窓際の席に座り、文庫本を開いた。けれど文字はなかなか頭に入らない。行を追っているだけで、内容が滑っていく。
ふと、立ち上がる。
何か違う本を探そうと思った。
棚の間をゆっくり歩く。古い紙の匂い。背表紙のざらつき。指先でなぞるように視線を動かしていると、奥の棚に、少しだけ不自然な隙間があるのに気づいた。
一冊、奥に押し込まれているものがある。
引き出してみると、それは本ではなく、薄茶色のノートだった。
角が丸くなり、表紙は日焼けしている。タイトルも何も書いていない。
図書室に、こんなものがあっただろうか。
なんとなく、周囲を見渡す。誰も気にしていない。
席に戻り、そっと表紙を開いた。
最初の数ページは空白だった。
けれど途中から、丁寧な丸い字が現れる。
『四月三日 図書室の窓際の席は、今日も静かです』
春樹は一瞬、ページを閉じかけた。
自分と同じことを考えている人が、そこにいる気がしたからだ。
続きを読む。
『進路の話ばかりで、少し息が詰まりそう。ここにいると、少しだけ楽になります』
喉が、わずかに鳴る。
書き手の名前はない。ただ日付だけが並んでいる。
そして、その日付は——十年前だった。
冗談だろ、と小さく呟く。
誰かの悪戯かもしれない。けれど、そんなに手の込んだことをする理由も思いつかない。
ページの最後に、こんな一文があった。
『もし、未来の誰かがこれを読んでいるなら。あなたは、ちゃんと夢を見つけましたか?』
未来の誰か。
春樹は、その言葉をしばらく見つめていた。
胸の奥が、静かに波立つ。
答えなんてない。夢は、まだ曖昧なままだ。
それでも。
ペンを取り出しては、戻す。
また取り出して、キャップを外す。
——どうせ、何も起きない。
自分に言い聞かせる。
それでも、白いページがやけに広く見えた。
春樹は、ゆっくりと書く。
『夢は、まだ見つかっていません。毎日、図書室で本を読んでいます』
少し考えて、付け足す。
書き終えた瞬間、鼓動が速くなっていることに気づく。
馬鹿みたいだ、と小さく笑う。
ノートを閉じ、元の棚に戻した。
何も起きない。
きっと、何も。
その夜、布団に入っても、頭の中にあの文字が浮かんだ。
未来の誰か。
自分が、そうなのだろうか。
翌日。
放課後になると、自然と足が図書室へ向いていた。
ドアを開ける。昨日と同じ匂い、同じ光。
棚の奥へ歩く。
ノートは、変わらずそこにあった。
深呼吸をひとつ。
席に戻り、ゆっくりと表紙を開く。
自分の書いた文字。
その下に——
見覚えのない、丸い字が増えていた。
視界が、少しだけ揺れる。
『返事、ありがとうございます』
鼓動が耳の奥で鳴る。
『未来の方。私は東雲あかりです。今も図書室にいます』
ページを持つ指先が冷たくなる。
『あなたがどんな本を読んでいるのか、少し気になります』
図書室は、昨日と同じ静けさのはずなのに。
春樹の世界だけが、確かに動き出していた。
ここまで読んでいただきありがとうございますありがとうございます!
僕自身タイムスリップものが好きなので楽しく書かせてもらおうかなーと思います。
ブクマと星評価していただけると嬉しいですー
次回もよろしくです




