19) 招かれざる者 前編
「逆にさ、何でラルフは私たちに秘密を打ち明けてくれたの?」
「いや、確たる理由は無いんだけどね。何か嫌だったんだ、何かしらの能力を持ちながらも隠れてコソコソしてるのがねぇ」
「でも坊ちゃんの場合は、能力と言うより前世の記憶……」
「そう。ただ単に記憶なんだよね。でもやっぱりほら、この世界、この時代にふさわしくない知恵を駆使して文明を進化させておいて、何かやっちゃいましたか?って知らんぷりするのは性に合わなくて」
「性に合わない?」
「そう、性に合わない。だかと言ってみんなに向かって“オレはすごいんだぜ!”って自慢しようとも思ってない。だけどクラリッタとアンナマリアさんには知っていて欲しかったんだ。以前のラルフレインとあまりにも違うのに、しらばっくれたままなのは苦しくてね」
アンナマリア道具店の客間。ランタンの灯りが消える事はなく、店主と客人たちの会話も更けて行く。途中お姉さま方の“好き好き”“抱け抱け”攻撃で早まる心臓の鼓動も爆発寸前だったのだが、何とか話を逸らして場の空気も落ち着きを取り戻した。
「人を乗せて空を飛ぶ鉄の鳥、太陽に手が届きそうな高い建物、遥か遠くにいる人に一瞬で届く言葉……。坊ちゃんの話はまるでおとぎ話のようで現実味が無いけど、私は信じられます」
「うん、クラリッタが言うように私もラルフを信じる。そもそもあなたを疑うと言う選択肢なんて無いのよね」
「クラリッタ、アンナマリアさんありがとう。それにアンナマリアさんは今回のこの工事に多額の出資もしてくれて……」
「ふふ、泣きそうな顔するんじゃないの。言ったでしょ?私はディートリンデ様にさんざんお世話になったの。“私の大事なラルフをお願い”、そう言われて預かったものもたくさんある。だからラルフが恐縮する事なんてなんにも無いの」
フンフン!と、クラリッタが鼻息荒くうなづいている。それを機とみたのか「ところでね……」と、くちごもりながらアンナマリアはクラリッタに視線を合わせる。交差した視線の中、アンナマリアが何を言わんとしているのかを悟ったクラリッタは、小さくコクリとうなづく。意思疎通をした上で、何かしらラルフレインに問いただそうと試みたのだ。
「ところでラルフは、何か身体に異変を感じた事はある?」
「えっ、身体の異変?最近の事で?」
「そうよ最近の事。そうねえ何か身体にチカラがみなぎるとか、全身の血が沸騰するように身体の奥から衝動が湧いて来て止まらないとか。何か感じない?」
「う〜ん、これと言って……」
(そっか、まだ覚醒はないのか)アイコンタクトでつながるクラリッタとアンナマリアの視線。それはひどく残念そうな表情なのだが、それが何を意味しているのかなど、ラルフレインが知る由も無い。
「あ、でも身体の変化なら毎朝……しまった!」
思い当たるフシがあるとすれば第二次成長期による身体の成人化なのだが、それを口にした途端ハッと我に返って口をつぐむ。その内容を話した事で彼女たちがどう反応するのか、面倒くさい未来が見えてしまったからだ。
「えっえっ、大きくなるんだ!フヒヒもうラルフも立派な大人じゃないの!」
「り、立派な大人。……立派な……スピスピ(鼻息)」
「あ、あの……」
「ゾクゾクする!可愛いかったあのラルフがいつの間にか大人になって、私たちはついに抱かれるのね!」
またスイッチが入ってしまったアンナマリアたちにげっそりするラルフレイン。甘い誘惑はまんざらでもないが、あまりに過度な既定路線が待ち構えてると、なんか天の邪鬼になっちゃうよと、だんだんと断固拒否側へと意識がスライドして行く。
――その時だ――
話に花を咲かせていた三人が三人とも瞬時に表情をこわばらせた。何かの気配に違和感を覚えたのか、同時に玄関の“向こう側”へレーザー光線のように鋭い視線を向けたのだ。
「しくじった。ラルフの家だけじゃなくて、街にも結界を張るべきだった」――誰にも聞こえない声でアンナマリアが呟く。
クラリッタは扉の外にただならぬ気配を感じたのか、容赦のカケラすら残さない残忍な瞳で睨んでいる。
脳内で突如、あの“危険予知シークエンス”が開始されて何事かと構えるラルフレインだが、意外にも彼が一番最初に異変に対する緊張感を解いたのだ。
(また始まった!やはりこれはオレの特殊能力なのか!) 異変を察知するや否や、彼の脳内で爆発する無数の映像。目の前のアンナマリアとクラリッタの動きがスローモーションに変わると同時に、予測されるその危険事象が脳内を覆い尽くしたのだが、何故だかそれがピタリと止まる。それはつまり、ラルフレインと彼を取り巻く者たちに対して、危険が迫っていない事を物語っていたのである。
――屋敷の外からラルフレインたちを襲撃しようとした者たちがいたのか、それとも個人的な恨みをもつ者が道具屋の扉の前に立ったのか?定かでは無いのだが、やがて異変は道具屋の扉をコンコンコンとノックする音で収束した。
(夜分まことに申し訳ありません)
扉を介して外から聞こえて来たのは、しゃがれた老人の声。腹の内はどうあれ、穏やかな口調だ。
「どなたでしょうか?店はもう閉店しております」
怪訝な表情はそのままに、アンナマリアは突き放すように言い放ったのだが、扉の向こう側から意外な言葉が返って来る。
(こちらにラルフレイン・オーストレム様がいらっしゃると言う事で、しばしお話を聞いていただける時間をちょうだいしたく、まかりこしました)
この老人のあまりにも丁寧過ぎる言葉遣いと、老人の言葉に隠された事実にいち早く気付いたのはラルフレイン。彼は右の人差し指をそっと自分の唇に当て、アンナマリアとクラリッタに“静かに”とサインを送りながら、小さく囁いた。
「……オレの事をラルフレイン・オーストレム様と呼んだ。つまりオレが辺境伯の血筋である事を知っていると言う事。そしてまかりこしましたなんて言葉を使うあたり、普段から貴族に接点がある者。そしてここが一番肝心な点だが、オレはずっと見られていたんだ。普段は家に帰宅するのに、たまたま今日に限ってここにいる際に現れると言う事は、“常に監視してるぞ”と言う無言のメッセージでもある」
ラルフレインの洞察にハッとするアンナマリアたち。椅子から飛び上がって何かしらの対応しようと勢い付くのだが、ラルフレインが手のひらを押し出してそれを制する。
「話し合いで通じるはずだ、名前を呼ばれたオレが行く」
――脳内の危険予知が作動しない。つまりは平和的解決が模索出来る――
心配そうに見詰める二人を尻目に、ラルフレインは招かれざる者に向かって、足を進めて行ったのだ。




