18) 知ってた
「【エジプト345の法則】と言うものがある。ロープを用意して結び目を作り、ちょっと感覚を開けて二個目の結び目を作る。これを『基本の1』として、同じ長さに結び目を十二個作る。一本のロープに等間隔の十二個の結び目が出来たら、結び目1から結び目3まで数えて横に折り、その後結び目を四つ数えたらまた折って、ロープの端を基本1に繋げる。長さ比3対4対5の直角三角形の完成だ」
――ちょっかくさんかっけい?――
ハモりながら素っ頓狂な声を上げたのはクラリッタとアンナマリア。自慢げに知識をひけらかすのではなく、相手に理解してもらおうと言葉を噛み砕いて説明するラルフレインに対しての反応だ。
ここはアンナマリア道具店の居間。いつも通り奴隷たちの夕食を用意して提供していたら、今日に限って後片付けに手間取ってしまい日没を迎えてしまった。郊外の家に帰ろうラルフレインとクラリッタに対して、夜道は危ないから道具店に泊まって行けと促した事で、この深夜の団らんの時間が生まれたのであった。
クレアモントバリー城の城壁建設工事も順調に進み、このまま進めれば収穫で忙しくなる秋の時期までに、従来の二倍くらいの長さに到達する。工事が始まってからと言うもの、なかなかにラルフレインとアンナマリアはゆっくりと話せる機会が無く、今ようやくアンナマリアは抱いていた疑問の全てをぶつける事が出来たのである。
――あの美しいほどに真っ直ぐな城壁、どうやって建てたのか。そして奴隷に一人の死者も出さないその狙いとは――
このアンナマリアの問いに対して、ラルフレインは順序立ててゆっくりと答えて行く。
まだ人間が数字や科学に疎い時代、エジプトと言う名の国で発明されたこの直角三角形の法則。この法則を使って人間はイメージを具現化して行くんだ。
板を切り抜いてこの直角三角形を二個作り、上下反転させて重ね合わせる。すると3434の長方形が完成し、これを石積みのブロックの原型として岩を成形して行くんだ。余談だけどその長方形の上底と下底の4を3に切り詰めると、純然たる真四角の正方形が出来上がるのだが、数学の話になってしまいそうなのでそれはまた別の話。
まだまだ荒さはあるものの石積み用の石が揃ったら、実際に石を積む城壁現場の下準備を始める。そのまま土の上に石積みを始めると、雨水を含んで緩くなった土の影響で城壁がかしがったり崩れる危険性がある。だから城壁建設予定地の土を砂利に入れ替える工事を先にしたんだ。
――工事起点から城壁の建設方向に向かって杭をどんどん打ってロープ【地縄】を張る。平行に伸びる二本の地縄の間を今度は掘る【床掘り・根切り】。重機とか無いし奴隷の人力頼りでは限界があったから膝ぐらいの深さで掘りを進め、掘った場所から砂利や砂を入れて大きな木槌で叩いててん圧。人工的に硬い地盤を作ってようやく石積み開始だ。
「なんか言葉が専門的過ぎて難しいけど、ラルフが言ってる事何となく理解出来る。ふふっ、何となくだけどね」
「オレだって専門家じゃない、ただ知ってたって言うだけで」
「あ、それで気になってたんだけど、石を積み上げるたびに何で毎度毎度ペタペタと泥を塗り付けてるの?」
アンナマリアさん良い質問ですねえとばかりに破顔し、ラルフレインは再び語り出す。
――クレアモントバリー城は見事だ。石切り職人や石積み職人などの石工が、時代の最先端を行くような技術で作り上げた城だ。だがそれは一部の石工職人だけが持つ門外不出の技術で、我々には真似出来ない。真似は出来ないのだが、別の方法を用いて完成度を上げる方法がある。【練積み(ねりづみ)】と言う方法がそれだ。――
どんなに石工職人が綺麗に石を切って積み上げたとしても、ブロックの各面が真っ平になるほどではない。必ず歪さがそこにはあり、誤差の範囲内でも隙間が出来る。歯並びは綺麗でも噛み合わせが悪くていつの日か歯が割れるのと同じ、いつか石が割れて崩れる日が来る。それを防いでなおかつ見た目も整然として綺麗になるのが練積みなんだ。
やり方はこう。石を一つ積んだらその上の面にコテを使って泥を塗る。石の横に石を並べる際にもコテを使って泥を塗る。石と石が重なる面全てに泥を塗って組み合わせていくんだ。すると石と石の尖った場所、歪な組み合わせで出来た隙間全てが泥で埋まり、圧力が分散されるんだよ。安定性と安全性そして強度が格段に増すのさ。
「本当はね、セメントと砂と水を練り合わせて作ったモルタルなんかあれば良いのだけれど、先ずは古代コンクリート原料の火山灰を見つけるところから始めないとね」
あっ、余計な事言い過ぎたかなと、自嘲気味に苦笑するラルフレイン。それとは対照的に「この人何言ってるかさっぱり分からん」と、口をあんぐりと開けながら呆けるクラリッタとアンナマリア。そんな二人の表情もおかしくてたまらないのだが、ここで突如彼の胸の奥に“チクン”と痛みが走り抜けた。そう、それはまごうことなき罪悪感の痛み。普段から献身的に自分を世話してくれる二人に対して、知らない知識をひけらかしてマウントを取ってしまった自分自身に嫌悪感を覚えてしまったのだ。
(そうだな。一番近しい人にすら秘密を明かさず黙ってるなんて、オレには出来ない)
何かを決意したのか、ラルフレインは穏やかな表情で一旦目を瞑り、ふむと鼻を鳴らす。
「クラリッタ、アンナマリアさん二人に聞いて欲しい事がある。オレね、昔のオレじゃないんだ。雷に打たれて気絶した事あったでしょ。あの時……前世の記憶が蘇ったんだ。だから今のオレは前世と今のオレが混ざり合ったオレなんだよ」
「坊ちゃん……」
「ラルフ……」
突然の告白に対応出来ず、クラリッタとアンナマリアは口をつぐむ。だが二人はラルフレインから視線をそらし、互いにアイコンタクトを取るように視線を交錯させると、その場に漂い始めた沈黙は意外な方向に流れを変える。
「坊ちゃん、知ってました」
「ラルフ、私知ってた」
「はあっ?」
アゴがカクンと外れそうな勢いで驚き、呆けた顔で二人を見るラルフレイン。そのリアクションが思いのほか琴線に触れたのか、クラリッタとアンナマリアはクスクスと笑いながら説明を始める。
「坊ちゃん、あの雷に打たれて倒れた日。意識を取り戻した坊ちゃんは、何かもう別の人でしたよ」
「ふふふ、そうそう。ラルフは意識していつもの自分を装っていたみたいだけど、もう目つきからして以前のラルフとは別人だったよ」
「目つきから……?そっか、バレてたか。前も今も自分自身の積もりだけど、やっぱり前の方が良かったかな?」
まるで負の感情のカケラも無いような天真爛漫さで、常に周囲の人々を笑顔にさせていたラルフレイン。嫌な事があっても、嫌な事をされても明るく振る舞っていた“元気な子”が、ある日を境に何か表情に影を落とすような思慮深きさまに変わり、言葉として口から出て来るのは難しい単語の羅列となれば、以前のラルフレインを気に入って可愛がってくれていた人々の心境に変化があってもおかしくはない。
昔のラルフの方が良かった!以前の坊ちゃんに戻って欲しい!そう言われるかもと懸念して、嫌われてもしょうがないと覚悟しての言葉だったのだが、二人は笑顔でそれを笑い飛ばしてしまった。
「坊ちゃんは坊ちゃんです。今も昔も坊ちゃん、そしてこれからも私の仕えるご主人様の坊ちゃんです!」
「うふふ、クラリッタの言う通りよ。まるでちっちゃなワンコみたいだったラルフも、頭が良くてどんどん仕事が進むラルフも、私たちにしてみればラルフはラルフ。私の大好きなラルフに変わりはないわ」
「クラリッタ、アンナマリアさん……」
「それに、ちょうど今日の昼間にクラリッタと話してたんだけど、あの奴隷たちに対するラルフの接し方、あれは今も昔も変わらない優しいラルフそのものじゃない」
「そうです!栄養のある食事、無理の無い作業、体調不良者を出さない配慮、そして例えば高いところから落下しないように材木で組んだ足場と命綱。絶対不幸な事を起こさないと言う坊ちゃんの優しさ。お優しい坊ちゃんは何も変わってない!」
ここまで言われると何か心にグッと来るものがあるのか、頭から湯気を昇らせながら顔を紅潮させるラルフレイン。感動で照れ臭さに慣れないのか目をパチクリさせてむず痒いさまで俯くのだが、直後に彼は驚きのあまり椅子をひっくり返す勢いで飛び上がったのだ。
「私もクラリッタもラルフの事大好きなの」
「ウンウン」とうなづくクラリッタ
「だから私たちを愛人にしてね」
「ウンウン」
――この時点でラルフレインは飛び上がる――
「正妻じゃなくて良いから」
「フンフン」ウンウンではなくもはや荒い鼻息
「私は愛人、クラリッタは夜のご奉仕メイド」
「……ぽっ」
「はいいいいぃぃぃっ!?」
夜のクレアモントバリーの街に、少年の何とも情けない悲鳴が響いたのであった。




