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01) 序章 「根幹」こびりつく記憶 前編

  ――呪われたかのような、不思議な夢が止まらない――

 それはいつもいつも同じ内容で、始まりから結末までが完全に決まっている夢。同じ場所、同じ時間から始まり、寸分違わない結末を迎えるこの夢を、俺はもう何度見て来たであろうか。

 それが幸せな夢であるならば、どれだけ喜ばしい事だとは思う。だが悲しいかなそれは悪夢に分類されるであろう類いのものであり、つまりは荘厳と言う言葉が似合う壮大な物語ながらも、血生臭くて凄惨で残酷な夢。それすなわち悲劇に彩られた悪夢。脳裏にいつまでもこびりつく苦痛なのだ。


 それはいつもいつも、見た事の無い景色が広がる事から始まる。

 【帝国領の辺境に位置し、人類の生存圏の最外縁を護っていたオストレーム辺境伯が反逆を起こした。彼は自治領に王国の樹立を宣言し、自らをオストレーム王と名乗ったのだ!】――この全く身に覚えの無い情報が、まるで序章のように脳裏に充満するところから悪夢は始まるのだ。


 ……王都クレアモントバリーの平野。四方八方を山に囲まれた穏やかな盆地が真っ赤に燃えている。真っ赤に燃えている理由は二つ。神々しいばかりに燃え上がる見事な夕焼けが空と平野を焦がし、見る者にスペクタクルな光景を与えている。そしてもう一つの理由、これが「俺」にとってこの夢を悪夢たらしめていたのだ。――王都クレアモントバリーが文字通り燃え上がっていたのだ――

 荘厳且つ堅牢として知られるクレアモントバリー城が、そして白を取り囲むように建てられた城下町も巨大な火柱を上げて業火に焼かれている。それだけに留まらず、王都周辺で収穫を待っていた小麦畑も、この土地特産の油の原料であるひまわり畑も……おおよそ人の手が加えられたであろう物全てが、空を焦がすような巨大な炎の柱に包まれていたのだ。


「あと一歩、間に合わなかったか……」


 馬から降りて手綱を従者に託した“自分自身"は、小高い丘の上から凄惨な景色を瞳に映し、もはやこれまでかと肩を落とす。


「おのれ帝国軍め!クレアモントバリーは包囲するだけのはずではなかったのか……!」


 怨嗟(えんさ)の言葉を喉から絞り出すものの、ここで怒り狂ったところで現実が変わる訳はない。目の前に広がる赤銅色の光景に、自分だけでなく随伴して来た配下の兵士たちまでもががっくりと肩を落とし、全ての終わりを感じている。

 本隊を離れ、王都に急行する意味が失われたのか、王は従者に折り畳みの椅子を用意させる。甲冑をガチャガチャと鳴らしながら勢いよく座り、再び赤銅色の王都を無言のまま凝視する。配下の兵士たちが固唾を飲み込みながら王の言葉を待っていると、王は「ふむ」と鼻を一つ鳴らし良く通る声で語り出した。


「己の力に酔い、己の力のみを信じて覇道に邁進して来た結果がこれだ。余はどこで間違ったのかな。存外、そもそも事の起こし方が間違っており、余の姿勢そのものも間違っていたのかも知れん」


 独白でありながらも、誰かに言い聞かせるようなその穏やかな語り口は、王の背後で膝を突く臣下たちの心にまで届いている。


「王都があれではもう王妃や王子も生きてはいまい。……ここらが潮時だ」


 王は振り返り、臣下たちを一瞥しながら声を張り上げた。


「近衛兵士長、前へ!」

「はっ!」


 凛とした透き通る返事が丘に響く。一団から王の傍らに進み出た女性の戦士は、膝を突いて(こうべ)を垂れ、静かに王の命令を待つ。


「近衛兵士長よ、全ては決した。この場で余の首をはね、それを持って帝国軍へ赴け」


 この言葉を配下の者たちはどよめきを持って迎える。何故ならばそれは完全なる敗北宣言であり、王朝の終わりを意味しているからだ。満身創痍ながらも戦意を維持していた戦士たちにとって、王の言葉は血の気が引くほどの予想外。困惑を通り越して悲痛を持って受け止められたのだ。


「王よ、我が主よ!それだけは申しますな。今は恥を偲んで再び来たるべき機を待ちましょう。生きていれば、生きていれば必ず……」

「ふふっ、知略も力も全て出し尽くした今がこの有り様だ。ここで生き延びたとてもはや勝ち目などは無い」

「しかしながら王よ、まだ我らがおりまする!それに南パトファには本隊五百もの兵が!」


 悲壮感を顔に浮かべ必死に再起を懇願する兵士長。しかし王は既に命運尽きたとさっぱりした表情で断じ、頑なにそれを受け付けない。


「聞け、五百もの兵ではない。八千が五百にまで減ったのだ。初戦こそ帝国軍を退けたものの、その後は見るも無惨の連続。王都があの有り様では(なんじ)らも既に悟っておろう、この戦に勝ち目は無いと」


 悔しさと哀れさが込み上げて来たからなのか、周囲のあちこちから啜り泣く声が。近衛兵士長も口惜しさから目からはらはらと涙をこぼし、口を真一文字に歯を食い縛って耐えている。


「重ねて命じる、余の首をはねよ。そしてこの首は帝国総軍の副司令官である、ビジャーチン将軍の元に届けよ。ビジャーチン殿は清廉潔白な人物だと聞いているし、おそらくは我が王都クレアモントバリーを包囲し火を放ったのは彼ではない。毒蛇の異名を持つ帝国総軍司令官のユヴァレンコ将軍のはず。だからビジャーチン将軍殿に余の首を届け、降伏を宣言せよ。清廉潔白なる将軍ならば、汝らのその後や生き残った王都の民たちの命も安堵してくれるはずだ」


 ――総司令官ではなく副司令官宛にに贈り物をするだけで、帝国内に不審の種を蒔く壮大な悪戯(いたずら)だと思えば、我が最期も満足すると言うものよ。名将ビジャーチンには気の毒ではあるがな――


 いつの間にか王の顔には悪戯いたずらっぽい苦笑が浮かんでおり、おおよそ自らの最期を選んだ者とは到底思えない雰囲気ではあるのだが、真紅のマントを外し上半身の甲冑を淡々と脱ぎ始めた事から、いよいよその時が迫って来た。


「力を求め力に生き、勢いのままに生きて来た。それももう終わる。汝らもこれからは己の思うがままに好きに生きよ」


 王は近衛兵士長に立てと促し、彼女は慟哭を押し殺しながら腰の長剣に手を添える。風になびく彼女の銀髪は、夕焼けと街を焼き尽くす炎を反射し、その様相はまるで女神。神々の黄昏(たそがれ)が始まった際、地上に舞い降りたヴァルキリーのようだ。


「……王よ、お許しください」

「臆するな、早く余を解放せよ」


 それを言い終わるや否や、王の首にドン!と言う衝撃が走る。刹那の瞬間ではあるのだが、視点が足元から空中にグリンと跳ねると、それはまるで万華鏡の早回しのように視界は回転し、全ては無感覚の闇に沈み悪夢は終幕した。


  ――毎度毎度寸分違わぬ内容の夢。この全くもって意味不明な夢を繰り返し見ては、陰鬱いんうつな気分に陥るのである――



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