02) 序章 「根幹」こびりつく記憶 後編
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“またか!”
自分の首を刎ねられる衝撃で夢から覚め、後味の悪い感覚を苦々しく思いながら目を開ける。
“ああ、そう言えばそうか。真っ白で無機質な天井……俺は病室にいたんだ”
目前に広がるのは個室病棟の天井。既に涙腺も機能していないのか、カラカラに乾いた瞳では天井パネルのスジすら見えないほどにぼやけている。
傍らからは心電図のけたたましい警告音が鳴り響き、鼓膜の遥か彼方から看護師たちの険しい声が飛び込んで来る事から、いよいよ自分の命の灯火が尽きかけるのを自覚していた。
半開きの眼に覗く瞳は乾き果て視界はボヤけたまま。口は酸素吸入器で塞がれ唾液も出なければ鼻も効かない。麻酔が効いているのか痛みは感じず、身体の感覚すら失われている――末端の足の指や指先すら感覚が麻痺し、悪夢で醒めた意識だけが暴走している状態だ
「先生、アレスト(心肺停止)です!」
「状態確認する、脈測って」
「分かりました」
「君は上松に語りかけて」
「分かりました!上松さん、上松さん聞こえてますか?今まで良く頑張りましたね」
鼓膜にぼんやりと聞こえて来たのは、医師や看護師たちの慌ただしい声。察するに患者の状態が悪化した事でそれを確認する作業を行なっているようだ。
患者とはつまり自分。そして患者である自分に対して医師や看護師たちが状態の悪化を指していると言う事は、自分の生命が尽きる最大のピンチ。身体に自由が効かないのは当たり前としても、意識下においてはパニックに陥ってもおかしくはない。
――だが不思議な事に、そこにある全てが穏やかなのだ――
そう、ここは終末病棟
毎度毎度の悪夢から醒めた上松辰哉は、今まさに自分の命が尽きかけようとしていたのだ。
“……これで俺の人生も終わる。未練も感じぬ大した事のない人生。やっと終わるか”
幼い頃から両親との反りが合わず何かと衝突を繰り返した辰哉は、大学卒業後も故郷には帰らずそのまま東京に自分の拠点を構えた。大学時代に知り合った女性とそのまま結婚し、大手の建設会社に就職した事で、ようやく本人が夢見るバラ色の未来像は実現す るかと思われたのだが、何処かで何かが狂い始めた。――噛み合わない人生の歯車が、徐々に徐々に望む結果とかけ離れ始めたのだ。
「給料が安い、将来のためにももっと稼げ」と妻に尻を叩かれ、早出残業休日出勤に明け暮れた結果、妻とのすれ違いは離婚と言う結末を迎えてしまう。――「あなたのいない家が寂しかった」妻の浮気が露呈するも、むしろ責められて苦しんだのは辰哉の方。
和解しないまま両親が事故と病気で次々に亡くなり、若くして血縁者のいない人生となる。
会社では“安全衛生担当”と言う職務を与えられ、いくつもの工事現場の安全管理を受け持つものの、辰哉のその優秀さに同僚上司の嫉妬が集中し、ハラスメントとして問題化しない程度の陰湿な圧力を受け始めてしまう。……嫌で嫌でしょうがない日々の始まり、過度な緊張感が終わらない日々。
それら不幸の積み重ねはある日、辰哉に対して最悪な結果を突き付ける事となる。
【上松さん、大変申し上げ難いが、あなたの余命はあと半年です。全身に転移しており手の施しようがない】
知らないうちに病魔は辰哉の身体を蝕み続け、気付いた時にはもう手遅れ。取り返しの付かない状態に陥っていた。
“まあ、それでも……。余命宣告受けて速攻で会社辞めて、残りの半年間はそこそこ……楽しかったな”
余命宣告を受けた辰哉は残り少ない人生を充実させようと決断。会社を辞めたその退職金や売り払った財産を元にして、終末医療の予約契約をいち早く終わらせ、身体が動かなくなるまでの間に楽しみ尽くそうと、旅行にグルメにと散財したのである。
“……まさかね、一生の内で残りの三か月くらいが……一番充実感があったとはね。いかにそれまでの人生がクソだったか……”
「ゆっくり休んでくださいね」「長い間お疲れ様でした」と、看護師の優しい声が鼓膜をぼんやりと撫でて来る。その中で辰哉がハッとする一言が心に刺さる。――生まれ変わったら、もっと幸せになりますように――と
“……そうか、そう言う事もあるのか。……生まれ変わりたい、生まれ変わりたいなあ。……でも生まれ変わってもまた、嫌な思いをする人生は避けたいい。……危険を事前に避けられる安全な人生が良いなあ……”
「十四時三十二分、ご臨終です」
あるのか無いのかも分からない自分の来世。その来世に微かな期待を寄せながら、辰哉の意識は真っ暗な闇の中へと溶け落ちて行った。




