03
数日、宿で優しいご飯を食べ、ゆっくりベッドで休んだ私は少し元気になり、町の中へ買い物に出かけた。
ティオは片腕で私を抱き上げて、自分のマントで包むように私を包んでくれる。私の服が、まだ奴隷の時のボロしか無くて、ぶかぶかのティオのシャツを借りているからだ。
「てぃお、かたてでだっこ、ちからもち」
「ティアは小さくて軽いからね」
「えるふさんは、きゃしゃな、いんしょうがあるけど」
「ふふ、そうかな。特に私はエルフの中でも身体も魔力も強い方だからね。結構武器でも戦えるよ」
「てぃお、つよい?」
首を傾げて斜め上の端正な顔を見上げると、澄んだ翠の眼を細めて、私の耳元に口を寄せて、内緒話をするようにティオの秘密を教えてくれる。
「私はね、エルフはエルフでも『ハイエルフ』なんだよ」
「はい……」
「しっ」
パッと唇に、人差し指を当てられる。
「人間に知られると、色々と面倒なことに巻き込まれるからね。内緒だよ」
こくこくと頷くと「いいこ」と頭をなでられる。
「てぃおは、わたしの、かぞく?」
「そうだよ。ティアは、私の妹……ではなくて、娘……? いや、6000歳違うから、孫……のまた孫の…………?」
ティオが口に片手を当てて、小首を傾げて悩んでいる。
「てぃおは、わたしに、まほう、おしえてくれる?」
「望むなら、精霊魔法も、人間の魔術も、教えられるよ」
「まほういがいも、おしえてくれる?」
「ああ。読み書き計算、色々な言葉も、生きるのに必要なこと、私の知ってることは、何でも教えてあげる」
「じゃあ、てぃおは、おししょうさま?」
「お師匠……?」
「かぞくで、おししょうさま」
ティオは、口元に片手を当てて「お師匠……弟子……」と繰り返し呟いている。
「……うん、いいね! 私とティアは、家族で、師弟だ! 私がお師匠で、ティアが弟子」
「おししょうさま……!」
「でも、名前は『ティオ』と読んでくれると嬉しいな。6000年生きてきて、名前を呼ばれる機会は少なかったから」
ティオが、少し遠くを見つめて、寂しそうな顔をした気がした。
「てぃお! わたしのかぞくで、おししょうさまの、てぃお!」
手を伸ばしてティオの温かい頬をなでると、ティオは嬉しそうに微笑んだ。
町の服屋さんに入り、店員のおかみさんに必要な服を見繕ってもらった。
「可愛いお嬢ちゃんだねぇ。エルフのお兄さんと、その金色の髪も翠がかった水色の眼もそっくりじゃないか。家族かい?」
「ええ、そうなんです」
おかみさんに、自然に家族と答えるティオ。まだ慣れなくてもじもじする。
「てぃお、こんなにかって、だいじょうぶ?」
「心配しないで。実は……」
ティオがそっと私の耳元に口を寄せて、イタズラっぽく微笑んで。またひとつ、秘密を教えてくれる。
「私には、働いて使っていないお金が、6000年分あるんだ」
ひととおり買い物を終えて宿に帰り、夜ご飯を食べながらこれからの話をした。
今日の夜ご飯は、木の器に入ったほかほかのシチューと、柔らかい丸パンだ。
今まで少しのご飯しか食べなかったから、沢山食べることは難しくて、ちまちまとパンを小さくちぎっては口に入れる。具が沢山入ったシチューもパンも、とても美味しい。
「てぃお、おいしいね」
「ああ、人間の食事は本当に美味しい……エルフの里では、素材の味を生かしたものがほとんどだったからね」
とても幸せそうにご飯を食べているティオに私も嬉しくなって、もうひと匙、シチューを口に入れた。
ティオと私は、明日にはこの宿を出ることにした。
私に色々と教えるのに、ある程度定住した方が良いんじゃないかと言うことで、ティオが旅の途中で見かけて借りている、森の奥の家で過ごすことにしたからだ。
町の宿での、最後の夜。
ティオが私に、自分の秘密をまたひとつ、教えてくれた。
「森の奥で一緒に暮らす前に、ティアに話しておくことがあるんだ」
ランプの灯りが、ティオの整った美しい顔を照らす。長い金髪に光が反射し、エルフ特有のその神秘的な美しい顔は、消えてしまいそうな儚さをも感じる。
少しだけ開けている窓から風が入り、カーテンを緩く揺らしていた。
「私はね、エルフの里で『精霊樹』の守り手をしていたんだ。長い間彼と過ごして、6000年経って。私の寿命が長くないことを感じて、里の外に出て、自由に旅をさせてもらっていたんだ。だから、すぐにではないと思うけど、もしかしたら先々、体調の優れない日があるかもしれなくて……」
「てぃお、じゅみょうが、ながくないの……? おわかれ、しちゃうの……?」
3歳の持て余した感情を制御出来るわけもなく、ボロボロと涙が溢れる。
「ティア、泣かないで……!! すぐじゃ、ないから……!! 分からないけど、エルフの寿命は長いから!! ティアより全然、長生きするかもしれないし……!!」
「わたしより、ながいき、する……?」
「頑張る、頑張るから!! ああ、泣かないで……」
あわあわしながら、服の袖で涙を拭ってくれる。スマートにハンカチを出しそうな見た目をしているのに、ティオは案外、雑で大雑把だ。
「ほら、私の友達の精霊樹も、ティアに会いたがってるから……!! ね、泣かないで……」
すんすんしながら、私も服の袖で涙を拭う。
オロオロしてるティオの手を、涙で濡れた手で、きゅっと握った。
「てぃおの、おともだち……、わたしも、あえる……?」
「うん、ティアがもう少しだけ大きくなったら、精霊樹に紹介させて欲しいな。私の新しい家族だよ、って」
ティオが精霊樹を思い出したのか、懐かしさを滲ませた、優しい顔をする。
「じゆうに、たびをしてたのに。わたしと、もりのいえで、くらしていいの?」
ティオの手を握っている私の手に、更に彼の手が重ねられる。温かい手に、そっと力が入る。
「私はね、初めて里の外に出て、心のままに生きてみようと思ったんだ。そんな時に、ティアに出会って。もう、このタイミングで出会うということは、巡り合わせだと思わないかい?」
ティオは、私と眼をあわせて。
その澄んだ翠の瞳を細めて、微笑んだ。
「私は、今、ここで、ティアに巡り会うために。6000年、生きてきたのかもしれないね。私の残りの人生を、ティアと共に生きることが出来るなんて。素敵な最期だと思わないかい?」
私が、前世の記憶を抱えて、奴隷の子として生まれて。
埃と垢にまみれてコロコロと床を転がっていた、3年間の人生は。
今、ここで、ティオと巡り合うために。
ちょっとドキドキしてむず痒くなって、ティオに軽口をたたく。
「わたし、わるいこにそだつかもしれないよ。そんなに、てぃおのひみつ、おしえてだいじょうぶ?」
「大丈夫だよ。ティアが、悪い道に進みそうになったら、私と精霊樹で、全力で止めるからね。私は、エルフの中でも結構強いんだ」
ニコニコしながら、頭をなでてくれる。
「さあ、そろそろ夜も遅くなってきたから、一緒に寝ようか」
ランプの灯りを消して、一緒にベッドに潜り込む。ティオの長い腕に抱き込まれて、温かい胸に頬を寄せた。
トク、トク、と、ティオの胸から、生きている音がする。
人の生は有限だ。それは、よく分かっている。エルフだって、それは変わらない。
だけど。
それでも、少しでも長く、健やかに。ティオが幸せに生きられるよう、温もりに包まれながら、強く祈った。
「てぃお……」
「ん? なあに?」
「わたしにも、ひみつがあってね……おしえたいけど、3さいのろれつだと、むずかしいはなし……たくさん、できなくて……」
ふかふかのお布団と、優しい温もりに。小さな身体が抗えなくて、瞼が閉じて開けられなくなる。
「ゆっくりでいいから、いつか教えて。待つのは慣れてるんだ」
その言葉を最後に、私は完全に夢の世界へ旅立った。




