第67話 鉄槌を下す龍 3
テナナが知る前の日。
ユリウルス暦886年 2月14日
ウラドはこれまでにない違和感と不安のようなものが、胸の中をざらつかせ、鈍い感覚を引き起こしていた。彼は俯き加減で顎を撫でながら、部屋の端の床に胡坐をかいた。それを少し妙な心地で見ていたギルレンスは、彼に尋ねる。
「テナナ君というと、あの少女か?とても穏やかそうな。」
「あぁ––––ここで学んでいた子だ。僕とは10年前に知り合って、今はベリアールのところで世話になってる。生体錬金術式のモデルであるロキと一緒に。」
ギルレンスは少し俯きながら言う。
「ロキ––––ベリアールの手紙でモデルの名前が出ていたが、あれはロキというのか。」
ギルデロイは数秒頬杖をしたまま彼を眺めていた。ロキ、確か少し前に茶を出してきた、あの黒いのっぽのことだろうか。彼はそんな風に記憶を目ぎらせていた。だが不意に察したとき、彼は口をあんぐりと開ける。
「まさかな。彼女は優秀な生徒だ。だが合同研究所という妙な所にはいないはずだし、そもそも行くには若すぎる。」
ウラドは考えを巡らせる。もともと、ここで魔導士としての才覚を育んできたのは事実。しかしその目的は?ベリアールがそうしたのか?それとも彼女自身が?ここで学んだことはなんだ?あの御者台での人のおびえよう。彼女がある程度、名の知れた人間の可能性はあるのか?だとしたら、それはなんだ?
ウラドは瞼を引きつかせながら、必死に考えを巡らせた。そして、一つの結論が直撃した。
「いや、まさか。」
ギルデロイは椅子にもたれ、苦しそうにため息をついた。そして言う。
「聖導教会――――彼女は聖導師側というわけか。」
「しかしながら、彼女はカインの日記を欲する可能性があるとは限らない!」
ウラドは、不安で暴れる心臓を軽く揺すりながら言う。
「いや、彼女がカインの日記の内容を知っていたとしたら––––どうも、彼女次第だ。彼女が、ベリアール邸で何を見たかで変わる。仮に尋ねられたら、答えてしまおう。それでわかるはずだ。」
ギルデロイは肘置きに頬杖をする。眼差しは、まるで、殺しことを手段に入れたときの顔だった。鋭い目、暗くなった瞳孔、威圧感を感じる。
「その時は、どうする?殺すか?」
「ギルデロイ–––!」
「それだけのことなのだぞ。今紡がれる『歴史』は!」
ウラドは少し辟易しながら言う。
「では作戦会議としよう。協力者の可能性も踏まえて。」
***
ユリウルス暦886年 2月15日
テナナは都市の中にある魔法店に立ち寄っていた。その店は太陽を模したような店で、天井には太陽の形をした天窓があった。日中明るいこの店の奥にはカーテンで仕切られており、杖が売ってある。テナナはそこに入っていった。中には店主らしき人はおらず、何人かの魔導士がいる。少し狭い棚の通路を歩いていく。そして傘のようにしまわれた杖を順々に見ていく。
黒い軸、槍のように先端が黄色の魔法石に彩られている。軸はオメリアの目。テナナは軽く軸を曲げる。まるでピクリともしない。木というよりかは石に近い。彼女は杖を二度見した。
「硬――さすがに硬すぎるわ。こんなの近接用ね。」
こういった品定めを何度かしていき、昼前には先ほどの場所から出て、入り口近くのレジで会計を済ませていた。買った杖は「立春」西で言うところのスプライールという名の魔法生物の角で作られた杖だ。淡い波のような模様の黄黒い軸の先端は枝のように分かれており、それらが鈴蘭の花ような形を成している。その中に、コロコロと淡い黄色の魔法石が12面体の形に加工されており、かわいらしい杖だ。以前の杖はベリアールが200年前に使っていたおさがりなので、好みのものが変えて彼女は上機嫌であった。
「準備は順調ね。」
ガッシャーーーーン!!!
突然店の外から、怒鳴り声や悲鳴が響いた。こんなところで騒ぎなんて珍しい。彼女は慌てて外に出た。
店に出てみると、盗人が高価な品物を担ぎこんで奥のほうへ走っていた。皆はどよめきながら、誰かを呼ぼうとしていた。しかしここからでは石門が遠く軍人は呼べない。加えて、都市の規則として魔法の使用は禁止されている。皆は怒鳴りあいながら、その盗人を追いかけようとしていた。テナナは杖を持ったまま、釣銭も受け取らずに走った。
広い通りを走り、盗人は後ろを一瞥しながら走った。テナナも追いかけるが、なかなか距離縮まらない。盗人は辺りのものをなぎ倒していく。もう息が切れそうだ。喉に血の風味がする。
「お゛い!!!」
突如、頭上から若い青年の怒鳴り声がした。まるでオオカミの咆哮のような鋭い声だった。その声に反応するまでもなく、彼女の空を、影が通り過ぎて行った。その影はテナナの目の前に現れた。その影は盗人の首元をへし折る勢いで、蹴とばした。
ゴきぃぃぃぃぃ!!!
盗人はうなり声をあげてその場に倒れこんだ。テナナは目を丸くして、思わず硬直した。人間の出す力ではない。彼女は影を見つめた。その影はよく見ると真っ黒な短髪の青年だった。青年はワニのような荒々しい黒鱗の尾があった。まるで、ギルデロイと似ていた。
「あ、あの――」
テナナが声をかけても、彼は反応しなかった。だが数秒後に、彼は自身の右足を振り上げる。
ゴッゴッゴ!!!
彼は盗人を蹴り始めた。真っ赤で血まみれになった盗人は、もう何も、命乞いすらできなかった。ただ骨を砕く音だけがあたりに響き渡った。皆は恐怖で顔を歪ませてそれを見ていた。
「あぁ――――盗人とはいえ、可哀そうだな。」
「まさか――ウラジミールに見つかるとはな。軍人よりも恐ろしいぞ。」
「ウラジミール??あ!それより――ねぇ!」
テナナはそのウラジミールとかいう青年の肩をつかんだ。
「もう十分よ!これ以上は死んでしまう!!」
冷や汗を垂れ流し、彼を盗人から引きはがした。だが彼は、鬼の形相でこちらを睨んだ。テナナはゾッとたじろいだ。
「何事だ!」
背後のほうから、やっと軍人が走ってきた。その時、ウラジミールはやっとまともな人の顔になった。彼は何も言うことなく、いやそうな顔をしながら、路地へ走っていた。一瞬遅れをとったテナナであったが、すぐに物陰に隠れる。
「こっちだ!のろまめ゛。」
路地の陰から、首根っこをつかまれ、奥へと引き込まれた。案の定例の彼であった。路地の奥に進む。それなりに小綺麗な場所で、屋根の隙間からの日差しも差し込んでいる。軍人たちの声がだいぶ奥かrくぁのものになると、二人はようやく止まり、彼も手を離した。彼はふてくされたように舌打ちをする。やけに立腹しており、不快感を露わにしている。近くにあったゴミ箱に座ると、片足を膝に乗せる。鱗立つ尾は地面でベシベシとたたきつけ音を出している。
「何で止め゛た?小娘。」
「あのままでは死んでたわよ。寧ろ殺人という罪から助けたようなものよ。」
彼は失笑する。
「あんな奴、死んで当然なんだよ。罪人に容赦なんていらない。どんな事情でも罪には罰が必要だ。お前はそれを、邪魔したんだ!」
これにはテナナも眉間にしわを寄せた。そして徐に顔に近づく。
「あのねぇ―――!罪人も人なのよ。赦される機会を与えられるべきよ。龍人のくせに、頭小さいわね!」
彼は遂にムキになった。そして歯を食いしばりながら怒鳴った。
「黙れ、小娘!」
「私はテナナ。小娘なんかじゃないわ。」
彼は両頬を膨らませ、肩を寄せた。だがそんなものは彼女にとっては子供のように見えた。彼女は毅然とした様子で腕を組んだ。数秒こうして睨みあったが、とうとう彼は根負けした。先ほどまで勇ましく地面を叩いていた尾はシュンと縮こまった。そして、母親に怒られた少年のように決まり悪くそっぽ向いて言う。
「俺は、ウラジミール。ウラジミール・バロックだ。」
テナナは「バロック」という名前を聞いて思わず、瞳孔を震わせた。
「バロックって、ギルデロイ教授の血縁―――!?」
「そうだよ。あのナルシストの息子さ。とはいっても、人間との混血だけどね。」
ウラジミールはあきれた口調でそう話した。よくよく見てみると、彼の着ている服はそれなりに上等なものだった。白いボタンシャツに、黒いニット、黒いストレートパンツなどは彼の引き締まった体を強調させていた。靴は少し泥で汚れていたが、やけにきれいな格好をしている。指の先までもが綺麗に整えられている。テナナは軽く握手をしようと手を伸ばした。
「私はテナナ。魔導士育成機関へヴィラから来たの。」
ウラジミールは彼女の一言を聞いてもあまり判然としておらず、ポカンとした表情で座っていた。だが、少し腕を組み、ブラブラと前後に体を揺らしながら言う。
「へヴィラ――――親父が時折言ってたな。」
「お父さん、そこの先生なんだよ。」
「あぁー なんか言ってたな。研究所にあるナントカの日記が欲しいとかって。」
テナナは目を丸くした。
「日記――――?」
「あぁ。その日記が欲しいらしい。なんでなのかは知らねぇけど。親父は教会が大嫌いだから、それ系なんだろうな。」
いったい何を求めているのだろうか。ギルデロイ教授は。教会関係のもの。
「カインの日記ね――?!」
「あ?なんだよ?」
テナナは話しかけ、手を振ったりしてワチャワチャ動くウラジミールのことを他所に、グルグルと歩きながら考える。
彼がそんなものを求めるとは思えない。だとしたら、誰かが求めていて、協力している。誰と――――?引っかかっている何かが、ゆっくりと繋がっていく。それらが一つの円となったとき、テナナは苦虫を噛むように歯を食いしばる。
「ベル兄ね――!!」
彼もなのか––––!
「は?誰なんだよ。」
「ねぇ、ウラジミール、協力してほしい。」
ウラジミールはあまりにも真剣で、肩をも掴み、引き寄せてそう言う彼女に、一瞬たじろいだ。唾を飲み、唇を一瞬舐めてから彼は聞く。
「協力だと?」
「ギルデロイ教授達よりも先に、『カインの日記』を手に入れるの。」
ご高覧ありがとう御座います!
ここ最近は投稿頻度が安定してきたので、ほっとしてます。
ちょっとした小噺として、息子のウラジミール君は今年で204歳(2歳)になります。彼の尻尾がワニのようのに少しゴツゴツしてるのは鱗のやすり掛けが怖くて嫌がってるからです。龍人は親の尻尾をガジガジして顎を鍛えます。人によっては予め鱗を剥ぎ取っておいて子供にあげます。ちょっとしたおしゃぶり代わりですね。
では次回もお楽しみに!




