第65話 歴史の萌芽 1
ユリウルス暦 886年 ㋁14日
ドゥーマへの道はそこまで遠くはない。道は整えられており、常に人で行きかっているからだ。荷馬車によって潰された雪が、まるでドゥーマへの道しるべのようになっていた。一行はその道を道中を乗せてもらっており荷馬車の上にいた。ティナは頭に手拭いをかぶったまま、御者台のほうに向かっていう。
「大所帯なのに、乗せていただきありがとうございます。」
御者台の男は、少し肩を委縮させながら一礼する。
「へ、へぇ。まぁ――構いやしませんがね――」
ウラドは男を見た。やけにこわばった顔だった。がやがや騒いでいるこの双龍がいやなのか、はたまた――
彼はそのままテナナを見る。おそらくは彼女なのだろう。しかし何故――?
彼女はそのことに気が付くわけでもなく、今度は青い布を召還した。少し古ぼけており、薄いあの布を見たシモンは彼女に少し寄りかかっていう。
「その布はどこで買ったんだい?随分上等な物だね。ねぇ?アルバート。」
「え?あぁ。売れば60テルタになりそうだ。――あっ!すまん癖で――」
「いいえ、いいんですよ。これはロキお兄ちゃんからもらったんです。」
テナナは隣にいたロキのほうを見た。ロキは顔色一つ変えることもなく彼女の布を見ていた。彼はその次にテナナではなく、ウラドのほうを見た。
「東を出る前に。」
「そうだよ。ハインケルに貰ったんだ。――12年前かな。懐かしいよ。」
荷馬車の上でそんな他愛無い話をし続けた。少し冷たい風が吹いているが、陽光は暖かかった。
坂などを降りて行き、荷馬車はドゥーマに到着した。橋の先、島となっており大きな建造物が聳える巨大都市、それがドゥーマである。一行は荷馬車を降り、石造りの橋を渡る。橋の先にはどこの都市よりも大きな石門があった。石門の上部には鉄製の門扉が固定されている。門番はその辺のものとは違い、軍服を身に纏い銀色の刃を携えた杖を持っていた。
「あの軍人みたいなの、なんでこんなところに?」
ウラドは首をかしげて言う。その時に、テナナが前に出て歩きながら言う。
「ドゥーマは魔導士の学生が多く集まる都市なの。ドゥーマにある魔導機関『アネモネ』は、私の母校でもあるの。」
「でも、獣人は入れないよね?」
ティナは手拭いの中の耳を動かす。外れかけた手拭いを、ウラドは直しているときに、テナナは少しうなりながら話す。
「――――大丈夫、なはず。任せて。」
一行は門構えに立つ。軍人が囲むようにいて、正面に立った赤い魔法石の男が身元証明をするように言った。皆はぞろぞろとそれらを出し、手荷物も見せた。じっくりとそれらを検品していく中で、ティナはこわばって唇をかみながら俯く。軍人は彼女の後ろに回る。
ボフッ!!
「ニ゛ぃ――!」
ティナは思わずしゃがみ込むように軍人から離れる。軍人は彼女の手ぬぐいを奪った。ティナは軍人を見る。冷たく、見下すと言うわけでは無いが、異物を見つけたような眼差しだ。氷を割るように、テナナの声が聞こえてきた。彼女は遥かに身長が高い軍人の男を見上げながら、ある手帳を取り出した。
「私はここの人間です!彼らの身元は私が保証します!」
テナナは軍人に手帳を渡した。軍人は交互に見ながら言う。
「ふむ、よろしい。行け。」
テナナは軍人に軽く一礼したのち、こちらに振り返る。そして行くように視線で促した。一同は何故テナナがこの土地の関係者なのかは判然としなかった。しかし、この圧迫感のある軍人たちの視線にはとどまりたくない一心ではあったので、何も言うことなく先へ進んだ。
石門の先はまさしく空想世界のような風景であった。あたりの店には魔法石が多く使われており、昼間でも明かりがついている。その色は炎色反応のように色鮮やかだ。魔法店も聖導師や術師向けではあったが、それなりにあった。ティナは耳を躍らせ、あちこち見まわしながら言う。
「すごいですね!!おとぎ話の世界みたいです!」
テナナは言う。
「でしょう?私もここの学校に来たときは驚いたもん!あたり一面魔法だらけだからね。」
「ティナ、君はここの生徒だったのかい?」
ウラドは尋ねた。
「そうだよ。ベル兄の勧めでね。宿はあるはずだよ。案内するね。」
道は広く、杖持ちや巡礼者が多く行きかっている。巡礼者の十字架が、ウラドにとってやけにギラツイてしょうがなかった。ふとその時、ティナが向こうに指をさした。
「見てください、ウラドさん!本が歩いてますよ!」
「そんなわけないでしょ。」
あきれた表情で言い、ウラドはそっぽを向いた。しかし、ティナの方向を見たアルバートは目を見開いた。
「ほんとだ。本がいる。」
皆口々に本がいる、とどよめきだした。ウラドはため息交じりに前を見た。本当だ。本が歩いている。まるでちょっとした山になった本が塊となり、足をはやして歩いているようだった。これにはウラドも少し目を丸くした。しかし、あの魔力量、滾っており勇ましい魔力が存分に、隠すつもりもなさそうにほとばしっている。このような傲慢な魔力、そして真っ黒な尾が本からはみ出ている。
ウラドは深く息を吐き、あきれた大声で呼び止めた。
「ギルデロイ!!」
彼が声をかけると、本が一瞬立ち止まり、むくっと振り返る。案の定ギルデロイであった。彼は本を浮かし、どっさりと本を抱えていた。彼はこちらを視認すると、意外そうにこちらに近づいてきた。だが、ギルレンスを見ると、やけに神妙な面持ちになった。彼は本を抱えたまま言う。
「来てたのか。貴様だな、ギルレンスとやら。」
ギルレンスはヨルファネーゼのそばに寄りかかりながら、真剣な眼差しで頷く。
「そういう君は、ギルデロイ君か。ベリアールの書面で名前は聞いているよ。『協力者』の一人だと。」
「その通り。この俺も参加しているのだ。『歴史の転換点』にな。」
ギルデロイは悪そうに笑った。ウラドは少し気味悪そうに睨んだ。そして彼のそばに立ち小声で言う。
「僕たちはベリアールの依頼で、『カインの日記』を探しているんだ。彼曰く、ここにあるそうだけど、どうなんだい?」
それを聞いたとき、ギルデロイは困惑した目でこちらを見た。だがすぐに冷静な表情になり、少し距離をって言う。
「外で話をするのは美人にも良くない。俺の邸宅に来るがいい。光栄に思え。」
本を山ほど浮かしながら、彼は先へと進んでいった。
***
この都市は学園を中心にして放射状にできている。そしてギルデロイの邸宅は西側にあった。大きな敷地で邸宅というかは屋敷に近い。線対称の白い壁の邸宅の庭には果てしないほどの花畑がある。テナナはギルデロイの本の一部を運ぶのを手伝っていた。むろん、ティナもだ。ギルデロイは益々上機嫌でなっており、尾を左右に振っていた。邸宅の中に入ると、見慣れた人間や獣人たちがいた。あの魔導教会の職員たちであった。
皆、ギルデロイを見るなり、笑顔で出迎えた。まるで使用人のようにウラド達の荷物を受け取った。ギルデロイは軽く言う。
「せっかく、この俺が職の当てを探してやったというのに、全員蹴ったんだ。無礼者たちめ。おかけで、この俺の良さを教えるための客間がほとんどない。」
それを聞いた職員たちはみんな笑った。
「だって、良い稼ぎ場がなくなったら困りますよ!!」
「俺はカモかよ。」
ギルデロイは鼻で笑った。
さて、ギルデロイの部屋の中はあの教会の書斎のように本で囲まれていた。本は以前よりも増えており、杖のミラーファもいた。美しく直立しているミラーファの横を通りながら、ギルデロイは椅子に座る。部屋に集まったのは、ウラド、ティナ、ロキ、ギルレンスであった。彼は椅子の上で胡坐をかきながら話す。
「さて―――カインの日記か。これまた面倒だな。」
彼の顔は芳しくない。肘置きで頬杖をした。ウラドは少し首をかしげる。
「なに?場所知ってるの?」
「まぁな。ドゥーマの魔導士育成機関『へヴィラ』の合同研究所にあるっていう噂だ。」
「噂か――――」
ギルレンスは棚のそばにもたれる。ギルデロイは厭味ったらしく前のめりの乗り出して言う。
「仮にもだ。仮にへヴィラにあったとする。そしたら俺は入れない。」
「なんで?教授になったんだろ?」
「へヴィラにもいくつか研究施設がある。合同研究所は聖導師との研究施設。俺は参加してないから無理だ。」
「参加しろよ――――」
ウラドはため息交じりに舌打ちをした。落胆する面々に沈黙が流れた。だがその沈黙の中でウラドは考えた。この土地のゆかりある人間――――
ハッと彼は目を見開き、ぼそりと言う。
「テナナ?」
第65話 ご拝読ありがとうございました。
皆様、新生活などは有意義に過ごせてますでしょうか。僕は早起きをしないといけなくなってしまったので、バスでスヤスヤしてます。周りの方々もゆっくりされており、よく頑張ってるなと思います。五月病というのがあるように、皆様もガン飛ばしではなく、ゆっくり進んでいきましょう。
次回は、さてどうなるのか。彼女はなんなのか。気になりますね。
では次回もお楽しみに。




