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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第3章 北の大陸 魔導試験編
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第45話 血に拒まれた者

2次試験が終わってから、皆皆は静かで、暗い暇を過ごしていた。ウラドは怪我を理由に、部屋から出ていかず、1日の大半を錬金術の研究や読書に費やしていた。ティナはというと、その自堕落さに呆れつつも、暖炉の前で繕い物をしたりしていた。時には、談話室で双龍と遊んだりしていた。試験が終わって2日ほど経過した今日も、暖炉の前でぬくぬくと過ごしていた。


トントントン−−−


ノックの音がした。

掠れ、弱々しいノックが、部屋の中に響く。ティナはむくりと起き上がり、目を擦りながらドアを開ける。そこにはやつれた表情を見せるアルバートが重厚で艶のある箱を両手に携えていた。ティナは疲れ切った彼の顔を見て、耳を畳む。


「大丈夫ですか?アルバートさん」


「問題ない。それより、中に入っていいか?ドラゴンどもが騒がしくて、ゆっくり出来ないんだ。」


ウラドはそれを聞き、本を閉じ、椅子を呼び寄せる。


「構わないよ。」


アルバートは重い靴の音を出しながら、椅子に座る。机の上に箱を置くと、暗い溜息を長く吐いた。ウラドも箱を慎重に眺める。蓋には青色の百合の家紋があしらってある。縁は金色の装飾がされており、全体的に植物を模したデザインだった。


「これは?」


ウラドが尋ねると、アルバートは重々しい口を小さく開ける。


「シモンの遺品が届いたんだ。しっかりと向き合いたかったんだが、ドラゴンがやたらと外に出そうと鬱陶しいから、ここに来たんだ。」


その時、ウラドはティナの方を軽く見る。彼女は合点があったように頷く。


「そういえば、遊びに来ている時も、よく話してました。『どうやったら慰められるか』と。あの2人は200年しか生きていませんから。人間で言うと2歳かそこらです」


「なるほどね。まぁ、来たら追い出しておくから、開けなよ。」


ウラドが促すと、アルバートは息を飲み蓋の鍵を開けた。中身は、木製の薄い箱、その上に2人の写真、指輪、銀製の親指ほどの棒があった。アルバートはそれらを一つ一つ取り出していく。木製の箱には何も入っていない。ウラドは写真を手に取る。『レディブルーム』という娼館の前で撮った写真だろう。シモンはまだ口元を覆ってはおらず、童顔で柔らかい笑みだった。アルバートは肩を組んでいる。今の格好とは色味は似ているが、2人ともボロボロで同じような格好をしている。ティナもそれを覗き込む。


「2人はどうやって出会ったんだい?」


ウラドが写真を手渡すと、アルバートは懐かしそうに笑う。


「シモンと俺は、北の大陸の北部『ヴァルマリーナ』というクソスラムにいた。そこでは、女は娼婦で、男も金のために殺しをしたりするのは当然だった。俺は趣味も趣向も変だったから、故郷の南の大陸には馴染めず抜け出したが、人間の社会なんざ知る訳もなく、傭兵として、密猟から人攫いまで金になることは全部やって生きていた。そん時に世話になったのがシモンだった。」


アルバートは写真を懐かしいと共に、嫌悪するまで眺めていた。ティナも、スラムの実情を知ってなのか、慰めるように彼の背中を撫でる。ウラドは少し不躾を承知の上で、質問をした。


「僕も、スラムはいくつか通ったから、見たことはあるけど、獣人が娼婦をしているのは見た事がないな。」


「獣人は、宗教的な理由として没落した職業と見ているのでできる限り手を出さないようにしているんです。それに、仮に娼婦になるとしたら、耳を削ぎ落としたりして、人間に近しくならないと。売れないんです。」


「そっか。」


「シモンは俺を受け入れてくれていた。だから、互いに信頼しあっていた。金が全ての傭兵じゃ呆れられたよ。−−−−だが、ある冬の時期、新しい商品が入荷した。−−−シモンの妹だった。亜人の血液は血清や実験としても良質な素材だった。それに、見た目が良ければ、売り先は多くなる。シモンは妹を買い取る為に、自身の血液、財産を差し出した。顎がダメになったのもそれが理由だ。」


2人はゾッと眉間に皺を寄せる。アルバートも惨たらしい過去を前にただただ怪訝な顔をしていた。


「奴らはクソだ。シモンがあれほどのものを差し出しても、満足はしなかった。そのせいで、妹の体は売り捌かれていった。俺はどうにかして2人を逃がそうとして、目を失った。蝋燭によってな。妹を救ってやらなかったのは残念だった。俺にとってスラムはクソだったが、シモンにとっては、悪くはなかったのかもな。」


途端に悲しみが込み上げ、俯くアルバートを見て、2人は同じくらいの寂しさが渦巻き始めていた。その時、やけに下の階が騒がしくなった。トウカとセナなのだろうが、それにしては煩い。すると、ミフェナとリックらの慌ただしい声もした。ウラドは呆れるように立ち上がり、ティナに目線を向ける。彼女は頷くと、そのままアルバートを慰める。ドアを開けると、丁度慌ててやって来たサイモンと鉢合わせる。


「ウラドか!早く来てくれ!」


「なんの騒ぎだい?アルバートの身にも−−−」


「それが−−−帰って来たんだ!シモンが!!今瀕死なんだ!誰か手当てできるやつを知ってるか?!」


サイモンの言葉を聞き、ウラドは目を丸くした。そんな事があり得るのか?アルバートからシモンの事はある程度聞いていたが、塔からここまではそれなりに距離がある。辿り着くのは至難だ。アルバートも信じがたいと言わんばかりの面持ちで部屋から出て来た。ウラドは思考がぐるぐるとするのを抑えつつも、薬箱を掴んで廊下を走った。


談話室に向かうと、大きなソファの上には青白くなったシモンと、どうすべきかと慌てるトウカがいた。踊るように大慌てなトウカが、叫ぶ。


「ひ、一先ずじゃ!!一先ずあのリリスとやらを呼んでこようかの?!」


「ならトウカ行くのじゃ。韋駄天より速いぞ。」


「承知!!」


トウカはドカドカと大股で走り、出ていった。その時、ウラドはシモンが横たわるソファの前にまで近づく。腹部から出血。だが、歪だが治療痕がある。傷口が開いたのか?アレコレと観察している。


ドンドンドンドン!


ノックの音がした。


この場にはふさわしくない、腹立たしい音だった。リックは舌打ちしながら勢いよくドアを開ける。


「今取り込んでんだよ!」


「わぉ!なんだい?!僕は知り合いに会いに来ただけだよ!」


その声を、ウラドは知っていた。不意にその方を見る。


「ベリアール!今取り込んでいるんだ!帰ってくれ。」


ベリアールはウラドの一言を聞く事なくソファこちらに近づく。そして、何やら面白いものでも見た様に笑う。


「お!いい感じだね!死んだら貰ってもいい?」


ウラドは殺気を沸き立てながら睨む。すると、ベリアールは役者の様に肩を縮める。


「珍しいね。手伝うよ。キッチン借りても?」


ウラドは目線を下す。


「−−−−−余計な事しないで。」


「ん〜 それは難しいかな。今の彼、死んでしまうし。」


「どうやって治す?」


アルバートは不審な面持ちでベリアールを見つめる。


「まずは、適当な紙に血判してくれ。」


皆は一瞬固まったが、ベリアールが、ほら早く、と軽気に言うと、こぞって玄関前の置き手紙用のメモに血判していく。ベリアールはそれらの紙をマジマジと眺めると、軽く笑う。


「取り敢えず、キッチン行ってくるよ。東では患った部位を食べると治るとも言うし、ものは試し。」


ベリアールはそう言い残し、ウラドの薬箱からアレコレと取り出すと、少し奥のキッチンまで引っ込んでいった。ウラドはそれを睨みつつ、一先ずはと、半開きの箱から針と糸を取り出す。どのみち、今のシモンは低血圧で死に際だ。


「この桶に熱湯入れてきて。」


端的に指示を出しつつ、彼は作業に取り掛かる。針に糸を通し、シモンの血まみれの皮膚に差し込む。シモンは残った激痛の残穢と今押し寄せる痛みで、微かな悲鳴を上げる。一方ベリアールは、鍋の油が跳ね、その熱さで悲鳴を上げる。各々慌ただしく事をなしていく。ティナは針の血を熱湯で洗いつつ拭いてはウラドに手渡す。他の者達は慣れない加護でシモンの出血を抑える。ベリアールは肉を焼いた。ウラドが最後の工程を終わらせると、皆はどっと疲れた様に、同じタイミングで息を吐く。その時、ベリアールは皿に山盛りになった正方形の肉を湯気を立たせつつ持って来た。彼は上品な銀フォークで一つ刺すと、シモンに差し出す。


「食べる?」


シモンは少し沈黙したのち、布を外しガバリと口を開ける。


「亜人かぁ−−−昔は実験とかでお世話になったなぁ。今は高いから買えないけど。」


わざとらしいその一言にシモンは軽く苛立ちを見せる。アルバートは背中の杖を手を掛ける。シモンは肉をゆっくりと咀嚼していき、飲み込む。すると、なんだか口周りが妙な感覚になる。酷い傷跡を撫でると、まるで消えるように、傷が癒えていく。皆その現象に釘付けになって見ていた。ウラドも目を丸くする他なかった。アルバートがシモンの頬に軽く触れると、シモンは彼の方を見る。


「わお。」


少し高く、上品で中性的な声だ。この場にいる皆々の大半がシモンの声を初めて聞いた。アルバートは感極まって涙を流し、シモンを抱きしめた。瞬間、皆も彼が生き返ったことに歓声を上げる。ようやく到着したリリスと彼女の部下は、状況が飲み込めず棒立ちであったが、とりあえず拍手はしておいた。


それから慌ただしくも歓喜に満ちたまま後片付けをしている。シモンはソファに座り、仲良くなっていたティナの髪を解かしていた。心地良さそうに尾を振る彼女のそれを踏まぬように、ウラドは彼を見下ろす。


「具合は?」


「平気。ありがとう。」


シモンは軽く微笑む。ウラドはサイドチェアをソファの近くに置くと腰掛ける。脈も正常で、顔色も良さそうだ。診察していると、シモンはウラドの目を見ながら、柔らかい声で話しかける。


「ウラド−−でいいんだよね?」


「好きな方でいいよ。正直、自分もあまり覚えてないから。」


「そうか、それにしても、あれはなんだったんだろうか?たちまち治ってしまったけど。」


ウラドはのほほんとした声色を出すシモンに、少し神妙に答える。


「あれは、知らない方がいいと思うよ。あまり褒められたものではないし。」


「そうか、なら、深追いはしないでおこう。」


「−−−−ありがとう。それよりも、君がどうやってここまで辿り着いたのかが気になる。」


シモンは軽く上品に笑うと、身を横向きに直してから、寝物語のようにまるであやすように話す。


「僕がここまで来れたのは、ティナの複製体のおかげかな?彼女が看病をしてくれてね。都市までは一緒に来ていたんだけど、都市に入ると、灰になってしまったんだ。彼女がいなかったら、僕は失血死していたよ。」


ティナはシモンに微笑みを向けられると、照れながら頭を撫でる。恐らくは術式範囲から出たせいだろう。しかし、生かしたのは、なんだか彼女らしい気もしたが、敵側として動いていたのに、随分な変わり身だなと感じた。その時、アルバートがやってきた。彼は起きあがろうとするシモンを自身の膝下に寝かせながら、未だ困惑の表情を見せていた。


「まずは、助かった。これは何にしても払いきれないほどの恩だ。」


「気にしないで。医者だったからね。」


「そうか。それと−−−−あの知り合いはどこに行ったんだ?」


「今は僕の部屋、あまり関わらない方がいい。」


「なるほど、まぁ、振る舞いからして正気の沙汰ではないからな。にしても、あの『褒められない肉』あれは、何か特性でもあるのか?どんなものだ?どれほど長く続く?」


ウラドは少し黙り込んだ後、少し申し訳ない様に小声で言う。


「特性は大雑把に言って、不老不死だ。契りをする以上、アルバートも事実上同じ特性を持っていると言える。」


アルバートとシモンは互いに顔を向け合う。2人とも深刻そうな顔をしていないのが不思議だ。シモンはむしろ嬉しそうに笑う。彼のスプリットタンが暗闇から微かに見える。


「ずっと一緒だなんて、なんか良いね。」


ウラドは目を見開く。


「死なないんだよ?それがどれほどの苦痛か。」


「確かに、100年もすれば、ティナも、皆いないのは悲しい。でも、ウラドはいるし、アルバートもいる。だから1人では無いんだよ。」


「僕もいるって?」


「うん。なんか、そんな気がする。」


儚気に言い切ったシモンを前に、ウラドは愕然とするしかなかった。


一通り片付けが終わり、皆皆シモンの生還を祝って宴となった。食事は駆けつけたリリスが奢ることになった。酒とまでは言わないが、皆シラフであるのに、酔ったような浮き気持ちになっていた。シモンはアルバートに寄りかかっており、アルバートはシモンを抱き寄せていた。合格者と共に話に熱中していると、リリスがこの浮き足だった雰囲気を崩さぬように、2度手を叩く。


「皆皆、まずは緊急術式を受診しておきながら遅れた不手際を謝罪する。シモンは特例として最終試験に参加だ。ギルデロイ曰く『ラッキーな子だ。』とのこと。それと、今言っておかぬと忘れるだろうから、最後の第三次試験の内容を言っておこう。」


暖炉の明るさで片側だけ照らされるリリスを、皆は粛々と注目する。


「最後の試験は、実際に一級魔導士と対戦してもらう。誰と対戦するかは、当日のお楽しみだ。そして、試験は明々後日だ。では、楽しんでくれ。」


リリスが手を広げてそう言うと、皆はまたドッと騒ぎ出した。リリスは騒音と明るさで苦情が来ないように、密かに防音術式を展開した。 


宴が終わると、皆は欠伸をしながらも興奮を落ち着けようと必死であった。ウラドは部屋に入るが、ティナは緊張と、彼の顔を伺いながら、部屋の中に1拍遅れて入る。ウラドが疲れたようにベッドに座り込む。その時、月光の逆光を浴びながら、ベリアールは椅子に座っていた。左腕の袖は風で靡いている。


「君と違って彼はポジティブだね!」


ウラドは嫌悪する眼差しで言う。


「趣味が悪いよ。自分の腕を食わせるだなんて。」


「彼は出血が多かった。それに、皆の血液を検査しても、適合者はいなかった。となると、僕達の出番そうだろ?」


「まて、血を調べただと?そんなもの、錬金術にもないぞ。」


「あぁ無いよ。でも、術式にはある。」


ベリアールはそう言い、足を組む。


「完成したよ。【生体錬金術式(バイオロジック)】が。」


ウラドは身震いする。回天事業の切り札がようやく出来たのだ。彼は引き笑いしながら言う。


「教会を潰せるのか。」


「うん。でも、これだけではまだ足りない。僕が来たのは、この後の依頼だよ。ここから遥か西の地域の教会、『ドューマ』で、『カインの日記』をとって来てくれ。そうしたら、全部揃う。だからこそ、無の國はすぐに出るんだ。あそこは危険だからね。」


そう言い残すと、ベリアールはなぜかこのタイミングで笑う。


「にしても、彼は可哀想だ。『血に拒まれたものは、日に拒まれる』日の下を歩くのは些か大変だろう。僕達も、慣れたとはいえ、焼かれ続けていることに変わりない。それでも、歩けるのは、大切なものがあるからだろう。自己を保つための。」


ウラドは黙り込む。ベリアールはすかさず話す。


「君、ティナといつまでいるの?西にたどり着いた後、どうするの?」


「−−−−それは、彼女次第だ。」


寂しげに俯くウラドを前に、ベリアールは鼻だけを鳴らし部屋から出ていった。その時ちょうど、ティナが入って来た。彼女は少し心配そうに耳を畳んでいる。


「ウラドさん、あの、聞きたいんですけど−−−」


「僕の事でしょう?さっきからソワソワしてたもんね。」


ティナは対面のベッドに腰掛ける。弾むように座る。ウラドは質問されるよりも前に、淡々と話し出す。


「僕は−−−北の大陸の北西部の生まれだった。臨月が近い妻と、息子と一緒だった。僕は元々医者でもあり、傍ら錬金術もやっていた。だけど、異端となって−−−それからは覚えてない。気がつけば僕以外死んでいた。」


「それは−−−心中お察しします。」


「良いよそんなの、誰もきっと理解できない。」


「ですが−−−寄り添えますよ。知れば配慮もできますし。私もあのお肉食べておけばよかったかなぁ」


ティナは1人呟くと、冗談まじりに笑う。


「やめておきな。死ねることは幸福でもあるんだ。生きるだなんて、地獄だ。」


「地獄ですか−−−だとしたら、だいぶ良い地獄ですね!」


「なんで?」


「だって、自分で選択できますし、好きな人と会えますし!ウラドさんと旅ができて、私は幸福です!」


ティナは布団にボフッッと音を立てながら倒れ込むと、数える間もなく眠ってしまった。ウラドはヘソ天で眠るティナに微笑すると、布団を被せてやる。その間も、昔のことを思い出そうとしたが、家族のこと、自分がこうなった出来事、その前、肝心なそれらは朧げな記憶に過ぎなかった。そして、押し寄せる負の感情と記憶、ウラドは脂汗を流しベットに横たわった。

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