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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第3章 北の大陸 魔導試験編
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第43話 幾重の塔 3

最早何千と昔からここで歩き続けていると錯覚するほど長く、ウラド達は歩いていた。ウラドは地図を見る。だいぶ道なりに歩いてきたが、やはり距離的にもそろそろ階段があってもおかしくは無い。だがおかしい。それが現になっていないのだから。ヘレナは焦りを滲ませて言う。


「何だか変ね。まるで閉じ込められたみたい。」


「確かに。同じところを歩いているみたいだ。」


ウラドは再度、腕を組み、壁に寄りかかった。あの時代の方法はどのやうなものだったかをまた思い出そうとしているのだ。同胞を殺したあのやり方を。シモンはウラドの地図を眺める。そして、ヘレナを呼ぶ。ヘレナは戸惑いながらも指さされた地図の箇所を見る。ウラドもそれに気がつき歩み寄る。


「微かに−−−隙間?空間があるね。」


「時代的にどうなの?」


ウラドは地図から離れ、その箇所の壁を見る。もし仮に空間があるとしたら何だったか。彼は記憶を掘り起こす。ウラドは急に暗い面持ちで溜息をつく。ヘレナは慌てて言う。


「そんなに嫌なものなら、なんか嫌だわ!」


「いや、確かに出口ではある。でも恐らく開けた瞬間に何かある。」


「なら、また対処するしかないわね。私は行くわ。」


シモンも強張りながらも親指を立てる。ウラドは深呼吸すると、その壁に触れる。


「−−−−!」


ぐわっと何か空気が迫り来るような感覚がした。冷や汗が止まらない。何が来る?自身の荒くなる呼吸がやけに耳の中に篭る。


「−−−−−−!!!!!」


刹那、シモンは声のない悲鳴をあげながら尻餅をつき、壁の方へ逃げる。ウラドは唖然として彼を見る。異常なほどに何かから逃げようとしている。手を振り回し、泣き叫んでいる。


「ヘレナ!シモンが!」


ウラドは彼女の方を見る。ヘレナも唇を噛み、涙目になって上を見ている。


「父上−−−−」


呼吸が荒くなる。何が来るんだ?!訳がわからなくなったウラドは呆然とするヘレナの腕を引き、シモンのそばに座らせ、2人の肩を揺さぶる。だが正気に戻らない。シモンは喉が潰れるほど叫んでいる。このままでは声帯がちぎれる。ウラドは抱きしめる。


「何もない!シモン!大丈夫だから!!」


「お父さん」


ウラドはハッとシモンを見る。そこに、シモンはいなかった。代わりに黒髪の男の子がいた。彼は怯え泣いている。


「お母さんは?どこ行っちゃったの?」


ウラドは狼狽える。彼の絶望と恐怖が、ひしひしとウラドを凝視する。


「−−−−−それは−−−−」


「いたぞ!!異端者だ!!!」


「悪魔の子供もいるぞ!殺せ!!!」


ウラドは振り返る。鉈を持ち、鍬を持ち、いかにも殺意に満ちた血走った目をしている。ウラドは子供を抱きしめながら叫ぶ。


「俺たちが何したって言うんだ!!信じる神をなぜ決めつけられなければならない!!お前達は何様なんだ!!!」


怒り狂う人間達の群れの奥から、ある男が歩いてきていた。男の首にはやけに光り輝く金の十字架が提げられていた。男は忌々しい声で言う。


「我々は神の僕、聖導師。そしてこれは、謂わば『聖なる裁き』なのだよ。」


「お父さん、僕、死にたくない−−−−」


泣き縋りたく子供を抱きしめながら、ウラドは杖先を向け攻撃魔法を放つ。だが、それは霞に撃つように消え去ってしまう。おかしい。こんなことはありえないはずだ。錬金術の魔法でなら人は容易く死ぬはずだ。だとしたら、こいつらはヒトではない?だとしたら何だ?そもそもここはどこだ?見たことのない場所だ。石煉瓦の模様も、壁も、見たことがない。ウラドの中でグルグルと走馬灯のように考えが巡る。何かがおかしい。この子の温もりも感じない。生きてるなら感じるはずだ。その時、ある1つの結論に達した。ウラドは杖先を自分に向けて言う。


「これは『幻影』だ。」


ドォォォォォン!!!


ウラドは自分の頭を吹き飛ばした。痛みは感じなかった。


「−−−−ん!−−−ウラドさん!!!」


ウラドは夢から覚めたように意識がハッキリとした。目の前にいたのは涙目で狼狽えるティナがいた。ウラドは唖然として辺りを見回す。抱きしめていたシモンは同じように泣きながらウラドの腹回りを掴んでいる。ヘレナはウラドの左手の袖を握りしめている。皆ウラド達を囲うように円形に座る。ウラドは困惑した様子で言う。


「ここは?細い道が延々と続いてて参ってたんだよ。」


「私達が到着した時には既に錯乱してたんですよ!」


ティナはベソをかきながらウラドに抱きつく。アルバートはシモンの喉を撫でながら労るように言う。


「恐らくはここに来るために隠密術式(トラップ)にハマったんだろうね。」


ウラドは重たい頭を抱える。


「あれか−−−−対象の1番苦しい記憶を想起させるものだ。流石、錬金術師を殺すには良い。実際、1人が死ぬ必要があるからね。」


アルバートはシモンを腕の中に収めると、念を押すように言う。


「他の連中は見なかったか?」


「いや。見てない。だが複製体には出くわした。」


ザバァァ!


「あ゛ぁ!死ぬかと思ったぜ。」


地面から飛沫をあげて這い出てきたのは、虎の班のリックであった。ヘレナは歓喜に満ちた顔でリックに飛びつく。リックは軽く笑いながら言う。


「いやぁ、胎盤を棒なしで歩いた気分だ。」


「何があった?」


「あ?全身の激痛に耐えながら歩いてきたんだ。にしても、やはり複製体はいたな。俺が出くわしたのはミフェナとトウカ、セナだったな。強烈だったぜ。あの双子。」


トウカは自慢げに言う。


「わしら双龍は互いがいてこそじゃからな!!」


「いやほんとそう。ミフェナの防御と双子の魔法はマジでヤバかったぜ。それで?どうするよ?」


アルバートは顎を摩りながら言う。


「恐らくは、ここは既に3階だろう。他にも何人かいるみたいだが、満身創痍だ。回復に専念すべきだろう。」


「でしたら、私はビーコンを設置してきますね。またあの時のように奇襲にあったら大変ですから。」


「だったらさぁ、気をつけるべきやつは1人になるね。」


ふと背後から少女が歩いてきた。ティナは目を丸くして指を指す。


「あの時の!」


スイスハルバードを担いだ彼女は薄っぺらい笑みを浮かべて手を振る。


「あの時の元、蠅の塔だよ。」


アルバートは少し冷たい眼差しで見上げながら言う。


「マシャル、その警戒すべき人物とは何だ?」


マシャルは図々しくティナに指を指す。皆は彼女を見て少し驚愕するも、ウラドとアルバートは冷静だった。ウラドは腕を組んで言う。


「確かに、獣人の身体能力は亜人を上回る。彼女の身体能力に追いつける奴はここにいないだろうね。」


「それに、この子、ビーコンに引っ掛からなかったんだよねぇ。厄介なのよ。」


マシャルの間延びした声を聞き、ミフェナは杖を握りしめ首を振る。


「私のビーコンを掻い潜るだなんて、魔人でもできません!自信作なんですから!」


「でも掻い潜った子がいるんだよぉ?となると、私たちの目がつぶされてるもの同然。結構キツイよ?」


「でも僕、ティナにそこまでは教えてないよね?」


ウラドはズリリリと背を壁に寄りかからせていう。ティナも頷く。


「はい。ですが、あの時はスラムでの教えを元に動いてました。」


「というと?」


「スラムでは『気配を消すのではなく、命を消す』と教わります。命が無いものとして動けば、気配は出るはずないという事です。」


シモンは壮大な解釈だなぁと上の空であったが、アルバートは合点がいったように頷く。


「なるほど、魔力と命はほぼ一蓮托生だ。その命の機微を消すことは、自然と魔力を極限まで消すことにつながったのか。にしても、凄い偶然というか、才能だな。これは。」


「それよりも、どうするよ?術師でさえ、できる奴はほぼいねぇ事をやってる奴の対策なんてできるのかよ。」


リックは半ば諦めのため息をついていう。これに関しては皆同感であった。ウラドは腕を組み、片手で顎を撫でる。俯いて少し静寂が流れた頃、眼前で座り込むティナに尋ねる。


「君だったらどうする?どうやって僕達を殺す?」


平然とそう尋ねるウラドに周りはギョッと身震いをする。ティナも困惑しながらも、無い頭で考えた。トウカはゲラゲラと指を指して言う。


「白猫に殺すなんて選択肢はなかろう!?ただでさえ世話好きなんじゃからな!」


「そ、そうですね。あまり想像出来ません。ですが、私なら単独行動はしませんね。必ず誰かといます。」


「誰と?」


「それはその時次第ですかね。」


「取り敢えず、あの複製体−−−−マンティコラスの習性とかはあるのかい?リック。」


リックは胡座をかいて少し猫背気味で話す。


「最早本の中の存在に近くなってきているからな。合ってるのかは知らねぇ。だが、よく聞くのは相手の思考を真似する。そして、複製体ができる『コア』がある事だ。」


ウラドはそれには頷いて賛同した。


「軍人皇帝時代の術式は大抵中核となる式がある。その式から伝達してトラップなどが発動していた。逆に中核を破壊すれば、全ての式は機能停止に陥る。と言うことは、その『コア』があるのは−−−−」


「簡単だ。最上階。5階だな。」


アルバートは低い声で淡々と言った。その時、リックは悪巧みのある笑みで言う。


「そうなったら、足止めする奴と、コアをぶっ壊す奴で分かれるべきだな。」


その時、トウカが前のめりになり、手を挙げて言う。


「わしらじゃ!!わしらが行く!!」


アルバートは子供を宥めるようにトウカの額を押し戻す。


「いや、お前らは2人で力を発揮する。2人分の戦力がなくなれば、俺達はキツい。」


「そうだね。だけど、大抵中核の近くには守人がいる。強い門番だ。」


「なら、お前が行け。お前はこの中で1番魔力が多い。」


アルバートはいう。ウラドは杖を握る。責任重大だ。その時、ティナは言う。


「となれば、誰かサポートに入るべきでは?」


ミフェナが言う。


「でしたら、ティナさんが良いのでは?懐を突けるかもしれません。」


リックは頭を掻きむしる。


「いやむしろ、不意をつくためにこっちにいた方が良い。」


ティナはウラドを見る。ウラドも彼女の不安そうな顔を見つつも大きく頷いた。すると、ミフェナは杖でトン、と地面を叩く。


「でしたら、各々複製体の位置を割り出します。」


静寂が彼女を包む中、ティナの温かい魔力は、今この場にいるものの他に探知できなかった。ミフェナはゆっくりと目を開けると、興味津々で見ていた他の魔導士達が目に入る。彼女が首を振ると、皆も渋い顔をする。ウラドは言う。


「やはり無理か。」


「はい。他の方々は探知できましたが、ティナさん、ヘレナさん、ウラドさんが探知できません。」


「ヘレナは防御担当で索敵が上手い。掻い潜られたかもな。」


「なるほど、となれば、早く行くしか無いですね。」


ティナは緊張で震えながら言う。アルバートは顔色の悪かったシモンを抱きしめると、立ち上がって飄々とした顔でいう。


「では、ウラドは先へ進んでくれ。俺達はここで食い止める。番人との戦闘に関して、作戦は立てるか?」


「いや、行き当たりばったりで行くよ。」


彼は先の階段を駆け上がっていった。アルバートはそれを見送ると、鋭く、冷たい目で皆と顔を合わせる。皆、魔導士らしい殺意のある面持ちとなっている。


「よし、ではチームを組み直そう。俺達は意識がある。ある内に、カタをつけるぞ。」


一方、ウラドは階段を駆け上がっていく。螺旋階段で目が回りそうになるが、何とか気を保って登る。登り終えると、眼前には大きな石製の大扉が待ち構えており、ウラドがそれに触れると、大扉は砂埃を立ててゆっくりと開かれる。その先には大広間があり、奥には階段は続く門があった。ウラドは門の模様をよく見る。神々しい神のような男が卵を踏み潰している絵だ。不思議そうに絵を見、ウラドは言う。


「皮肉ったらしいな。これを錬金術師が見るとは、古代の連中は思わなかったろう。」


ウラドはついつい腹から面白く感じ、高らかに笑った。そう言えばそんな事を豪語していた奴は今の今までいたなと、彼は彼らに対する敬意と勝ち誇った笑みのまま前を見据える。眼前に優雅に、淡々と降り立つ男は、自分たちのよく知る人物だ。人を蔑むようなその冷たい目は、ウラドと同じ眼だ。癖っ毛があり、人嫌いの素質のありそうな男、まさに本人。ミフェナの言う通り、魔力を感知できない。ウラドは乾いた笑いで言う。


「さて、やるか。」


術式のウラドは生気の無い冷たい目をしてこちらに杖を向ける。まるで若い頃そっくりだ。錬金術師は数歩前に出る。睨む合う2人はそのまま緊張と静寂の中、決闘を始める。

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