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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第3章 北の大陸 魔導試験編
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第42話 幾重の塔 2

走り続け、脇腹が痛くなった頃、ウラドは漸く脚を止めた。まだ足はガクガクと震えている。荒く掠れた息を整えていると、隣には同じような状態のシモンと恐らく虎の班の者がいた。栗色の短髪の癖っ毛の女だ。女はゼェゼェと呼吸しながら言う。


「一先ずは安心していいのかしら。」


「どうだろう。魔力探知では一応大丈夫そうだけど。これからどうやって合流しよう?」


「大抵は上へ行くための階段があるはずよ。目指すならそこね。」


「シモンは体力大丈夫かい?」


「んー!」


シモンは息を整え汗をかきつつも、親指を立てて笑みを浮かべる。案外声は高いようだ。女は杖を握り胸に手を添えて言う。


「紹介が遅れたわね。私は【ヘレナ】よ。」


「こっちはシモン、僕は−−−好きに呼んで。」


「お仲間は何で呼んでるの?」


「一応ウラド。」


「それじゃ、ウラドさん、お互いの手の内はあまり明かさない方がいいけど、得意分野は共有しておきたいわね。私は主に後衛が得意なの。背中なら任せて。」


「僕は地形を利用した攻撃が得意。シモンは、近接かな?」


「ん!」


シモンは元気よく反応する。そして腰に下げていた鉄製の短い棒をフックから取り外すと、空気を切ってサーベルに変形させた。ヘレナは可愛い弟を見ているようで微笑ましく感じた。3人はトボトボを歩き始めた。ウラドは道中マッピングを行いながら辺りの建築様式を観察する。ヘレナは不思議そうにそれを眺める。シモンはポケットから黒焼きにしたヤモリを取り出し齧る。ヘレナにもと齧りかけのヤモリを見せるが、彼女はヒッと変な声をあげた。ふと、ウラドは立ち止まる。眼前には細い一本道で、やけに長く続いている。


「変だな。」


「変?」


ヘレナは新しいヤモリを指先だけで受け取りながら理解できないように顔を歪める。ウラドは向こう側を指差しながら言う。


「やけに道が狭い。」


ヘレナは道を目を皿にして見る。だが彼女とシモンは首を傾げる。


「確かに狭いけど、それは道が分岐したからじゃないの?」


「いや、それだけじゃない。」


ウラドは壁を慎重に、掠めるほどだけ触れる。亀裂のようなものがある。


「やはり−−−−」


「何かわかったの?」


「いや、個人的に、この建物は大体300年代に建築されたんだろうなって思ったんだ。」


「300年代−−−と言うと、軍人皇帝時代になるわね。−−−−そういうこと。」


シモンは首を傾げる。ヘレナは呆れたように言う。


「シモン、これは初等生も知ってることよ?」


「亜人は学校に通えないんだよ。獣人と同じで。」


ヘレナはそれを聞いてアッと驚き、唇を触れる。


「−−−−知らなかったわ。獣人が学校に行けないのは納得だけど、亜人は別で学校があるのかと思ってた。」


ウラドは目線を下に向ける。歴史を知らない若者は、皆こうだ。疑問に対して自己完結をしてしまう。それも、曖昧な自己完結だ。実際、亜人と獣人が蔑まされている理由を知っているのは、ごく一部だろう。聖典における魔物の特性を、教会は亜人と獣人と断定づけた。結果、魔物の派生などと揶揄されるようになった。シモンは蛇ならば、教会は悪魔か、ゴルゴーンとでも言うのだろうか。ウラドは目線を少し上げて言う。


「軍人皇帝時代では、沢山の國が混乱した時代だ。攻められないように、より確実に殺せるように原始的な魔法を使っているはずだ。」


ウラドは自身の記憶を思い浮かべようと頭を軽く叩きながら言う。軍人皇帝時代では、主に魔人との戦闘の他にも、人間、錬金術師との戦闘も多かった。故に、効率よく、安全に敵を殲滅できる魔法が開発されていった。その結果、魔人も錬金術師も数を多く減らした。ウラドは手慣れた感覚で壁に近づく。壁には古代の紋様が向こうへ続いている。壁を撫でて行くと、一つ、隠れた術式を感知する。


「おっと。この術式は確か−−−−」


現代と古代で使う言語が異なるように、古代の術式と現在の術式も異なる。ウラドは術式を丁寧に読み解く。正直現代の術式よりこちらの方が錬金術に近いからか読みやすい。


「これは、ラテン式、これは対角式−−−お、こっちは反応式か。」


「古代の術式がわかるだなんて、院でも出たのかしら?」


ヘレナは目を丸くするシモンと共に、まるで鍵師の仕事を見るように淡々と棒立ちしていた。10分ほどして、ウラドはハッと目を見開く。すると、術式はほつれていく。消え失せていく術式の中、ある一つの術式が反応した。閃くようなそれはすぐに消え失せた。ウラドは暫く呆然とする。アレは何だったのか。ウラドは顎をなでる。


「−−−−−−!!!!」


「解除したのね!」


ヘレナはパァッと年には似合わない幼なげな笑みを浮かべる。シモンはウラドの顔を肩から覗き込もうと近づく。ウラドは荒い息を吐く。頭の中がグルグルとする。だがすぐに口だけは動いていた。


「−−−−()()()()()()。」


ヘレナは彼のボソッとしたその一言を聞くと、一瞬困惑した様子になったが、長年の戦闘で鋭くなった神経は、彼女に直感を与えた。彼女はすぐに杖を来た道に構える。シモンも察して構える。ウラドは悔いるように頭を歪める。途端に静寂が押し寄せる。シモンは口布を取り外し、スピリットタンのような舌を出す。ペロペロと舌を動き、何かを探っている。魔力探知をより鋭くする。


「あそこにいる。」


ウラドは闇に指差す。ヘレナは眉間に皺を寄せ、凝視する。その時、シモンはハッと上を向く。ヘレナは叫ぶ。


「ダミーよ!!」


刹那、天井の暗闇から飛び出してきたのはシモンだった。こちらのシモンはすぐさま杖を太刀に変形させ攻撃を弾く。距離を取るシモンの複製体にウラドはすぐさま壁と床を隆起させ棘の壁を形成した。ウラドは鋭い面持ちで言う。


「シモン、恐らく壁は破壊される。そしたら、ヘレナの防御を信じて行くんだ。いいね?僕も行くから。ヘレナ、僕に支援はしなくていい。」


ヘレナは驚いて聞き返す。


「いいの?」


「あぁ、僕は死なないからね。」


ズドォォォォォォォン!!!!


シモンは目を見張る。光線のような攻撃魔法。一般攻撃だが、威力がある。自分ではどうにもできない。棒立ちになるシモンの前に、ヘレナは瞬時に杖を構え、防御結界を展開する。


ガギィィィィィン!!!


魔法が飛散する。あちこちの壁が崩れて行く中、ヘレナは2人の肩にトントン、と杖を当てる。


       【密着型防御術式(ビレアムルバーミュ)


「密着型防御結界よ。死にはしないと思うから。」


「了解。」


闇を睨む。恐らく後衛は1人、それもシモンのアクロバティックな動きに反応できる冷静な人物。思い当たるのは1人しかいない。ヘレナは緊張で杖を強く握り締めすぎている。だがシモンは剣を構えたまま、冷静に闇を見据えている。相手が誰であっても攻撃できる判断がまだ無い。ウラドは闇を睨むと、闇からまた攻撃が繰り出される。ウラドは攻撃を弾き闇の中に一撃を放つ。弾かれる音がすると、シモンは突撃する。太刀から大剣に変形し、確実に大きな一撃を加えようと構える。だが向こうのシモンも同じ計算のようだ。2人は壁を走り、空中で剣を重ねる。ウラドは思考する。魔力探知からして向こうは2人、こちらは3人、防御に関して専門家がいる。向こうは防御もこなす必要がある。だとしたら、取る選択は。ウラドには一つしか思い浮かばなかった。


ズドォォォォォォォン!!


攻撃はウラドヘ飛ぶ。だが攻撃はクイッと天井とで分裂し飛び、彼女めがけて飛び掛かる。2人は同時に互いに向き合い防御を施す。飛散した攻撃を見て、彼女は肝を冷やす。ウラドはすぐさま闇に向き直し詠唱する。


      【固める魔法(ストュルーピオ)


ウラドは魔力探知を一瞬行う。


「よし、固まった。」


彼は魔法が途切れる前に攻撃を放つ。その時、複製体のシモンが盾に変形させ攻撃を弾く。そして、すぐに大剣へ変形、そして、左手で小さめのダガーナイフをシモンに投げる。シモンはヘレナのバックアップの元攻勢であった。複製体のダガーナイフを大剣で弾くと、そのまま振り下ろす。避けられるとすぐに剣にに変形させ切り上げをかます。サーベルを弾き飛ばすと優雅に首を串刺しにした。払い斬りにすると、複製体のシモンもばたりと倒れて足りを出し始める。シモンは冷たい暗殺者のような目つきからすぐに笑顔になり、駆け寄る。ヘレナは息を整えながら杖を撫でる。


「逆探知されたと聞いた時は流石に死ぬかと思ったわ。シモンもお疲れ様。」


シモンはグッと親指を立てる。ウラドは消えて行くシモンの死体の側に、モゾリモゾリと這いつくばりながら近づくアルバートを見る。闇から出てきた彼は左半身が消し飛んでいる状態でも、なお彼を気にかける。その様はたとえ偽物であっても悲しく思えた。ヘレナはアレを見て少し気が引けた顔をして言う。


「偽物のくせに何だかこっちが辛くなるわ。」


「恐らく複製した人物の思考に則っているんだろう。ふたりは先に行って。」


シモンは悲しげな顔でアルバートを見つめた後、ヘレナに促されて奥へと進んでいった。姿が見えなくなると、ウラドは複製体を見る。シモンはアルバートの方に首を向けて手を伸ばしている。アルバートは右手でシモンの塵になっていく首元を抑えている。労い合うその眼差しは本当に愛があり、心があるようだった。ウラドは震える唇を噛む。


ヘレナはシモンの背中を撫でながらウラドのあるであろう闇を見る。その時、パッと明るい光が明滅した。

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