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彷徨える貴方  作者: 黒井基治
第2章 2部 北の大陸 魔導試験編
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第41話 幾重の塔 1

ユリウルス暦 876年 2月 6日


3週間後、蠅の班と龍の班は幾重の塔の前で集合していた。皆々重々しい空気の中、互いに杖を撫でている。ウラドは集まって面々を観察する。今のところは龍の班しかいない。アルバート達はどこに行ったんだろうか?


「集まったか。」


アルバートがシモンと共にやって来た。アルバートは一見すると単なるクラシックな杖をついて歩いているが、グリップはサラザールの爪、シャフルはドュルーガルの鱗、そして杖先もサラザールだろう。随分と高級素材を使ったものだ。お手付きのシモンの腰に掛けられた杖はティナと同じオメリアの眼だ。銀のようにギラギラと輝いている。


「アルバート、他の−−」


コンコンコン!!


騒々しい塔の周りの魔導士たちを鎮めると、ある女性が先頭に立つ。細身で長身、いかにも戦闘慣れしたような鋭い目つきの空色の髪の女性だ。


「2次試験を担当する【リリス・バーマッシュ】だ。今回の試験内容を説明する。」



語気を強めて彼女は言う。もしや、試験監督は性格に難のあるものばかりなのだろうか。耳をよく見ると、片方が千切れてはいるが、エルフ特有の尖った耳が見える。それを認識できたのはウラドの他にもいるらしく、気付いたものは少しどよめいていた。エルフの女はカッとその方を睨みつけると、者者は黙り込んだ。女は杖を地に叩きながら説明を始める。


「内容は、『幾重の塔』の攻略だ。全五階層を攻略したチーム全員を合格とする。尚、チーム同士の殺し合いは禁止とする。最上階の奥には部屋があり、そこに入れば魔力探知術式で把握可能なので、私は帰る。では。」


「質問。」


言い切った矢先に生意気な声がしたのか、リリスは顰めっ面でその方を見る。先にはやはり生意気に手を挙げる黒髪の男がいる。赤目の蛇のような男だ。リリスは杖をつきながら彼の方を向き、顎で促す。ウラドは小娘風情がと思いつつ、表面的な礼儀を保ったまま言う。


「怪我人や脱落者はどうすれば?」


「捨ておけ。」


悪びれもない、切り捨てる言葉に、魔導士たちはどよめくどころか黙り込んでしまった。静寂が嫌悪感と共に包む中、リリスは淡々と受験者たちを見下すように吐き捨てる。


「皆勘違いしているな。ここは1級試験、死ぬ者は愚か者という事だ。その運命の中で死ね。以上だ。健闘を祈る。」


リリスは杖をトンッと突くと、消え去ってしまった。術師めすぐそうやって転送術式でどこぞへ行ってしまうのだから嫌になる。追いかけられないではないか。呆れて杖を握ったまま荒々しい溜息を吐くと、アルバートは鼻で笑いながら言う。


「エルフって本当に喧嘩腰というかなんというか。」


「君だって同族だろ。」


ウラドが言い返すと、またアルバートは笑った。


「確かに、クセの強い奴らばかりだったな。」


「にしても、他の奴らは?蠅の班は?」


「奴ら断って来た。他に当てがあったりだそうだ。まぁいいだろう。行こう。」


「あ、あの!」


アルバートが歩き出した時、後ろで怯えていたミフェナがある銀製の腕輪を差し出しながら言う。


「これ−−−監督官がリリスと知ってから作ってたんです。聖典がなくても治療魔法などが使えます。あと、通信術式も付与させてあります。」


ミフェナが手渡して来た腕輪は紫の植物紋様が美しく光っている。皆々それを受け取り腕輪につけると、互いの魔力がより明瞭に感じ取れた。


「ありがとう。ミフェナ。君の術式は本当に助かる。」


「いえいえ!通信術式も探知術式も、元は術師ベリアールの産物ですから!さすが、古代の天才は凄いですよね!」


ミフェナはまるで歴史書にある人物に思いを馳せるように言うが、実際彼は表に出ていないだけだ。軽く微笑して振り返ると、ティナはシモンに髪を高く結ってもらいながら、真剣そうに言う。


「頑張りましょう!!」


ウラドは頷く。シモンも結い終えるとティナの匂いを覚えようと舌を出していた。彼が匂いを覚えようとしている中、蠅と龍は塔の中に最初に入って行った。


塔の中の廊下は極めて高く、長い。薄暗く、何があるのか定かではない。微かな蝋燭だけが延々と向こうは続いている。アルバートは右側で寄り添うシモンに言う。


アルバートはその杖で道を探るように歩いている。ミフェナは少しオドオドとしながら言う。


「もしかして、アルバートさんは、目が悪いのですか?」


「あぁ。盲目でね。シモンの片眼を借りているんだ。」


「なんじゃ!ヘビ!お主、『契り』を交わしたのか?!そこのエルフと!!」


トウカが叫ぶ。契りとは、いわば互いに肉体や生命力を与え合う、一蓮托生になるということだ。つまり、相手が死ぬと、片方も死ぬと言えことだ。にしても、どうやら2人はアルバートの正体にいち早く勘づいていたようだ。アルバートは右目を軽く触れながら念を押すように諭す。


「あぁ。だが誤解しないでくれ。強制的にやったわけではない。今回は、僕の術式の一部、聴力の一部、声帯の一部に対しシモンの片眼の視力を対価にしているし、これに関しては申し訳ないとも感じている。」


確かによく見ると、彼の目は淡い緑の目だが、白濁している。アルバートはシモンの左腕に寄りかかる。あの2人、種族が違う状態でここまで関係性を発展させられたのは、本当にどのような過程があったのだろうか。ウラドの中で、少し興味が湧きつつあった。それがなんだかベリアールに似てしまったようで最悪だ。ミフェナは少し言葉を選ぶように覚束無い様子で前を警戒している。


「声帯というのはどう言う事でしょうか?」


ミフェナが尋ねると、アルバートはシモンを見上げるように優しい目で見つめる。シモンは反対側にいるミフェナ含め全員に見えるように布を外し、口を開ける。まるで塩酸を喰らったかのように頬は爛れ顎は砕け散ってガグンと開いてしまった。それを見て皆は酷いものから目を逸らす。だが唯一トウカとセナは怒りに満ちたような顔で言う。


「人間にやられたのか?!ヘビ!」


トウカは怪我をした我が子を見た親のように落ち着きを失う。セナはトウカが馬鹿なことをしないようにと腕を掴みつつ、アルバートに問う。


「一先ず、その傷ではワシらでもどうにもできん。アルバートとやら、お主、声帯を与えたというがどういう事じゃ?」


「僕の声の高さの一部と言ったほうがいいかもしれない。シモンは顎の骨などがダメになっているから実質話せない。怪我を肩代わりできるならしてやりたいが、生憎そうする術式がない。故に、シモンの首元のチョーカーの金属部分が彼の魔力に反応して声−−即ち音として発するようにしてある。会話は難しいが、反応ぐらいはできる。」


はっきりと言い切ったアルバートの声を聞き、ミフェナ含め人間はただ申し訳ないと俯くことしかできなかった。トウカは同郷の者の仕打ちに哀れみの目を向ける。ウラドは俯きながらも、今後のことを考えねばと頭を働かせていた。


「取り敢えず、今は試験を考えないと。」


「そうですね−−−−塔の構造はどうなってるんでしょうか?」


ティナも杖を片手に辺りを見回す。暗い天井が覆っていることぐらいしか分からず、最早どこを歩いているのかすら見当も付かない。トウカは何か言いたそうに口を開けたが、セナが軽く腕で小突いた。もどかしそうにする中、シモンはアルバートに引っ付きながら、コソコソと耳打ちする。アルバートは頷く。


「とりあえず、進むほかあるまい。シモンは蛇の特性で敵の場所が把握できる。空間記録術式(マッピング)で進むぞ。」


それからというもの、蠅と龍はあちこちを歩き回り、地図を更新させ続けた。大きなガーゴイル、国王だったものの石像など、古代の國の状況がなんとなく想像できる。ふと奥へと進むと、広間の様な場所にたどり着いた。円形広場の端には忌々しそうな小悪魔の石像、奥には大扉が待ち構えている。他には何も見当たらない。ここだけやけに明るい。アルバートはシモンから少し離れると淡々と指示する。


「恐らくは2階へ続く階段だろう。シモン、先へ行ってくれ。ウラドはティナと前衛、ミフェナは僕と共に後衛へ。」


「はい。」


ミフェナはアルバートの隣へ駆け寄る。ティナとウラドは2人の前に立つ。シモンは陣形が逆三角形の様になるのを見た後、大扉の方へ向かう。


トントントントン––––


シモンの金属と分厚い革の接触音が響く。大扉は魔力に反応して開かれる。シモンが手を伸ばした時、確かに、何か目覚める感覚がした。ガーゴイルがゴゴゴゴッと石を削る音を立てながら、シモンを上から睨め付ける。ウラドは叫ぶ。


「ガーゴイルでは無い!!石像もどきだ!!」


ギャァァァァァァ!!!


石像もどきはウラドの声に呼応し甲高い叫びを上げる。シモンは腰に下げていた杖を剣に変化させる。奴の鍵爪がシモンの剣と押し合いをする。ウラドは押さえ込んでいる間に小さな声で詠唱する。


            【串刺しにする魔法(ドゥルゴヴィシュテ)】


石像もどきの足元に石の棘が隆起する。奴は重さに見合わず軽々と飛び上がると、ウラド目掛けて魔法陣を展開し、禍々しい光線を放つ。


「ティナ!!」


ウラドの合図とともにティナは光線目掛けて高く飛ぶ。杖で盾を形成し、それを覆う様に防御結界を展開する。奴の攻撃は結界によって辺りに飛散する。また魔法陣が展開されると、ティナは直ぐに盾を鋭い槍に変形させそのまま勢いに任せ首元を串刺しにする。砕け散った奴の首は地に堕ちる。一方奴の他にも石像もどきは発動しており、そやつらはシモンを囲んでいた。シモンは杖を大きな斧に変形させ思いっきり振り回し一掃する。腕が飛んでもなお奴らは魔法陣を展開する。その時、ミフェナはすかさず杖をシモンの方へ向ける。すると、防御結界はシモンの背後に展開させる。弾かれた拍子で隙ができた石像もどきに、ウラドは岩を隆起させ串刺しにした。石像は体を真っ二つに砕け落ちた時、アルバートは前衛の完璧に近い連携を自慢げに見ていた。


「ミフェナ、他敵は?」


「ありません。殲滅しました。」


皆は広間を見る。砕け散った石像もどきは微かに動きながらも、もう手も足も出ない様だ。シモンはサッと手を大扉に翳す。すると扉は重い音を立てつつ開かれる。その先はまた同じ様な暗い螺旋階段が見える。アルバートは冷静に言う。


「一先ず、対処はできた。様子を見るに、最初の一階層突破だろうな。」


「おいおい、俺たちもいるぜ。」


ふと背後から高らかな青年の声がする。振り返ると、いかにもガラの悪そうな格好のした白髪のベリーショートカットの青年がいる。彼は片足に重心をかけつつ辺りを軽く見ながら感心する。


「これを制圧したのか。スゲェな。」


「お前達も、突破したようだな。あぁ、失礼俺はアルバートだ。」


「俺はリックだ。魔人狩りをしている。虎の班だ。こいつらは部下だ。」


リックは背後の男女を軽く紹介した。皆狼の様な鋭く冷たい目で睨みつけている。リーダーはこんなにも調子の良さそうな男なのに、とウラドはやけに可笑しく思った。リックはアルバートと会話をしている間、他の面子は壁際に座り込む。こうしている間にも他のチームも集まりつつあった。ウラドは班の皆と一緒に壁際に座っていた。アルバートはどうやらリックと何かしらの交渉をしている様だ。その時、腕輪から声がした。


「協力者が増えたぞ。ミフェナ、腕輪の予備は?」


「ミフェナです。えっと–––腕輪はありませんが、代わりのものがあればそれに付与しますよ。」


「了解。では全員来てくれ。」


アルバートの端的な指示により、皆は入り口付近に集まった。アルバートは円になった皆を眺めながら言う。


「これから、蠅、龍、虎の3班で行動する。その時に–––––」


「あ゛ぁぁぁぁぁぁ゛ぁ゛!!!!」


静けさのあった広間を切り裂く様に悲鳴が響く。一気に緊張感が高まる中、全員が広間の入り口を見る。そこには無惨に斬り殺された術師が1人と、そこの側で混乱した様に跪き恐怖の顔を見せる者だった。皆が緊張感で杖を握りしめる。誰も出てはこない。シモンはアルバートを見る。彼もシモンに頷く。ウラドは姿に察した。


「支援する。」


ウラドとシモンは互いに武器を構えながら入り口にジリジリと近づく。闇は異様な雰囲気を放ちながら静寂を貫く。


シモンの足先が小石に当たる。シモンは一瞬だけ、地面を一瞥した。


シュッ!!!


刹那、シモン目掛けて何か鋭利なものが迫って来た。


「シモン!」


ウラドは叫び、シモンの眼前に防御結界を展開する。


カキンッ!!


シモンは間一髪結界によって難を逃れた。彼の驚きに満ちた目の先には焼かれる前の陶器のような色をしたシモンがいた。シモンは淡々とした顔でまるで蝋人形のように顔色ひとつ変えない。ウラドは唇をかみながら杖で振り上げる。するとまた地面が棘状に隆起する。シモンらしき人物はそれを軽々と飛び避ける。ウラドは驚きを隠さなかった。


「ウラド!!」


アルバートは叫びながら走り寄り、杖で地面を突く。すると、広間の入り口を覆うようにして防御結界が展開される。シモンらしき者が突撃すると、弾かれ体勢が崩れる。ウラドはすかさず詠唱する。


     【空気を射出する魔法(エアフルトゥカ)】


するとシモンらしき者に空気方のような見えない塊が射出される。だが彼は腹に風穴をあけて吹っ飛んでもなお、体勢を保つ彼を見て、ウラドは流石にそのタフさに感心する。その時、闇の向こうから棘の岩が迫ってくる。シモンとウラドはすかさず距離をとる。


パリーン!!


結界が破壊された。となると、敵が来る。闇から、続々と陶器色の偽物が押し寄せてくる。奴らは見知った魔法で広間を蹂躙する。悲鳴、切り裂かれる音、すり潰される音、あらゆる惨たらしい音が響く中、リックは怒鳴る。


「そいつはすぐには殺せねぇ!早く来い!!」


ウラドはシモンの腕を引いて奥へと全力疾走する。道中凡ゆる攻撃が牙を向いたが、ウラドは互いに防御結界を展開して走ったので無傷だった。集合すると、トウカは慌てた様子で言う。


「あやつら硬いんじゃが!!どうするんじゃ?!」


アルバートは叫ぶ。


「ミフェナ!結界をここにも展開しろ!そしたら足止めはできるはずだ!」


「−−−−!!はい!」


ミフェナは覚悟と恐怖が混じる顔で答えた。結界が展開されると、奥へ走るウラド達を呼び止めようと何人もの魔導士が泣きながら叫んでいた。悲嘆の声が、段々と潰されていく。ティナは懺悔の気持ちで顔が歪む。気の毒だが、こうでないと生き残ることはできない。ウラドは歯を食いしばって彼らの声を無視し続けた。業火が爆発音と共に轟くのが最後の音だった。結界を叩き割ろうと軋む音がする。この壁も揺れるほどの威力だ。セナは言う。


「リックとやら、お主『アレ』が何なのか知っとるのか?」


「−−−アレは『マンティコラス』だ。」


「マンティコラス?マンティコアの派生か?」


「いや違う。それは北の呼び方だ。マンティコラスは西の呼び方だ。元々は人を真似する魔物からきているが、古代ではそういう魔物の能力を真似する魔法が多く作られた。」


ウラドは引き攣った笑みを浮かべる。


「なるほど。塔の宝をせしめる輩対策か。随分なものをこさえたものだよ。」


パリーン!!!


ティナは背後を一瞥する。破壊されたようだ。ここまで辿り着くのは恐らく時間の問題だ。その時、彼らの眼前に幾つかの分かれ道ができてしまっていた。皆は回しづらい頭を無理やり回転させる。ミフェナは叫ぶ。


「わ、分かれるしか!」


リックは言う。


「よし!取り敢えず行くぞ!」


混乱と恐怖、焦りの中、魔導士達はバラバラに離散した。ウラドは真っ直ぐに走った。暗闇の中を、ただ只管に。




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