第40話 蛇の会合
さて、日が昇り、都市の中では店支度を始めているのかドアの開閉やパン屋の竈門の火の迸る音もしている。静かな活気が出てくる中、ウラドはむくりと起き上がった。まるで天命を授かったように目覚めが良かった。昨日はあれほど疲れ切っていたというのに、こういう時だけ疲れは早く取れてしまう。彼は時計を見る。深い茶色の時計は5時を示している。
ウラドは左隣のベットを見る。ティナは布団を蹂躙していた。こうも大胆に大の字で寝られるとは、ウラドは猫が仰向けで寝ているように思えた。だが流石にこれでは北の寒さでダメになる。ウラドは一度彼女の布団を救出しようと引っ張るが、最早ダメであった。致し方ないので自身の温もりの残った布団を被せ、諸々の身支度は整えた。今日は試しに髪型をハーフアップにしてみたが、我ながら良い。ウラドは部屋を巡回する。彼はやっとキッチンを見つけた。いやはや狭すぎて単なる棚か何かだと思ってしまった。ウラドは買い出した食材を氷室の中に入れ、コップに水を入れ、氷の魔法で冷やす。また少し熱したのち、コップから氷を取り出し、氷室に入れた。ふと思い出した。
「パン買ってないな。」
気怠げにあくびをしながら、財布などを取り出そうとまた寝室に戻る。すると、ティナのベットの上に蛇がいた。そこまで長くはないが、赤い蛇だ。ウラドは一瞬ギョッとするも、嫌々な顔で近づく。
「窓からかな。」
ウラドは蛇に顔を上げさせる隙も与えず尾を掴むとブンブンと振り回しながら外に放り投げた。そして少し怠い身体を奮い立たせ、財布と鞄を持って宿から出た。その時、ドアの下部に設置されたポストから青い封筒がひらりと落ちた。
都市は未だ静寂の活気を見せていた。とは言っても、観光客がいないだけで、店を構える人間たちは既に眠気なんてものは捨て去って、昼間のような振る舞いだ。ウラドは慣れていない都市の中を右往左往しながらパン屋へ向かう。パン屋は比較的わかりやすい。竈門の音、小麦の匂いで何となく場所がわかる。ウラドはパン屋の前のテーブルに置かれたパンを眺める。ティナはパンの好き嫌いがある。硬いパンが好きらしいので、彼はブレッドを一斤取る。他にもパン菓子が欲しくなった。故に彼は端の方に置かれたジャムのついたパンに手を伸ばす。すると、他にも手が伸び、思わず重なる。骨ばった大きな手だ。ウラドはその手を辿る。そこに居たのは浅底の藁カゴを手に下げた赤髪の男だった。キッチリとした黒のコートに黒のズボン、腰にはジャラジャラと鉄製の短い棒がぶら下がっている。無愛想な様がまるでロキの様だ。加えて口にまで布で覆い隠しているのはまるで暗殺者だ。蛇の赤い目が強烈な異色を放っている。蛇の亜人か。男は一礼する。ウラドもようやく自我を取り戻した。ウラドはずっと手を引っ込め、他の菓子を手に取る。
「構わないよ。」
ウラドは手を引っ込め、取る様に促すも、彼はこちらを凝視している。ウラドの頭ひとつ分大きく、ガタイのいいい体格で見下ろされると、流石に圧迫感がある。それに、じっとこちらを見るのは本当に気味が悪い。その時、男はポケットから指輪を取り出して掌で見せた。蠅の紋章。ウラドは手をクッと止め、男を目だけで見る。まさか、こいつもか。ウラドは少し嫌に思えたが、確かに魔力の練度を鑑みるに術師としてはまだまだだが、下手に手は出したくない。それも、冷静で頭のキレる者のような気がした。ウラドは女主人に籠を手渡し、言う。
「もしそうだとしたら、君は何をするんだい?」
男は口すら動かさず、右手で招く様な仕草をしてみせた。男も籠を手渡すと、同時に金の封蝋の判を押された青の封筒を取り出した。魔導教会のものだ。まさかもう来ていたとは、と言うより、郵便入れを確認していなかった為、ウラドは目を丸くした。2人は早々に会計を済ませると、店のすぐ隣にあるテラス席に座った。ウラドは足を組み、少しぶっきらぼうに言う。
「それで、内容は?」
男は何も話さない。だがジッとウラドの目を見ていた。来るように言っておきながらこの態度、ウラドは痺れを切らして悪態をつく。
「何か言ってよ。寝起きでパン買いに行ったから内容も何もわからないんだよ。」
男は一通の紙を差し出す。先ほどの封筒ではない事から、あれは単に話の切り出し程度の役割であろう。にしても、何も話さない気だ。この様にさらに腹立った様子を見せると、男は布を外して口を開けて見せる。ウラドはゾッと顔を歪める。痛々しいなんて言葉では表せられない。惨すぎる。亜人は獣人と酷似している事から人間から辟易されているが、特に蛇は聖典では人間を誑かす生物として扱われる事が多い。何があったのかなんてことは察するに余りある。ウラドは小刻みに頷きながら言う。
「それじゃ話すことすらできないよね。––––ごめん。」
男は気にしてない様に首を振りながら手を翳す。ウラドは言われて通り差し出された紙を開いて見る。
『今いる亜人は【シモン・ルーウィッシュ】で、蠅の班の1人である。さて、本題に入ろう。試験内容は不明であるが、参加条件として各々ひとつのチームと合併する事が必須となっている。と言うわけで、手を組もう。殺し合う必要も無いため、手数が多い方が両者共に楽であろう。では、良い返事を期待している。
アルバート・ルーウィッシュより』
ウラドは鋭い目つきになる。
「まぁ−−−−僕は別にいいよ。でも他の面々はいいの?」
ウラドがパン菓子を手に取ると、男は足を組み、OKサインを見せる。ウラドはふぅんと鼻を鳴らしながら菓子を頬張る。ウラドは男を一瞥する。シモン、彼は礼儀は知っている様ではある。アルバートとと言う人物の存在が気になる。ウラドは言う。
「手紙のアルバートと君は、チームメイトという以前にどう言う関係なんだい?兄弟?」
シモンは空を見上げたのち、閃いたように目を丸くすると、左手を見せてきた。黒の革手袋を前のめりに乗り出してよくよく見ると、確かに白の宝石が嵌め込まれた指輪がある。ウラドは椅子に勢いよくもたれて言う。
「なるほどね、番か。でも男同士の結婚なんて初めて聞いたよ。まぁ、どうでもいいけど。お幸せに。」
ウラドは立ち上がりテラスから立ち去る。シモンは指輪を愛おしそうに数秒眺めた後、すぐさま立ち上がり、ウラドの隣に立つ。突然の挙動にウラドは戸惑ってたじろぐ。シモンはその行動が理解できないように見下ろし目線で追う。どうやらついて行きたいのだろうか?にしても口がきけないと言うのは不便でならない。それだけで奇妙だと思えてしまうからだ。ウラドは指輪をちょこんと持っているシモンを頭から足先まで一先ず見ると、手で招き共に歩き出した。シモンとウラドは頭ひとつ分ほどの差があった。都市を歩き回っていると、もう既に日が昇ってしまっているのをやっと認識する。建物の影から抜け出そうな時、一瞬、シモンは立ち止まる。ウラドは微かに踏み出しが遅くなった事に気がつき彼の方を見る。彼は日を一瞥するも、すぐに歩き出そうとしていた。ウラドは彼の様子を見て直ぐに理解した。そして傘を召喚して開く。
「蛇は日光に弱い。それは亜人も例外では無い。使うといい。僕も日光には弱いけど、今はもう慣れたんだ。」
シモンは傘の凹凸のある木の持ち手を持つ。白いレースのついた女物の傘だ。体格のあるシモンが持つと違和感でしか無いが、当の本人は気に入ったのか持ち手で傘をクルクルと回す。これで漸くシモンは日の下を歩き出した。
さて、魔道士試験の受験者達は受験級によって異なる宿に停泊している。ウラド達1級受験者は紫の壁の宿に停泊することとなっている。ウラドがドアを開けて入ると、中には広々とした談話室となっている。暖炉の前のソファには大仰に座り談笑する男女もいる。何人かは入ってきたウラド達を一瞥する。シモンは傘を閉じると、ウラドに返そうとする。だが、ウラドはその傘が忌々しくてしょうがなかったので手を翳して言う。
「気に入ったんでしょ?あげるよ。僕はもう必要ないから。」
そう言い、ウラドは遠回しに嫌いな傘をシモンに押し付ける。シモンは気づく事なく、寧ろ少し遠慮するように傘を握ったが、直ぐに一礼した。筋肉質な男からの一礼は少し怖い。2人は談話室を横切り上品に絨毯の敷かれた階段を上がっていった。ウラドの中で何故彼がここまでついてきているのかはわからなかったが、恐らく部屋に戻るのだろうと勝手に思い込んだ。ウラドは一番端の部屋である205と言う金の看板のドアを開ける。シモンは未だ隣にいる。少し鼻で息を吐いてドアを開けると、部屋にはティナが紅茶を用意しながら待っていた。彼女はこちらを見て尾を振りながら言う。
「ウラドさん!お帰りなさいです!」
彼女の背後の椅子には誰かもいた。災難だ。他人がいるだなんてなんと言う事だ。今直ぐ帰って欲しい。ウラドは少し嫌そうな顔をしながら部屋に入る。シモンも伴って部屋に入る。ウラドはパンをキッチンのほうに置いていくと、テーブルの青年に話しかける。青年は金髪の三つ編みで、中性的なスーツが特徴的だ。彼は足を組み頬杖をしていたが、シモンと目が合うと仏頂面ではあるが、安堵の声で言う。
「シモン。お使いご苦労。」
シモンもニコニコで青年の元で抱き締める。すると、シモンはウラドを指差して何か訴える。アルバートはまぁ、と驚く。
「朝尋ねに行ったら振り回された挙句に窓から投げ捨てられたのか?災難だったな。」
ウラドはもしやと腕を組んで言う。
「もしかしてだけど、あれ君なの?」
シモンは涙目で頷く。まるで謝れと言っているようだ。ウラドは軽く一礼すると、シモンはすぐにニコニコとし出した。話の腰を戻そうと、ウラドはまた言う。
「それで、手紙のアルバートは君だね?」
青年は跪いて青年を抱き締めており、青年は彼のサラサラな髪を撫でている。撫でながら彼はウラドにまるで見せつけるように上目で見る様が腹立たしい。だがふと金の髪の隙間から小さく尖った耳が覗く。あれは、『エルフ』か。南の大陸の原住民であり、多大な魔力を保有する最早不死に近しい存在だ。彼はシモンから少し離れると、また頬杖をして素っ気なく言う。
「そうだ。俺がアルバートだ。その様子だと了承でいいんだな?」
低く唸るような声だ。声からして中年とも取れるが、肌の様子や体格からして単に声だけ老いたのだろう。ウラドは素っ気ない態度で言う。
「ひとつ聞きたい。何故僕達なのか。他にも合格チームはいたろう?」
ウラドは神妙な面持ちで椅子に座ると、アルバートはシモンとテイナの分の椅子を召喚し腰掛けるように促した。2人が互いの隣に座った時、4人はちょうどテーブルを囲むようにして座っている。アルバートは前面にあるウラドに言う。
「僕が君たちを選んだのは、君たちが物凄く興味深い結果を残したからと言うのと、単純に敵に回したく無いからだ。」
「と言うと?」
「シモンは蠅の塔だった。つまりはお前達と敵対関係だった。今回は運良く合格できたけど、シモン含め他のチームメイトからの話を聞く限り、お前達は他の連中よりも遥かにスペックが高いし、異質だ。ミフェナ2級魔導士も地雷式防御結界を作った本人でもあるし、あの龍の双子も、阿吽の呼吸だった。特に−−−−特にそこのティナなんてもはや天才だ。他の班を1つ陥落させたそうではないか。」
ベラベラとアルバートは喋る中、ティナは恥ずかしげに尾を振って照れる。シモンもアルバートの意見には頷いて反応している。ウラドは頬杖をして視線を下に逸らす。
「天才−−−か。まぁ確かに、ティナは身体能力において恵まれている。魔導士は脳みそが強い分肉体面はてんでダメだ。ティナとは相性が悪い。」
「その通り。故に、我々の弱点を補えると言うわけだ。」
「シモンからは、他のチームメイトも承諾していると聞いたが?」
「それは事実だ。」
「試験に関する情報がないみたいだね?」
「あぁ。だが、一つだけ、情報はある。」
「それは?」
「試験監督だ。今回の担当官は【リリス・バーマッシュ】。彼女の試験では受験者の大半又は全員が死亡している。つまりは、そう言う事だ。」
下手をすれば全滅がありうる。単純ではあるが、異様な重さが静寂に包まれた中彼らを押し潰そうとしている。ティナは絶望と恐怖、不安の感情で入り乱れていた。ウラドとアルバートは同じ冷徹な目でにその事実を噛み締めていた。




