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新装版 傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
【__小鳥の束の間の平穏__忍び寄る闇__】
86/133

Episode85・(Waka. Misaki father Side)

 


 警戒心が募り

疑り深くなってしまったのは、何時からだろう。




 未だに心に植え付られた人に対しての不信感、物言わぬ無気味さ。

人の言葉を安易に信じられず裏を探りたくなるのは、

あの時の恐怖心からの傷のせいなのか、癖のせいなのか。






 穏便に済ませたつもりだけれど、美岬は納得したのだろうか。

それとも自分自身への恨みから、まだ考えている事があるのだろうか。

けれども


 (私はもう、関わるつもりはない)








 国立大学を首席で卒業した和歌は

推薦でインターナショナルの通訳・翻訳専門の大手外資系企業に内定を貰う事が出来た。

その会社が母が勤める系列の外資系の通訳・翻訳を充填に置く新会社と知ったのは入社後だ。

 


 そのまま就職し、地道にキャリアを積みながら10年間を歩んできた。




 大学3年からの就職活動の際、

エントリーシート、履歴書を書いた瞬間、

埋める事が出来ない空白の欄を見詰めた時

自分自身とその人生が空っぽでどれだけ虚空で無感情なのかを痛感した。




 母の仕事の都合で、転勤族で転々とした地は、数知れず。


小、中、校を転々し様々な地の学校名の学歴、

誰も知らないが心を閉ざし、人知れず殻に籠っていた経歴の裏側、

リモートでの主治医・遠藤の診察。






 だからこそ、

和歌は、自分自身を知らない所を求めた。

仕事でのキャリアを着実に身に付け、勤めて数年が経つ頃には


海外赴任を任される重役ポストに着き、

海外と日本を往復する日々が定着化し安定し始めた。


 最初こそはPTSDを抱えている影響で、

不安に思う気持ちが大きいものだったが、塵も積もれば山となる。

自身を抱き始めた刹那、



(____私を、知らない人がいる場所が行きたい)




 誰も自分自身を知らない人間が居る所へ。

その感情の存在に気付いた時に日本よりも海外に目を向けた。


 海外では自分自身の素性を知る者はいない。

そんな中に紛れる事は出来ないか。




 通訳・翻訳者となれば、

海外と見知らぬ人達と出逢う機会しかないのだ。

危険はあるかも知れないが、13歳になる年に経験した誘拐事件

が日本では尾を引く。

 

 数ヶ月、数年、仕事をこなせば、

そのまま仕事での契約が切れ、余程の偶然がない限り。

その人とはもう出会う事はない。






 自分自身を、知らない人達。

その人達は、自分自身を、その過去も闇も知らない。

自分自身は単なる通訳・翻訳者でしかないのだ。


 その裏側と心の奥底に隠した過去も思いも知らない。

今の和歌にとっては、合理的な職業かも知れないのだ。






 けれども、

10代の頃に植え付けられ、

染み付いた疑念・恐怖感と警戒心はもう拭えない。

現に海外での初対面の人と出会う時だってそうだ。




 ついつい無意識的に疑念を抱いてしまう。

口にするもの、触れるものに毒は仕込まれていないか。


 またあの時の様に誰かに襲われ、拐われないか。

その冷静沈着さと淡々とした無機質的な態度は、

影で和歌の事を通訳・翻訳ロボット、と同僚の間では囁かれている。


 良く言えば(きよ)く、悪く言えば取っ付きにくい。


 和歌はそんな人間だ。














 メリットとデメリット。

奥底に沈んでいる、纏わり付く様な感覚と裏を探って疑念を抱いてしまう癖。

和歌の警戒心を張り巡らしている神経は休まらない。




 ただこれまで生きてきて自身の心の奥底に

沈む闇に触れられない事だけは幸いだった。


 あの忌まわしい誘拐と監禁の期間。

9年間、闇に沈みながら心を閉ざしたまま、

自分自身の殻に籠っていた日々。




 そして、千歳賢一の隠し子という秘密も。




 19歳の誕生日を迎えるまで、

殻に閉じ籠り心を閉ざしていた傷心の少女。

けれども一度、傷付いた純粋な硝子は、元には戻らない。






 警察機関は、被害者である川嶋舞子の息子からの

事情聴取を行いたいらしいが、その青年は危篤状態は脱したものの意識不明のまま、眠り続けているという。


 進展は何もない。



刑事が大学病院のICU<集中治療室>に出向くと

川嶋廉の(もと)には、黒髪の女性がずっと傍にいる。

その華奢な背中と後ろ姿はどことなく物悲しさを現していた。








「総司、止めろ」


「美岬ちゃんはお嫁に、七美も樹神家に取られてしまう。

 このままでは千歳家は没落します。


………今こそ“あの子”を、千歳家に迎え入れるべきでは?」




 あの子、と呼ばれて、賢一は勘付いた。






「あの子をどうすると言うのだ」

「千歳家の戸籍に、兄さんの娘だと認知し、

婿養子をとり、千歳家を存続させる。


 あの子はれっきとした千歳の人間です。

千歳の務めを果たすにはきっと千歳家の血となり肉となる」




 闇色に淡い琥珀色が灯る世界で、

どことなく含みのある微笑みを総司は浮かべた。


 彼の指先___手元には数枚の写真が並べられている。

 写真の中には、トレンチコートを着た、

長髪の透明感のある薄幸という言葉と悲哀を

その端正な顔立ちと雰囲気に佇ませた女性が写っていた。


…………大人になっていた和歌は、あの頃よりも、杏子に似ていた。








「優秀な方だそうで。千歳家の娘としては相応しいのでは」



 (____気持ち悪い)


 第一に、賢一が弟に思ったのは、その感情だった。

これは盗撮写真だろう。千歳家を誇りに思うあまりに、

その感情は独り歩きしては暴走している。






「…………辞めろ。あの子は、千歳とは関係ない」

「何故です!? 兄様の娘で、千歳の血を引いているのに……」




 名残惜しそうに彼は呟き歯軋りした、

総司に対して賢一は堪忍袋の緒が切れた。

気付くと賢一は立ち上がり、総司の胸ぐらを掴んでいた。

いつも温厚さを称えた顔立ちが、鋭い刃の様に眼光が冴え、睨んでいる。







「…………あの子は、千歳が苦しめた。


あの子の心を壊したのは、この家___そして貴様のせいだぞ。

貴様があの子に傷を植え付けなければ………」


 後悔を滲ませて呟く賢一。

和歌を千歳家を連れてくる事に失敗した事に、

総司は後ろめたさを抱えているが故に何も言わない。


 秘密裏に知った和歌の過去を、無視できなかった。


 誘拐・監禁の代償に、憔悴仕切った心の治療に費やし

悲しみと絶望、孤独から人生の大半を奪われたのだ。


今もPTSD(心的外傷後ストレス障害)等の症状に苦しんでいる。




「きっかけを生み出したのは、貴様だ。

貴様のせいで、あの子の人生や心は衰弱し憔悴した。


…………何も悪くないのに」






 そう思うと賢一にとって、

きっかけを生み出した総司が憎くく映っていた。

総司は唇を噛み締め俯いたまま、俯いている。





「罪の意識も無いんだな。

あの子にとって、千歳家は毒でしかないだろう。


___此方としては平穏を願うしかないんだ」




 冷たい声音。冷めた眼差しに総司は言葉を失った。






 解ってた。

愛した女性の娘が、自身の娘の苦しみ生きている。

愛していた女性の娘だからこそ、尚更に罪の意識を感じた。




 千歳家のやり方は間違えている。

泥にまみれた、この家を終わりにしてしまいたい。

賢一はここ最近そう思う様になっている。


 だからこそ、

もう一人の愛娘・美岬を嫁に出し実家から遠ざけた。

美岬は千歳家で育った故に、千歳の闇を間近で見せてしまった。


 少女にとって心は不自由さと、不条理さで満ちていただろう。




 千歳の煮え湯を呑ませ、苦しめてきた。

 美岬だって千歳が毒として絶望を抱いた事もあるだろう。




 美岬の幸せを祈りながら、千歳家の檻から離した。




 水瀬和歌に対してももう千歳家の檻に近づけたくない。

また彼女が傷付いている事は目に見えているのだから。



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