表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新装版 傷付いた鳥籠が壊れるまで  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
【__小鳥の束の間の平穏__忍び寄る闇__】
81/133

Episode80・(Waka. Ren Mother Side)



 『実の息子を殺害しようとしたとして、

◯◯県警は、母親である川嶋舞子容疑者を、現行犯逮捕致しました』




モニター越しに、張り詰めた神妙な面持ちでアナウンサーは告げた。





 あの時、和歌の119番と平行して連絡した110番により

駆け付けた警察官により、舞子は、息子の殺人未遂により現行犯逮捕。

廉は消防により直ちに大学病院へ緊急搬送された。








『____川嶋容疑者は、黙秘を貫いているとの事です』



(今更、黙秘を続けて、逃げて、何になるというの?)



世間、マスメディアは大々的に取り上げた。


 20年前に殺人放火事件で無期懲役の判決を受け、

仮出所していた容疑者が、今度は息子を殺めかけたという。


 こんな味のある話題は世間は、(こぞ)って

報道番組で取り上げられては、専門家の熱い討論が繰り返され

そして___20年前の事件が、掘り起こされる。












 


 あの時、闇夜で告げた青年の、怜悧な声音。



「貴女に出来る事は、一つだけです」


「……………?」

「壊れかけたものを、壊すだけです」




 自らに刃物を向けた母親に対して、

廉は冷静にそう告げた。抗いも見せないまま、彼は常に平常心を保っている。




 そして何処か悲観した様な諦観の眼差しで、

廉は母の華奢な腕に手を添えて自らの胸に持っていく。


 最初こそ舞子は茫然自失としていたが、

全てを飲み込んだ時、彼女の手は震えていた。だがもう遅い。


 「____やめて」


 切羽詰まっている舞子が、恐怖に包まれた悲鳴を上げる。

空気圧が喉に張り付いた様に掠れた声しか出せない。

額に汗を握る舞子を、廉は微かに嘲笑う。




「…………貴女が全部壊したのでしょう。


 壊れかけたものが、此処にあります」




 全ては、自分自身で終わらせばいい。

この女さえ居なければ、あの伯母にも従妹にも危害が及ぶ事はないだろう。

 

(___道連れにするしかない)




 そう悲観と絶望に満ち足りた表情と感情は、

舞子に憑き纏い、混乱と狂乱の渦に包まれている。

自分自身の居場所はない、そう突き付けられた現実に正常心を失わせた。


 だからこそ、息子に()り付いて、助けを求めた。

けれどもこんな事になるとは。


(嫌よ、嫌_____)



 グサリ、と鈍い音が、静寂の闇夜で残響する。








 気付けば、深紅に染まった世界にいた。


 深紅に染まっていくワンピースの裾。

生気を喪った白い顔で瞳を閉じ、眠っている青年。


 その表情は、

苦痛を味わった筈なのに、

何処か穏やかで安らかなものだった。




「………れ、」






 廉、と呼ぼうとする声帯が、上手く動かない。

____息子の名前を呼ぶのは、いつぶりだろうか。

伸ばした指先は震えて留まり、何故か儚げに眠る青年に触れる事が出来なかった。






 ワインを浴びた様に、広がる深紅。










「_____廉…………」


 透明感のある、何処か茫然自失とした声。



 バタンと、ドアが開いた先には、姪がいた。


 血に染まった親子、倒れている従兄、

肩を落としている叔母の手に握られ深紅色に染まった刃。

 

 和歌は従兄まで歩みを進めると、膝から崩れ落ちる。

触れた脈は弱い。

 

全てを悟り、この惨状に絶句する。

顔面蒼白になりながらも和歌は悲鳴を上げる事なく、項垂れた様に佇んだ。




「…………廉………?

消防に、救急車、呼ばないと………」


 


 震える手で

携帯端末を取った和歌の腕を、舞子は無意識に掴んでいた。

舞子の表情は怯えている。そんな行動に、

和歌は怪訝な眼差しを向け、手を()()けた。


 そして小首を傾げ

軽蔑するかの様に、悲哀の眼差しを注ぐ。






「…………廉を、このまま殺めるつもりですか?」


「……………………」




 そうだ、と言いかけた。

か弱い心が叫ぶ。壊れかけたものを壊してしまったと、

この現実を受け入れられず本当は、姪に縋って泣いてしまいたかった。

____けれど。



 

(…………このまま、解放される方が、廉の為?)


この苦痛から解放されたい、と。


 そう心が叫んでいる様に思えたから。


 廉も生きる中でそう思っていたのだろう。

贖罪の罪の意識に苛まれながら、生きる従兄にとって

現世の苦痛から解放してあげる事が良いのだろうか。


 でも、それは違う様に見えた。


 (私も、無慈悲だ)

 

 一瞬の迷い。

そう思ってしまった自身を殴りたかった。

廉の苦痛から解放されたかの様な安らか表情と

舞子の今にも泣き出しそうな表情。




「……………廉は、何も悪くないんです」


 

(__この人は、同じ事しか繰り返す事が出来ないのだろう?)


 不倫相手の次は、実の息子を。

自分自身も恐怖心に苛まれる中で、何度もそう思っていた。

悟りを開いた顔で我に返ると直ちに消防と警察に連絡した。












『____いつか、面と向かって遺族の方にお詫びするんだ』




 幼い頃、廉はそう呟いた。


 誰も謝罪に訪れていない。

それでは無礼で亡くなった人達が浮かばれない。

遺族は今も被害者家族として苦しんでいるというのに。


 誠心誠意の謝罪したい、と廉は節々に語っていた。


 天涯孤独の身となった従兄の精神年齢は、

どんどん高くなっていった。



『____貴方を、守れなくて、ごめんなさい』




 廉を見下ろして、和歌は薄幸な面持ちで呟いた。


 無機質な機械音。

様々な管に繋がれ、青年は深く瞳を閉じている。

あれから意識不明の危篤状態に陥り、lCU<集中治療室>に入院している。


 現世から解放され、深い眠りに着いている青年は、

あの時と同じ安らかな表情を浮かべている。




 まるで、苦痛から解放されたかの様に。



 

 あの日、仕事帰りに妙な胸騒ぎを感じて彷徨うの様に

歩く舞子を見付けて和歌は密かに後を着けていた。


 警戒心が働いた和歌は舞子を引き留める為に接触したのだ。




『………何処へ、向かうのです?』


 控えめに尋ねた和歌に、舞子は声を荒げる。

 

『貴女には関係ないわ、

部外者の癖に邪魔しないで!!』


そして和歌の鳩尾を、舞子は剛力で殴った後、

小走りで去っていく。


 駄目だ、引き留めなければいけない。

舞子と従兄を、今、引き合わせてはいけない。

そう思う心とは裏腹に和歌の意識は薄れ、倒れ込んでしまった。


 意識を取り戻した後に

慌てて、廉の住むマンションに向かった。


____だが、




 遅かった。


 何もかも遅かった。


 だから、あの悲劇が繰り返されてしまったのだと

そして自身の無力さに悔やまずには要られない。






 住所も知らないのに息子の居場所に辿り着いた彼女を見て、

それは親の本能か、それとも道具として、扱う執念かと

舞子のしぶとさを知った。



 母親が息子を思う心なんて、とっくの果てに消失している。


 最初から最後まで彼女は

息子は自分自身の立場を救う道具としか見ていなかった。


『息子は、自分自身の立場を救えない』と悟ったからこそ、

 殺めようとしたのか。






 真相は、あの母親と息子にしか分からない。

母親は何を思い、その狂気を前にして息子は何を思ったのか。

それは、当人同士にしか分からない、闇に葬られた出来事だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ