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Episode59・(Waka.Misaki Side)



目が覚めた時、

其処は知らない空間だった。

西洋を連想させる部屋の造りと雰囲気。


 此処には、ベッドだけの無機質な部屋。




 自身はベッドに寝かされていた。

途端に目を見開いた和歌は、呆然としている。




けれどもあの時の唯一、同じなのは、

月明かりだけが差し込む暗闇の空間。

それを悟った刹那に怒涛の様に記憶が雪崩れ込み、心に苦痛が押し寄せてきた。




(…………どうして、今まで忘れていたの……?)




 全て思い出した。

今まで和歌には『誘拐された』という事実の認識しか出来なかった。

その事実と得体の知れない恐怖心に心は蝕まれ、塞ぎ込み続けていた。




 不思議なものその誘拐された間の記憶は、

霧がかかった様に全くと思い出せなかった。


 誘拐されていた間、自分自身はどうしていたのか。

 誘拐犯とどう過ごしていたのか。

 








_____それが分からない。






9年間、現在(いま)すらも

酷い精神的な後遺症を幾つも抱えて苦しんできた。

それほどに酷い中に自分自身は居たのだと思い込んでいたのだ。


 誘拐されていた内容はどうしても思い出せなくて、

もしも思い出してしまったら、逆鱗に触れてしまいそうで

自然と和歌もその記憶に触れる事を拒絶していた。






「………私」




 息をするのが、苦しい。




___全てを理解してしまった。



 千歳賢一が自身の父親であり、

自分自身は紛れもない千歳家の人間だと。




 それを知らしめる為に、

9年前のあの日、自分自身は拐われた。

あの青年を拒絶したからか、自身は自由の身になる事が出来たのか。




 寧ろ、

忘れていたからこそ、

知らなかったからこそ、自分自身は今まで生きて来られた。




 けれども、突き付けられた現実と、

あの酷い記憶が脳裏を占拠されると息すら出来ない程に苦しい。


(ようや)く決別して生きていくと誓った筈なのに。


何故、今まで忘れていたのだろう。




鼓動を打つ自分自身の存在が、息苦しくて消えてしまいたい。

………………此処は何処なのだろうか。








(…………早く帰らないと………)




 また母に、従兄に、また心配をかけてしまう。

否。この場所は息苦しくて、早く逃げ出してしまわないと

自分自身を拐って壊したあの男が訪れて、現れてしまう気がした。




 気道が締め付けられそうな錯覚に、

胸が締め付けられそうな感覚になりながら、

息をするのも忘れてしまいそうだ。






 あの自分自身を壊した酷い記憶が、胸を息苦しくさせる。


 何故、今になって思い出してしまったのだろう。


(……………今の、私には、何も要らないのに……)


(………此処に居ても、苦しいだけなのに………)






 早くこの部屋から逃れたい。

だがそう思う心とは他所に、和歌の身体は動かないままだった。

まるで幽体離脱した身体のよう。魂だけが、彷徨っている気分だ。


 ただ金縛りに遇っている事を理解する余裕もなく、

ただ、苦しい呼吸を繰り返している彼女は、

腕を伸ばす事すら許されない。




 その瞳は潤む。

軈やがて、雫となって頬を伝う。

脳裏を怒涛の様に流れてくるのは、あの忌まわしい記憶。

あの記憶が一つ一つ、流れ込む度に、首を締められている感覚に襲われた。




 心は拒絶しているのに、身体は、脳は、記憶を流す。

それは苦痛の海に投げ込まれて、喉を締め上げられる様なものだ。














「お母様より、あたしが先だったのね。


_____良かった」




 聞き慣れた声が、此処に響いた。

不意にベッドの傍に来た女性に、和歌は目を見開く。


其処には見慣れた美岬がいる。

けれども何時も明るい彼女の面影はない。和歌を___此方を冷たい瞳で見詰めていた。


 美岬は和歌の姿を見て、白ける様な嘲笑いを浮かべる。

手を口許に当てて愉しそうに告げた。





「苦しそうね。良いわ。苦しみなさい」





「……………」




 この目の前にいる女は、本当に美岬か。

愛嬌のある無邪気な表情の美岬しか見た事がない。


今、自分自身を見下ろしている、美岬は冷たく

そして心内には業火を秘めている瞳だ。










 其処で、気が付いた。




「______己の父親は、千歳賢一。

そしてお前は、千歳家の人間だ」






 自分自身が、

千歳家の人間で、千歳賢一の娘であるのならば

彼の娘である美岬とは、異母姉妹の関係になる。

つまり、目の前に居るのは_____分けた自分自身の、実妹。




「………美岬」


「会いたかったわ。____“お姉様”」



 美岬は、

誰かを彷彿とさせた恍惚な嘲笑と微笑を浮かべながら呟いた。

月明かりが、その愛嬌に溢れた整った顔立ちを酷く照らす。






「貴女が、とんでもない裏切り者だとはね」

「………………?」


「あたしは千歳家の令嬢。千歳賢一の長女。

でも本当は違う。貴女が、千歳家の娘。千歳賢一の長女。あたしは次女。


解るでしょ? 私達は母親違いの姉妹よ」




 ゆっくりと口角が上がる。

まるで、異母姉を嘲笑うかの様に。

和歌の記憶を言葉に現すかの様に現実を突き付けている。







「______大人しい顔して、清純を装った酷い女」






 その声音には、業火が籠っていた。




「あたしはあんたのせいで、人生を奪われて潰されたの。


 貴女が、千歳の長女としての役目を果せば__果たしていれば、

あたしは代わりのこの家の長女にならなくて済んだ。

こんな苦労も煮え湯を飲まされ続ける事もなく、自由に生きて行けた。



____それなのに。

貴女は千歳家の娘としての責任を放棄して、のうのうと息をしてる。

こんなものを異母妹に押し付けて、なんて悪逆無道の重罪人。

穢らわしい!!


実の妹にこんな苦労を味わわせて、

自分自身だけ自由に生きてるなんて。

なんて、酷い異母姉かしら………」


 美岬は積年の恨みを拳に込めて、

和歌の頬を叩くと、ベッドから引き摺り下ろした。

和歌は床に転がる。床は埃と塵の世界だった。

美岬はもう一度、同じように頬を叩き続ける。


 「あたしの人生を返して!! あんたが、全てを___

千歳家の全ての責任を背負ってくれたのなら、

あたしは………呪縛されず生きる事が出来るのに!!」

 

 美岬の声には、怒りと悲しみが籠っていた。

美岬は自由に生きて行きたかった。それだけは解る。



(………そうだ。美岬が全てを背負っている。それが

 私が担っていたのなら………)


 和歌が千歳家の長女として生きていれば

次女娘に当たる美岬は羽ばたく様に自由の身で生きて居られた筈だ。




黒い大人の陰謀渦巻く事情。

過去の秘密故に続いた因果は、何故、こんなにも人との繋がりを生ませては、憎しみ合うのか。


(母と千歳賢一との過去に何があったのか)


 和歌は知らない。

けれどもその娘として自身は、存在しているのは現実だ。

美岬は和歌が千歳の令嬢として動いてくれていたのならば、と

全て己の感情だけで刃を向けている。



「身の程知らずね。鈍感過ぎて嗤ってしまうわ。

あたしはずっと姉を捜していたの。異母姉の存在を知ってから

親にも黙ってあんたを捜していたの。


そしてやっと、見付けた。この裏切り者をね。

あんたにはこれが、お似合いよ」


 バケツ。その中からは

ゴミとして朽ち果てた、塵や埃が和歌の頭からかけられた。

それは羽根の様に軽い筈なのに、鉛の如くとても重たく感じた。


 和歌の表情は前髪に隠れて見えない。

その頬は紅く腫れ上がり、肩を落として微動、ひとつしないままだ。

 

 

 恍惚な微笑みに、彼女は狂っている。

否。違う。彼女を(ようや)く積年の抱えていたものを、言えたのだ。

 



「………知らなかったでしょう?


全ては計算付くよ。あたしがあの大学に転校したのも、

貴女に近付いたのも………」




 和歌は、驚いた。

無邪気で愛嬌だけが取り柄の彼女が、

こんな黒い感情を秘めていたとは。

人は見掛けに寄らないという話を痛感する。




「あたしを苦しめた分、苦しめば良いのよ。


_____“お姉様”」




 床に落ちたものをかけられる。

御姉様、と言った言葉は弾んで、微笑を含んでいる。

それに悪寒が走った。




「苦しみなさい。苦しんで、息絶えれば良いのよ」








(………ずっと恨まれていた)


 それだけは、異母妹が自分自身に向けている感情。

 それだけは解った。

 

 その刹那、脳裏から込み上げる9年前の情景と現在が重なる。

塵や埃を吸い込んだ影響もあるが、一番は胸が苦しく

喉は砂漠のように乾き、過呼吸を繰り返す。


(違う………これは)

 

 PTSDの発作だ。






「もし、貴女が、千歳家に迎えられてもあたしは認めない。

千歳家の責務を果たしたのはこの、あたし。

けれどやっと此処に閉じ込めた今、

あたしの責任を全て押し付けてやる。望まぬ結婚も、自由のない人生も………。


それは“千歳家の長女”として当然の責任なのだから」



(今なら間に合う。全てを和歌に押し付けられる筈よ)


そして自身は自由に、生きられる。




 穢らわしいと言い捨てて、

苦しむ異母姉を放置して、美岬は去った。


____しかし、美岬に一つ謎が残る。






 どうして彼女は、あんなに苦しそうだったのだろう?




【補足】


美岬が早生まれの為、

和歌(長女)、美岬(次女)という事になります。




【追記】


美岬の激情とは軽いものか、と疑問に思う所もありましたので

新装版はやけに過激に激情的に美岬の心の衝動を反映してみました。

描写によりお気を悪くされた方々には申し訳御座いません。


千歳家に誘拐された和歌への風当たりは、

新装版では強くなって行きます。



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