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Episode52・(Waka. Misaki Side)


 

大学の講義、アルバイト、男装しての帰り道。


そして一日が終わる。

今の和歌の世界はそれだけで成り立っている。


 それ以外は何もない。何も出入りはしない。

否。和歌は、この決まったスタンスに、誰かに心を開く事も

誰かの意見を受け入れる事はない。



 あの頃に比べて、なだからに過ぎていく平和な現実。

 平常心で居られる心に、温かな毎日。



変わらない刹那的な毎日を、客観的に見詰めている様な感覚。



あの頃の自分自身が

今の自分自身を見れば、どう思うだろうか。

あの頃の自分自身を見詰め直せば、考えられない日々だけれど。






 全てを失って(ようや)く、慣れてきた日常。

これは自分自身の力が手に入れたもの。

それを、



(もう、誰にも奪われはしないわ)




 誘拐事件に巻き込まれてから、早9年。

和歌の事を思って、母親は娘を刺激しない。

誘拐された事も、その受けた傷痕と和歌は忘れ葬り去りたい過去となっていて、あまり考えない様にする様になった。




_______あのPTSDとフラッシュバックの発作を抑える以外は。




(この心には誰も入れやしないわ)




 この平和な毎日を歩めるのならば、それは本望だ。

誰かが自分自身を変えられてしまうのなら、和歌は全力でそれを拒絶する。

 




 自分自身に異母のきょうだいがいる事を、美岬はとっくの果てに知っていた。



子供は大人の感情には過敏だ。

特に箱庭で育った花ほど、感付いてしまうらしい。


 異母きょうだいがいると知って美岬には衝撃というものはなかった。

寧ろ、抱いたのは、根深き好奇心。



(知りたい。

あたしと同じ血を引く子、血を分けた兄弟。

お父様の初恋の相手、お父様が愛した女の子供…………)



知りたい。この目で見たい。感じたい。


 だから密かに探していた。

自分自身の異母のきょうだいに当たる人物を。

自分自身と同じ血を引く姉か兄か。



誰にも悟られない様に、密かに美岬なりに探していたのだ。

誰かにこの思惑を知られてしまえば絶対に阻止され、嘘を付かれる。



美岬が(ふところ)に入れた手掛かりは、

執事の会話を盗み取った情報の“水瀬”という姓を持つ女性。

その女性を強く崇拝し、初恋相手を愛していたという現当主。




 水瀬という名字は、あまり少ないか。

父親の初恋相手である女性を探してはさ迷う日々。

千歳家での、初恋が悲恋に変わる切なさと辛さに対しては、美岬は賢一に同情の感情を見せた。


この千歳家の箱庭には初恋等、

結ばれない事を美岬は痛い程に知っている。



(知りたい。

あたしと同じ血を引く子、血を分けた兄弟)



 政治家の家柄だという権力を使い、

老舗の探偵事務所の女所長を味方に付けた。

裏回しに都内大学の生徒表を手に入れては、水瀬姓を持つを探す日々。


 手掛かりは“水瀬姓”というだけ。

当然だけれども、なかなか見付からない。



だが、根気良く探し続けて

大学3回生の夏に時に見つけたのは、“水瀬和歌”という女性だった。

水瀬という名字はこの人物しか該当者しかいなかった。



 それから水瀬和歌という、異母姉の存在を知ってから

美岬は水瀬和歌に関する情報を手当たり次第に集めた。

資料や戸籍簿謄本、外資系の会社に勤める、水瀬杏子の一人娘だという。


 母親の仕事の関係で海外にも在住経験のある帰国子女。

水瀬という姓に泳がされて実は別人なのでは、

という疑念もあったが



 とある国立大学の外国語学部の難関入試を推薦入試経て入学。

外国語学部の中でも難関の学科である国際文学・語学学科の

首席を保つ頭脳明晰、容姿端麗の非の打ち所の秀才。


 彼女は

今は外国語学部にいるとのことだった。


 自分自身とは容姿も性格も、才能も真逆の異母姉。

その水瀬和歌の存在は、美岬の好奇心と興味を誘った。




(直接、見て知りたいわ。

だって、彼女はあたしのお姉様なんでしょう?)


(お父様の知らない娘だけで、

あたしのお姉様なんだから、あたしには知る権利がある)




____全ては、美岬の計算付くだった。



 あっさりと美術大学を退学し、水瀬和歌と同じに入学した。



水瀬和歌という存在を解っている上で、

彼女と偶然を装った上で接点を作った事も。


初めて出逢った時、美岬は直感が働き、そう確信した。

同類は分かるらしい。___その身体に流れた血に起因する立ち振る舞いを。

千歳と同じ雰囲気だと悟った刹那、 



_____この女性こそ、自分自身の異母姉だと。






 だからこそ。

不器用ながらも、彼女に優しくされた事は

美岬にとっては新鮮で喜びを感じてしまう事だった。


千歳家の人間だからという贔屓目なしの、

優しさに触れたのは同性は初めてだったのかも知れない。





 和歌は、予想外な人間だった。

容姿端麗で頭脳明晰なのにも変わらず、それを絶対に鼻にかけない。


 表立って自分自身がでしゃばる事はしない。

反対に存在感を消して控えめに片隅に強く咲く、淡い花の様な存在だ。

孤独を望み、自分自身の世界を築いている姿は、

美岬には孤高の様に見えた。

 




 誰も巻き込まない、巻き込めなあえ優雅な振る舞い。


揺るぎない軸と自分自身の信念を貫く反面、

リアリストで何処か遠くを見据えている儚い眼差しは掴めない。


 けれども人は彼女を、変わり者と決めつけて、疎まう。

 だからこそ、

彼女の持っている才色兼備さを、誰も知らない。

ありふりた虚無感のある現実の空気の中で、馴染んでしまっている。




 だからなのか。

和歌の掴めない性格は、

まるで、自分自身を拒絶されているかの様に感じ同時に

美岬を振り向かせたい、と挑発されている様に見えた。








「人前に立つのが苦手で…………」



 彼女は清楚で控えめだけれども、時折に見せる

お嬢様の仕草や礼儀は、やはり千歳家の連想させるものだった。




 何事にも縛られない余裕さと焦りのなさ。

それは常に千歳家の末裔で完璧な令嬢であらねばいけないという

それは千歳家の美岬の責任感と焦燥感を思い出させる様なものだった。


 最初はまだ大丈夫だった。

正反対の人間を見ていると人間観察程度にしか思っていなかった。

___それに、何処かで上から目線で見ていたと思う。




 裏では破天荒に、自由奔放に振る舞っている美岬でも、

心の何処かで千歳家の念を、常に千歳家の偉大さをひしひしと感じ、

千歳家の人間らしくあらねばあらぬという

余裕のない気持ちを苛立ちを燃え上がらせる。




 次第に美岬の余裕さに、異母姉である和歌へ

苛立ちを覚えると共に羨ましいという感情を様になっていた。

それは和歌自身が装った、和歌の過去を知らない人間は、

水瀬和歌が余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)様に見えるのだ。










(_____本来ならば、貴女が本当は果たす役目だったのよ)




千歳家の縛りである、名家の教育も嫁入りも責任も。



(なのに、そんな自分自身だけ不幸面をして………)




 千歳家の長子が果たすもの全て

事実上の次女娘である美岬が背負う運命となった。

それを知らずに優雅に生きている和歌を見ていると

腹が立ってしょうがない様になる。


 何時しか、和歌は、美岬の憎しみになっていた。





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