表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/133

Episode35・(Ren. Mother Side )

【始めに】


自傷後描写という言葉あります。

一文だけ流血な表現が御座います。



苦手な方は閲覧をお控え下さい。

そしてご注意下さいませ。



 

 まだ頭が混乱し現実を呑み込めないでいた頃

自身は罪人の子供になったという事実を噛み締めながら

彼女はもう戻ってこないのだと思うと、時に悲しくなった時もあった。




 もう遥か彼方、昔の事だが。




 赤に染まった刃。

自傷によって流れる血を止血しながら、

廉は虚空の空を見詰めながら、静寂な空間な中で舌打ちした。



 あの時、溢した純粋無垢な涙と自身さえ、今では憎い。

自分自身は所詮、彼女に裏切り捨てられたのだ。

彼女にとっては、邪魔な子だったに違いない。




(そうとも知らずに俺は浅はかだった)









 もしも、父親が壊れずにいたとしたら、

適切な対処をしてくれていたのだろうか。

そんなものは、罪人の子供である自身が求めるものではないけれど、“もし、父親が壊れなかった世界”を、考えてしまう。



 父親が健在だったのなら、

伯母や従妹に迷惑をかけてしまう事はなかっただろう。

去っていく警察車両を追っていく自身に向けた、ごめんと言葉とともに。


 

 父親は真っ直ぐで誠実な人だったから、

妻の不倫と、放火殺人の罪を犯した現実に受け止め切れなかった。

だから、妻を信じ込み

それを否定する息子の存在を邪険だったのだろう。


(過ぎた事を思うのは、止めよう)




 聞きたくも無いけれど風の噂に聞いた母親は、

無期懲役の判決を下され、地方の刑務所にいるらしい。

その判決が妥当だとは思えず、甘いとすら感じた。



 10年前に捕まった母親を見たきり、母親の顔を見た事はない。

当然、母親と刑務所での面会は一度もしていない。

同時、頭が混乱の最中にいたのと

 

今ではすっかり廉の心にいる彼女は

きっと知らない誰かで殺人鬼となった女には会いたくないと思ったからだ。


(誰かを殺めた人が母親だとも思わない、会いたくもない)



 それに廉には、自身を救ってくれた育ての母親がいる。

和歌の母親が、伯母が居なければ、どうなっていた事だろう。

彼女は兄が果たす役目を一人で背負い、果たしきった。

砂時計の如く、和歌の母親に感謝を覚える度に、

実母には年々、憎悪の感情が膨らんでいた。


 だから恩義を感じている育ての母親に対して

実母に会う事は彼女を裏切る様に感じて、気が引けた。






 現に母親は、殺人鬼になってから豹変した。

自身が犯した罪を正しいと思い込み、更正の余地などなかったのだから。




 和歌の母親は、

廉を実母に会わせるまいか、悩んでいたらしいが、

廉が自発的に母親を会いたいという要望を口にするまで、

会わさないと決めたらしい。




 廉の記憶にある優しい母親は、

“仮面を被った怪物”と成り果てた。



 もしも廉が、

母親に会いたいと言えば、別だっただろう。





____地方の刑務所のとある房にて。








「2059番」




 看守の女性の凛とした、言葉が響いた。

房の隅にぼんやりと座っていた女性は、朧げに此方を見詰めてくる。




「貴女に手紙が届いています、受け取りなさい」




 食事を運ぶドアの小さな隙間に、女性看守は茶封筒を置いた。

機械的に小さく一礼をした後、舞子は

裏表を繰り返し見詰めながら疑問符を抱いた。




(………誰?)




 川嶋 舞子様、と書かれただけで、宛先は無記名だった。






 自身に手紙が来るとは珍しい。

牢獄に入ってから人間関係は皆無となり、

誰もが舞子を忘れている。


 舞子自身の思い込みが激しい気難しい性格、

その無惨に起こした身勝手な罪故に、他の受刑者も舞子には近付かない。

まだ入所した頃は何度も騒ぎ立て、独房に居られていた事か。








 舞子は手紙を受け取り、また片隅に座ると、

無造作に封筒の先を千切り封筒を逆さまにして中身を出す。




 それらは、はらりはらりと床にばら撒かれ落ちた。

それはまるで、桜の花弁を連想させるけれども、

無慈悲かつ無情さを映していた。

 

 四角い白い紙が1枚と、小さく折り畳まれた紙。

興味本位で四角い紙に触れた時、独特の触り心地から、紙ではないと確信した。




 紙をを裏返す。

独特の手触りから、写真だと気付く。









「ひっ、」




 舞子は唸りと共に、表情が固まった。

写真には、まだあどけなさが残る少年が写っている。

家の前で撮られたと思われる写真、食事中の写真。

桜の季節に花見をしていたのだろうか。桜の木が背景に写っている。


 少年はお弁当を膝に乗せて、

その表情に影を落としぎこちない微笑みを少年は浮かべていた。

無機質なものだと思った。



 忘れられない。

全て舞子の記憶にいる、忘れられない少年だ。




 端正に整った面持ちと共に、普段の何気ない表情を

浮かべる少年は、舞子の心と感情の波を無条件に揺さぶり震わせた。




(………廉?)




 間違いない。

自らが腹を痛めて産んだ息子だ。間違える筈がない。

しかし殺めた不倫相手を思うあまり、

自身に息子がいた事も、息子の顔さえも舞子は忘れつつあった。


全て(なげう)って元恋人に走った女にとって、

築いた家庭と夫と息子の存在等、どうでも良かったのだ。




頭が混乱し、咄嗟に写真を放り投げてから、




「誰よ、こんなものを送ったのは!!」




 感情的にそう叫んだ。

額に冷や汗、背筋が凍ってしまう感覚に襲われ、

自然と肩で、息を繰り返す。

指先が(にわか)に震え出した刹那、

折り畳まれた紙に視線が行った。




恐る恐る、折り畳まれた紙を広げると、



「拝啓、川嶋 舞子様、




 月日が流れるのも早い事ですね。



 あの子も、22歳になりました。

あの子の、優しく真面目で誠実な姿を見ていると、

若かかりし頃の兄の姿を思い出します。



 そして、思うのです。

あの子は何処かで貴女の事を反面教師し、

絶対に貴女の人格に似ないように必死なのだと。

その健気さを見ていると、胸が痛くなります。



 貴女の事は許す事は出来ませんが、

どうか、この子の存在は忘れないで下さい。

この子と兄を記憶に留めておく事が、貴女に出来る贖罪でしょう。


 追伸、

写真は貴女が、息子の前から消えて、

一年後にお花見をした際に撮影したものです。

 

 あの子の微笑みは、

もう戻らないのだと写真に納めながら思いました。





 手紙には、達筆にそう書かれてあった。

手書きの文字と内容で、なんとなく舞子は差出人が解った気がした。


けれど舞子の脳裏に、一つ疑問符が浮かんだ。






(_______今の廉の写真は一枚もない)


 

 期待なんてしない。

寧ろ舞子にとっては、どうでも良かった。

捨てた息子がどうなろうと、もう今の自分自身には全く関係がないのだから。



 舞子にとって消し去りたい後ろめたい過去なだけだ。

息子の存在は思い浮かべても、見たくはなかった。

舞子には今も、不倫相手の存在が全てなのだから。




だが。






『_____母さん!!』






 不意に、少年の悲しそうな声が脳裏に木霊する。




 刹那、言葉には表せない気持ち悪さに襲われた。

自分自身には不倫相手が大事、夫と息子の事なんてどうでもいいのに______。


 

「ああああ………」




 ぽつり、と響いた残響。

舞子は頭を抑えて(うずくま)る。







「_____ああああああああああああ____!!」






「2059番、どうしたの!!」




 頭を抱えながらのたうち回る受刑者の叫びに、

直ぐ様、手紙を届けた女性看守は房に飛び込んできた。

しかし舞子が落ち着きを取り戻す素振りはない。




女性看守は素早く、

舞子の手首に手錠をかけると立ち上がらせ、房から離れる。




(何故、こんなにも心を揺さぶられるのだ?)




 女性看守に連れられる中で暗い面持ちで、瞳を伏せる。


 

 (たかが、捨てた息子の幻聴如きで……)






 見たくなかった。

 聴きたくなかった。

 思い出したくなかったのに。

 忘れてしまいたかったのに。




 何故、蒸し返す様な事をするのだろう。

息子と夫を裏切った罪人は、絶望に呑まれる如く、叫び続けた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ