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Episode31・(Ren Side)






 母親は、4人の命を殺めた放火殺人者。

父親は、全てを忘れて一途、妻を待ち続けている。






 廉には、もう両親はいないに等しい。

母親は息子と夫を裏切り不倫の末に、

自己愛に満ちた身勝手な理由で人を殺めた。


 母親を愛していた父親は、母親の過ちを否定し

息子を虐待した末に、妻以外の全てを忘れた。




 誰かを一途に待ち続けているというのは、

綺麗な美談でもあり、ドラマのワンシーンだけの話だ。

けれど


(これは、美しい話ではない)




 無期懲役の判決が下った母親が、帰る日はまだ遠い。

それに家族を裏切り不倫相手に走ったくらいだから、

未だに不倫相手に陶酔し、自分自身と父親の事はもう忘れているかも知れない。


 そう思うと、

純粋に母親を待っている父親の姿が、滑稽な事に見えた。

母親は、自分達の元には帰ってこない。

父親も、自分自身を思い出してはくれない。

廉は、独りぼっち。



 それが下された罰なのかも知れない。



 

 今日は、サロンモデルの仕事だった。



 その間、目の前にあった

メンズ雑誌を手に取り適当にぱらぱらと見た。

流行りの髪型や洋服等の情報が豊富に掲載されている。


 いずれは訪れる将来設計を果たす為に

貯金を貯める為に今を生きている廉にとっては疎いもので、

関係のない事だけれど。

世の同世代の男子達は購読しているのだろうか。





 目の前の鏡に、不意に写った自分自身が見えた。




 色白で端正に整った面持ち。

その表情(かお)には淡い完璧な微笑の偽りの仮面が貼り付いている。


 試しに表情を変えようとしてみたが、

なかなか他の表情が思い付かず、表情を作ろうとしても、

表情筋は微塵も動かない。


 接着剤で固めた蝋人形の様に淡い微笑を浮かべているだけだ。

廉の仮面の微笑は是が非でも剥がれない。

故に自然体の表情に表情を廉が浮かべる事はない。


 自分自身の心情を悟られない為に、

大罪を犯した女の息子と悟られない為に。


散々、

【お人好しでお上品】

【人良さそうな顔立ち】と顔付きだと言われ続けてきた顔。

ただ顔立ちそのものは母親似ではなく、

父親似の影響か、罪人の息子、と気付かれないのも現実だった。






(だからこそ、赦せないのかも)



 顔立ちさえも犯罪者の息子である事を

隠れている、身を潜めている。卑怯者としか思えない。

だからこそ内側に隠れた毒素を傷付けて痛め付けたくなってしまう。

 


 固く張り付いたこの仮面が、剥がれる事もないだろう。



 けれどその反面、そんな自然体の表情を

浮かべる事が出来なくなったのはいつからだろう。






 親は生きているけれどいないも同然の、天涯孤独の身。

水瀬家の二人は気にかけてくれるけれど、本当の家族ではない。



 思春期の頃、一時期、

和歌が羨ましいと思った事がある。

そして和歌の母親の元に生まれたかった、という

思いすら抱いていたが、そんな事は理想郷にしか過ぎず、

卑怯者という結論に至った。


 それに、そんな願いは叶いはしない。



(本当に俺は、悪い人間だ。

ご厚意で育てて貰ったのに)



 そう心の中で呟いて、廉は自身を嘲笑う。




 そんな卑怯な思考を考えが生まれるなんて。

己の身勝手な感情で、罪無き人を巻き込もうとするなんて。


こんな考えに陥る

大罪を犯した女の息子なだけある、と実感した。


(そう思う自分自身が、とてつもなく気持ち悪い)



 母親が犯した罪の過ちに苛まれ、孤独と隣り合わせな人生。

両親からも、誰からも、自分自身の存在を否定された存在。

そうされて当たり前なのだ。


 いつしか距離を保つ事で、己を守っていた。

“本物の川嶋廉という罪人の息子”を、

人間を脱ぎ棄ててしまいたいと思った事は何度かある。

けれど、それは卑劣で卑怯だと思った。




 もし川嶋廉という人間を棄ててしまったら

母親が奪った、生きたかったであろう4人の無念は計り知れない。

懺悔も悔恨も、祈り、詫び、それらは出来なくなる。




 あの日。

罪人の息子となった瞬間から

母親は罪の意識も悔恨の意味を示さなくても、

誰かが命を奪った事を詫びなければいけない。

その心を、1秒も忘れてはいけない。


 誰もが罪から目を背けている

今、その役目は誰がするというのだ。

それが、孤独と生きる廉の役目だと思っている。


 仕事を終えてから、父親がいるホームに向かった。

息子だと忘れられても、いつかは 

廉が彼を引き取られねばいけない。


 ならば、警戒心を解いて

今の内に親しく打ち解けておかねばならない。

父親が息子と忘れた見知らぬ人間に引き取られても、混乱しない様に。



 職員からの話だと父親は、最近よく庭に出たがるらしい。

外の空気を吸いたいのかも知れないと誰かが語っていた。

けれどそれは、違う気がした。



(本当は、母さんを待っているのかも知れない)




 部屋の中に居るよりも、

迎えに来ると信じている妻の迎えを。

全てを忘れた彼は、妻が帰ってくると信じて疑わないから。




 鮮やかな茜色のコントラストの空。

それはウェディングベールの様に、世界を包む。

西へ下がり始めた夕日は、まるで何かを見守っている様だ。




そんな広い庭の


「おや、お兄さん、また来たのか」





 父親は呟いた。

父親の姿とその表情は穏やかそのものだ。

廉にとっては記憶の中にある父親と、その姿は微塵も変わらない。


 けれどもう、

目の前に居るのは、”廉の父親だった”人だった。


(ごめん、やってくるのが母さんじゃなくて、息子の方で)





「こんにちは、今日は天気がいいですね」

「そうだな……」




 廉の父親は、夕日を眺めた。

その眼差しが記憶にある父親だと思いながら、違うと言い聞かせる。




 車椅子をゆっくりと押しながら、

上手に他人のふりをしながら父親を向き合っている。

他人のふりを演じ続けるのが長くなると、

それ相応の振る舞いが身に付いてきた。


「_____ところで」

「なんですか?」

「お兄さんには、家族はいるのかね?」




 一瞬だけ、ぎくりとした。

家族、と言われて、どう返せばいいのか。


 自分自身にはもう両親はいない。

目の前に血の繋がりのある他人も同然な人物だ。

 あの日から本当に愛情を持って育ててくれたのは、

和歌の母親で、心配を寄せながら差別もせずいてくれたのは和歌だ。



 

「母と、双子の妹がいます」






 咄嗟についた偽り。

水瀬家の人間である事を、偽った。

___本当は違うのに。




「そうかい」




 そう言った父親の微笑みが忘れられない。

本当に息子を忘れている彼の微笑みは、純粋そのものだった。

割り切っている筈なのに、その微笑みに胸が不快になって、痛くなる。


(本当に川嶋 廉は、何処にもいない)




 車椅子の取っ手を持ちながら廉は、静かに項垂れる。




(父さん、僕だよ。廉だよ)



 車椅子の取っ手に項垂れながら、

青年はぽたりと静かに涙を流した。




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