第十七話 銀面卿の真実
エバンスに連れられ、俺とルーチェはラコリナの居住区の奥地の裏路地を歩いていた。
賑やかな表通りや富裕層の屋敷が並ぶエリアからは大きく離れており、薄暗く人気が少ない。
じめっとした生暖かい空気が広がっていた。
どうやらこの先に銀面卿の拠点があるらしいが……。
「随分と辺鄙なところに隠れてるんだな」
随分と後ろ暗い事情があるらしいとは思っていたが、これではまるで犯罪者の隠れ家だ。
「銀面卿は人と会うことを好まないのです。今回は特例……貴方達を信頼してのことです」
エバンスが淡々と答える。
部下との接触も避けて、まともに会っていなかったようだ。
拠点に隠れて引き篭もっていても、まあおかしくはない話か。
やがて廃れた薬屋へと案内された。
窓ガラスは割れたままだ。
床や棚には埃が溜まっており、商品の残骸がそのまま放置されている。
店を閉めてから随分長いらしいことが窺えた。
「……大丈夫ですかねえ、エルマさぁん。これ本当は人気のないところに誘い込むのが目的で、闇討ちされたりしませんかぁ?」
ルーチェが不安げに小声で俺へと相談する。
秘密主義にしても徹底し過ぎな気もするが、さすがにここまで来てそこまで回りくどいことを仕掛けては来ないだろう。
「ご安心を。銀面卿は恩人相手に無礼を働くような恥知らずな真似はいたしませんよ」
エバンスがこちらを振り返り、慇懃な笑みを浮かべる。
「え、えへ、えへへへ、き、聞こえちゃってましたかぁ……? えっと、あのぉ、そういうつもりではなくってぇ……」
ルーチェが気まずげにまごまごと言い訳を口にする。
エバンスは返事には関心がないらしく、すぐに前へと向き直って階段を降りていく。
階段を降りてすぐの扉には〈魔銀の笛〉の紋章が入っていた。
扉は綺麗なもので、埃も溜まっていなかった。
つまり、今も使われている部屋だと言うことだ。
「なるほど、ここが銀面卿の拠点なわけか」
名目上は銀面卿からの直接の謝礼ということになっているが、恐らく魔虫銀関連の交渉がメインだろう。
ここで上手く、クランが隠している錬金術師の存在を暴き、交渉材料へと引き摺り出す必要がある。
扉を開けた先はこれまでとは打って変わり、手入れの行き届いた品のいい部屋となっていた。
鎧や武器などのアイテムから、彫像や絵画やらの美術品も飾られている。
部屋の中央には豪奢な椅子が置かれていた。
やはり上の廃墟は拠点を隠すためのダミーということらしい。
そして椅子の前には魔銀のフルプレート鎧を纏う、大男が立っていた。
その全長は二メートル近くあった。
銀面卿の噂そのままの姿である。
ルーチェはその威容を前に、あからさまな緊張を露にし、硬直した状態で銀面卿を見上げていた。
銀面卿は無言のまま俺達へと三歩歩み寄って警戒する俺達の目前へと立つと、その場で跪き、俺達へと首を垂れた。
その姿はまるで、主へと忠誠を誓う伝承の騎士さながらであった。
「あっ、あっ、あれえ……? え、え、えええ!?」
銀面卿を警戒してその一挙一動を注視していたルーチェは、突然深々と頭を下げ始めた彼を前に、困惑してあわあわと狼狽えていた。
「いや、まさか本当にレイドに参加して、銀面卿への接触まで漕ぎつけて来るなんて思っていなかったよ」
そして部屋の奥から現れた小柄な少女が、魔銀の騎士のすぐ背後にあった椅子へと大胆に座った。
彼女の顔には覚えがあった。
錬金工房〈小人の竈〉の店主、カリス。
俺達に〈魔銀の笛〉の噂話を教えてくれた人物だ。
「早い再会になったね、お客さん」
カリスは手にしていた紅茶を椅子の手摺へ置くと、ニヤリと笑った。
「て……店主さん!?」
ルーチェは事情が掴めず、困惑したようにあわあわと首を振り、銀面卿とカリス、エバンスの顔を見回していた。
最初から違和感はあったが、想定していた範疇の一つではあった。
銀面卿が錬金術師を囲っていたのではない。
自分の正体を隠しつつクランを掌握したかった錬金術師が、自分の身代わりとして銀面卿を表に立たせていたのだ。
「よくできているが、銀面卿はただのゴーレムだな」
俺は跪いている巨漢の鎧……銀面卿へと目を向ける。
これは中に人間はいない。
鎧風の外装にして誤魔化してはいるが、ただの錬金術師のスキルで動かしているゴーレムだ。
ほとんど表に顔を出さなかったのも、銀面卿がただのゴーレムであることの発覚を恐れてだろう。
恐らく銀面卿が外を出歩くのは、自身が存在することをアピールする必要がある場面だけだったはずだ。
「あまり驚いてもらえなくて残念だよ。フフ、まあ、そっちの子が二人分驚いてくれたから、それでイーブンかな」
カリスが口許を隠して笑う。
彼女の目線の先では、未だに現状を整理しきれていないルーチェが、大口を開けて動揺を露にしていた。
「どうしてもクラン長として直接礼が言いたくてね。僕の部下が逃げ切れないと踏んで撤退ではなく討伐を選んでくれたこと、心より感謝しているよ。呼びつけるような形になってすまなかったね。自分が用意した場所でないと、話が外に漏れるのが怖くてね」
「俺達を随分信頼してくれてるんだな」
「君達についてはエバンスに調べさせておいたからね。同じ貴族家を追い出された身ならば、易々と言いふらすような真似はしないだろうと思ったのさ」
俺がエドヴァン伯爵家の出身だと、既に筒抜けらしい。
やはりカリスも貴族の人間か。
徹底して目立つことを嫌っているのも、クランを指揮できるだけの〈夢の穴〉や錬金術の知識を有していたことにも納得がいく。
「僕はヒーツ伯爵家の当主ヒルマンの第五子でね。母は第三夫人に当たる。なまじ優秀だったため本妻に疎まれた僕は、領地の分割継承権を放棄して家を出て、こうして別領地で冒険者をやっているというわけさ」
ヒーツ伯爵家は知っている。
元々錬金術で財を成した大商人の家系であり、伯爵家の中では最も歴史が浅い。
武闘派で伝統を重んじる父アイザスとは正反対だ。
アイザスはヒーツ伯爵家を『たまたま力を持ったただの商人一族』だと捉えており、あまりいい印象は持っていないようだった。
当主ヒルマンが御家騒動の火種として慣習的に貴族間でタブー視される重婚を、あっさりやってのけたところも気に食わないようだった。
「悪目立ちすれば錬金術の情報漏洩や、身内の恥を恐れた実家から何されるかわかったもんじゃないからね。そこで冒険者を束ねるのが上手かったフラングと手を組んで、〈魔銀の笛〉を設立することになったんだ。彼に全権を委ねるのに不安があったが、僕自身は表に出るわけには行かない。そこでトップに置物を置いておくことになったのさ」
俺はちらりと背後のエバンスへと目をやる。
カリスはエバンスを信頼しているようではあるが、恐らく彼はヒーツ伯爵家の人間だ。
代わりに頭に添えれば、実家に正体が筒抜けになると考えたのだろう。
「そういえば、あのう、レイド後のフラングさんは……」
ルーチェが聞きづらそうに尋ねると、カリスは溜め息を吐いた。
「レイドで部下を見捨てたことと、クラン乗っ取りの画策が露呈してね。逃げるようにクランを出ていったさ」
「……まあ、そうなるだろうな」
クランのトップが、自身の立案した計画で窮地に追い込み、その責任を取らずに真っ先に逃げ出したのだ。
ケルトがレイドで逃げ出したのとはワケが違う。
あれもそもそも、レイドメンバーから恨みを買うことを折り込んだ動きだったはずだが。
「案の定というか……フラングはクランが育ったところで、僕から権限を奪って『ただの便利な道具』にしたかったらしい。最近の彼は独断や暴走ばかりだったよ。ただ、まさか人望をなくして自滅するなんてね。あれで丁度いい人材だったから、代わりの人間をどうするか……はぁ」
カリスがうんざりしたようにそう零す。
「〈小人の竈〉も〈魔銀の笛〉も、自身を目立たないようにするための隠れ蓑か。随分と徹底しているな。少々非効率にも思えるが」
「僕からしてみれば、キミこそもっと悪目立ちするのを避けるべきだね。廃嫡後にエドヴァン家のお膝元で好き放題やった結果、実家からの警告を受けたそうじゃないか」
「む、むぐ……」
そこまで知られているとは思わなかったが……そうか……そう映るのか。
確かに追い出されたばかりの子息が、貴族が代々解明してきた加護の秘密を安売りしてばら撒き、自身の名を上げていい気になっていると思われても仕方のない状態ではあった。
あのときアイザスが激昂していた理由も納得はできる。
「……カリスは大人だな。居場所がないと判断するや波風が立つ前に計画的に家を去り、外で組織を率いて活躍しつつ、実家への配慮も忘れないとは」
「ただのクラスの差異と、性格の違いだろう。元より錬金術師は前線には立たず、後方で戦況を整えるクラスだ。僕自身もあまり目立つのは好きではなくてね。今回事情を話したのは、恩があり、かつ似た立場であるキミ達だからこそだ」
俺と変わらない年頃に見えるが、異様に落ち着いている。
深謀遠慮に長け、俯瞰的に自身の状況を見て、常に一手先を見据えて準備をしている。
秘密主義を徹底できているのはカリス自身に名誉欲が希薄だからこそだろう。
「〈魔銀の笛〉が錬金術師を抱えているとわざわざ自分から明かしたのも、狙いがあってのことだった……というわけか。俺達はまんまと踊らされたわけだな」
俺は苦笑いしつつ、そう口にした。
恐らく俺達に情報を流したのは、不穏な動きを見せていたフラングを探るため、最近活躍しているB級冒険者を嗾けてみようとでも考えたのではないだろうか。
「うん? 何のことだい?」
カリスが指で口許を隠し、首を傾げた。
さすがは貴族にのし上がった伝説の大商人の末裔だ。
腹芸はお手の物らしい。
錬金工房でカリスはこう話していた。
『”冒険者クランの〈魔銀の笛〉は、凄腕の錬金術師を匿っている”……なんて話があるよ』
『クランの中枢に一流の錬金術師がいるのだろうね』
そう、ここまでコストを掛けて徹底して自身の正体を隠しているカリスが、考えなしにこんな迂闊な発言をするわけがないのだ。
必然的に、彼女の言動には何かしらの意図があった、ということになる。
「いや……あの……」
「悪い悪い、踊らされた……というのは聞こえがよくないな。責めてるわけじゃないさ。ただ、手を組む価値があるかどうかの見極めついでに、フラングの牽制ができれば儲けもの、程度のことは考えていたんじゃないのか」
恐らくカロスとの一件から俺の名前を知っており、関心自体は持っていたのだろう。
あの時点でエドヴァン伯爵家の関係も疑っていたのではないだろうか。
「…………うん、ま、だいたいそんなところかな」
カリスはやや沈黙した後、こくりと頷いた。
「やはりか、そうだと考えていた」
「エルマ様。お嬢様を評価していただき光栄ですが、一点だけご訂正が」
これまで黙っていたエバンスが、唐突に口を挟んできた。
「なんだ?」
「お嬢様は功名心が抑えられなくなった際に、誰彼なしに銀面卿の話を仄めかしてそれを発散する悪癖がございます。お嬢様がわざわざクランの秘密を漏らすような真似を行ったのならば、そうした愚行の一環に過ぎないかと」
エバンスの突然の爆弾発言に、カリスは口にしていた紅茶を噴出して激しく咽始めた。
「がはっ、ごほっ! げほっ!? エ、エバンス、何を!?」
カリスはよほどエバンスの言葉に驚いたのか、椅子から転落し、手にしていた紅茶のカップを床に投げ出していた。
「あんまり意味がわからなかったんですけど……あのう、ど、どういうことですか、エバンスさん?」
「言葉の通りでございます。なのでお嬢様の言動に特に意図はないかと」
ルーチェの質問に、エバンスが淡々と返す。
「えっと……待ってください。まるでカリスさんが目立ちたかったけど立場上正体を伏せないといけないから、影で言いふらして回ってる……みたいに聞こえたんですけどぉ、別にそういうことではないんですよね?」
「いえ、ただただそういうことですね。お恥ずかしい限りです」
ルーチェが頭を押さえながら、エバンスへと確認を取る。
否定されることを前提に放った言葉を、エバンスはあまりにも容易く首肯する。
起き上がろうとするカリスの顔が、見る見る内に赤くなっていった。
「そ、それってつまり、わざわざ手間暇と大金を掛けて必死に隠してる正体を、自ら進んで吐露しているっていうことですか? どう考えても、それっておかしくないですか?」
「はい、どう考えてもおかしいのですが、事実としてそういう形になっています」
「で、でも、〈魔銀の笛〉って、フラングさんと銀面卿さんで、派閥争いみたいになってたんですよね? でもそれって多分、クランへ姿を見せない銀面卿さんへの不信感を突かれてクランを割られ掛けたってことですよね? そうまでして隠れて守っていた秘密を、どうしてそんな理由で……?」
「ルーチェ、もう止めてやれ」
純粋な疑問から死体撃ちを続けるルーチェに、俺はついに待ったを掛けた。
このときのカリスは立ち上がることさえ忘れて膝をついた姿勢のまま、顔を羞恥で真っ赤に染め上げ、口をパクパクとさせていた。
「以前どうしてこうも口が軽いのかとお嬢様を問い詰めた際に『せっかく頑張ってるのに誰も褒めてくれないとつまらない。やる意味がない』、『隠そうとしているという建前があった上で相手に知られた方が気分がいいことに気が付いた』……と」
……カリスが深謀遠慮に長けたクールでミステリアスな人物であるというのは、俺のとんだ勘違いであったらしい。
俺は思わず顔を手で覆った。
「お嬢様は幼少期に父親であるヒルマン様からあまり構われなかったためか、人一倍褒められたがりな性分でございまして。カリス様が〈魔銀の笛〉の幹部格らしいということは、彼女と親交のある人物であればなんとなく察しているところでしょう」
クランを探るより錬金工房〈小人の竈〉と取引のある店を当たった方が早かったか。
ラコリナの商人の間で〈魔銀の笛〉の内情が噂になっているとカリスが話していたが、彼女が自ら進んでラコリナの商人の間で噂にしていた、というのが正しいようだ。
「エバンス、何のつもりだ! 主に恥を搔かせるなど……!」
「誤解があるようでしたので。今解いておいた方がスムーズかと」
カリスが怒鳴りつけても、エバンスはどこ吹く風である。
「それに銀面卿のために複雑化したクランの問題や管理を丸投げされている身としては、お嬢様の優越感のためにそれが消費されている現状は不愉快ですので。当然ですが、ヒース伯爵家を刺激することも避けねばなりません。これを機に改めていただかなければと愚考いたしました」
エバンスの言葉に、ばたりとカリスが床へ突っ伏した。
「カ、カリスさん! アタシでよかったらいつでもお話聞きますから、ね、ね?」
ルーチェが慌ててカリスの許へと歩み寄る。
「いっそ殺してくれ……」
カリスが小さく、力なくそう漏らした。




