第十六話 分配と集計
〈魔銀の笛〉一派が奮闘してくれ、残ったルストベビーの駆除もすぐに片が付いた。
交易路に潜んでいた強敵ルストクイーンを倒し、引き連れていた魔物も無事に殲滅した。
これでレイドは完全達成だといえよう。
クランの冒険者より「功労者は休んでいてくれ」と言われ、その言葉に甘えて俺とルーチェはルストクイーンに壊されなかった方の馬車へと戻ることにした。
彼らが戦地に残った魔石やアイテムを改めて回収してくれている。
「クランとの軽い小競り合いのつもりがとんだ大仕事になったな」
俺が溜め息を吐くと、ルーチェも苦笑する。
「でも、これで目的は達成できましたよね。ルストベビーからも鉱石がドロップしたお陰で、想定以上に集めることができましたし……! 今回のドロップ、結構美味しかったんじゃないですかぁ?」
「四億ゴルドだな」
「はい?」
俺の呟きに、ルーチェが首を傾げる。
「今回のドロップアイテムの総額だ」
――――――――――――――――――――
〈碧き女王の鉱石塊〉:5500万ゴルド
〈ヘルメスのコイン〉:5500万ゴルド
〈魔虫銀の鉱石塊〉:2600万ゴルド×8
〈ルストベビーの魔石〉:180万ゴルド×9
〈オレアントの魔石〉:350万ゴルド×13
〈天運のスカラベの魔石〉:700万ゴルド
〈ルストクイーンの魔石〉:790万ゴルド
――――――――――――――――――――
総額、三億九千四百六十万ゴルド。
一度の探索でのドロップアイテム総額でいえば、自己ベストをトリプルスコアで更新している。
元々ドロップの美味しい〈夢の穴〉の魔物の大量発生に、ボーナスモンスター討伐、配下を量産するタイプの高レベルモンスターの登場が重なったのが大きい。
それがルーチェの幸運力で底上げされた。
当然ここにレイド報酬が加わるわけだが、四億ゴルドの前にはもはや些事である。
例によって冒険者がアイテムを捌けばどうしても市場価値は割るため、実際にはこの額よりは下の数字にはなるだろうが、それでも充分なんてものじゃない。
この後に控える錬金術師関連の交渉も上手く行きそうだ。
鎧の新調にも心置きなく資産が割ける。
「よよ、四億……数字を聞いても、まるで実感が持てないのが怖いです。黄金のラーナさんが、えっと、二十二体、二十三体……」
ルーチェがぶつぶつと呟きつつ、指を折って〈輝くラーナの飾剣〉換算している。
もっともこのドロップ総額を持ち帰られるかどうかは別の話だ。
アイテムのドロップ分け、特に複数の冒険者グループが絡むレイドについてはギルドが報酬分配の目安を提示しているが、当然それでも揉め事は付き物だ。
今更だが、俺達は散々〈魔銀の笛〉の面子を潰している。
ルーチェの差もあり、連中が手にしたドロップは魔石と僅かな〈魔虫銀の鉱石塊〉のみだ。
それにどうやら、連中は今回のレイドは、クラン内の派閥の立ち位置を左右する重要なものであったようだった。
今回の結果に納得がいっているはずもない。
穏便にこの場を終えるためには、今後の交渉のことを考えても、ある程度は折れる必要があるだろう。
問題なのは、その度合いだが……。
「お休みのところ失礼するわね。重騎士と道化師」
馬車へと声を掛けてきたのは、フラングの補佐であったアイネだ。
背後にはクランの冒険者達を率いている。
ドロップ品の回収と整理がいち段落ついたところで、早速交渉に出てきたということらしい。
「そちらも疲れているだろうに、休ませていただいたご厚意に感謝する。配分についてだが、例のボスドロップや他の鉱石は俺も使う当てがある。金銭や魔石での調整を……」
「エルマさぁん! 本当に、ありがとうございやした!! アンタがいなかったら、俺達ゃきっと全滅してた!」
背後のクランの冒険者が、豪快に頭を下げた。
それに続いて、他のクラン員やアイネも、疎らに感謝の言葉を述べる。
「レイドの上での仮初のものだとしても、仲間として当然のことをしたまでだ。俺達も助けられた。それより曖昧になる前に、ドロップ配分の話をしたいのだが」
「そう警戒しなくていいわ。配分で揉めるような場面はなかったでしょ。あの馬鹿みたいに、最初にダメージを与えたのが私だったはずだ……なんて言い掛かり付ける気もないわ。クランに悪評があるのは自覚してるけど、私達だって恩人相手に吹っ掛ける程恥知らずじゃないもの」
アイネはそう言うと、単身で逃げ出したリーダーのことを思い返してか、深々と溜め息を吐いた。
「本当はクラン内の功績争いが噛んでたんだけど、それどころじゃなくなっちゃったしね。クラン長目指して出張ってた奴が、ウチに顔も出せなくなっちゃったんだから」
フラングはあんな醜態を晒しては〈魔銀の笛〉には戻れないだろう。
なにせ自身が計画したレイドでの対応ミスで部下を危機に晒し、そのまま一人で逃げていったのだから。
何はともあれ、ドロップ分配で揉めずに済んだのはありがたい話だ。
利益は充分出ているので、多少損をしても相手の面子を立たせて穏便に済ませるつもりであった。
「実は一つ頼みごとがあるんだが……銀面卿と会わせてもらえないか?」
探り探り行くつもりだったが、好印象のようだったのでストレートに頼んでみることにした。
「銀面卿……ねぇ。何の用か知らないけど、クランでもまともにアイツと接触できるのはフラング含めても三人程度よ」
フラングか……。
残念ながら、俺が改めて交渉に出ても、まともに乗ってもらえるとは思えない。
「一応繋げられる奴に当たってみるけど、期待しないでほしいわね。私だってまともに会ったことないんだから」
「感謝する、それで構わない。〈魔銀の笛〉が狙っていた魔虫銀もいくらでも出せる。悪い話にはしないと伝えておいてくれ」
〈魔銀の笛〉が優秀な錬金術師を抱えているのならば、魔虫銀の大量ドロップと〈碧き女王の鉱石塊〉を手にした俺達とは、是が非でも交渉したいはずだ。
精製してまともな素材として運用するためには錬金術師の存在が必須なため、そこに一枚噛めば大きな仕事となるのだから。
「でも銀面卿なんて、本当にいるのかどうか……」
アイネが眉間に皺を寄せ、そう呟く。
それからはっと気が付いたように口許を押さえ、軽く首を振った。
「い、いえ、なんでもないわ。とにかく、今回は本当に助けられたわね」
フラングは銀面卿について具体的に言及していたはずだ。
『クランの実権をあの根暗から奪える好機だというのに』
『銀面卿め……! 鉱虫共は頑丈で厄介だと散々口にしていたのに』
奴の言葉から考えれば、銀面卿は魔物の知識に長けており、人前に出ることをあまり良しとしない性分のようだ。
仮に元貴族仕えで不祥事を起こしたような人間であれば、冒険者より魔物や市場、クラスの知識を有していることも、人前に出るのを徹底して嫌っているのも説明が付く。
そしてフラングとは同クランでありつつ、対立派閥にある。
恐らく表に出ず指示だけ飛ばしていたため、補佐役であったフラングに裏切られ、組織を乗っ取られそうになっていたのではなかろうか。
無事に当初の想定通りのドロップ分配を受け取ることのできた俺とルーチェは、ラコリナへと戻って今回のレイドの報告を行った。
接触があったのは、その翌日のことであった。
「お二方。エルマ様と、ルーチェ様ですね」
ギルドで調べ物をしている最中、背後より〈魔銀の笛〉の冒険者から声を掛けられた。
冒険者としては身なりが整っており、気品と落ち着きのある所作は、貴族か商人の子息を思わせる。
容姿端麗な青年であった。
武骨な荒くれ者連中であった、フラングやその一派とはあまりに雰囲気が違う。
「〈魔銀の笛〉に所属するエバンスと申します。我らがクラン長の銀面卿が、あなた方に直接お礼を申したいとのことです」




