過去 十四 モガの質問
珍客は、声で解った。
「伊藤さん……。」
節だと認識した。
一番会いたくない人間と遭遇してしまい、明継は、露骨に嫌な顔をした。
「貴方が一緒に住んでいるのは、あの男の子の事。」
蔑んだ目付きで、背を向けて無視する明継。
だが、節は食い下がって付いて来る。
無視しようと思えば無視できる精神状態だったのだが、流石にストレスの限界が感じられる。
「立ち聞き何て、良い趣味を御持ちですね。」
話し掛けて来る節に、明継は苛立ちを感じる。
侮蔑が入り混じった口調で、言葉を放った。
節は、傷付いた顔になったが、明継と歩調は同じ速さを保っている。引き下がる気配はない。
必要以上に追い回されて、修一との出会いが、嫌な気分になってしまった。
(今まで良い心地だったのに……。)と、節の登場を恨めしく思う。
「貴方には関係ないでしょう。」
「コウって聞こえたけど……。」
カッと頭に血が上った明継。だが、押さえるだけの余裕がある。
「貴方に話す理由はありません。……。貴方は何者です。尾行しているのですか。」
明継が腹を据えて質問した。
宮廷の意味ありげな動きは、違和感を覚えた。佐波様の儀式が早まったり、怪しい人影があったり、節が現れるまで、一切そんな事は起こらなかった。
全ての元凶は、此処にある気がしてならない明継。
「私は真実が知りたいだけで、貴方を落し入れ様とは思ってないわ。尾行しているのは悪いと思うけど、仕事なら仕方ないもの。」
唐突に質問されて戸惑う節。
本音がポロポロ出て来る。
取材をするのは慣れているが、下手に聞かれると返答の鈍さが伺えた。どうやら、彼女は新米記者らしい。
「其んな事より、皇子の成人儀が早まったのは、どうしてよ。」
節が明継に、食って懸かる。
「耳が早いですね……。いったい、何処から、諜報を。」
「出所は、教えない。でも、確かなはずよ。」
内部事情が明け透けに、流れてるのが、尋常ではなかった。
明継達も、知ったのは、佐波様からの直接の文にてだった。正式発表は、今日の正午だろうか、
(宮廷で何か異変が起こっている……。)と想像するが、明確でないので打ち消した。
「同居している彼も、関係しているの。」
紅の存在と、佐波の儀式が、明継の思考の中で重なる。
「どうして、其処で紅が出て来るのですか。」
大声を上げ、煉瓦の壁に反響した。
明継はしまったと口を押さえた。
戸惑いの余り叫んでしまったが、紅の名前を迂闊に出してしまった。
腕が諤諤と振るえるのを、節に気付かれない様にするので、明継は精一杯だった。
「あの子……。紅って名前なの……。」
身から出た錆でも、否定すると余計に怪しまれるので、口を噤んだ。
「確か、行方不明の皇院の子供が、紅隆御時宮様って名前だったわね……。」
其の名が出て、明継は脂汗が出る。
頭が真っ白くなり、下唇を思いっきり噛み締めた。
(自分の不注意で、紅の存在がばれてしまった。此の侭行くと、佐波様の立場も、紅の立場も危険があるかもしれない。)
明継はどうにかして切り抜け様と模索したが、良い弁明も出てこない。
「確か……、其うよね。其の上、貴方、失踪前日まで、教師で教えていたわよね。」
確信に近くなる節の言葉。
動揺が額の汗に現れた明継。
落ち着け、落ち着けと、長い息を吐いた。
幼少期から上っ面の冷静さは自信があった明継には、貼り付けられた笑みが現れた。
「其の様な、根も葉もない憶測で話さないでください。迷惑です。」
精一杯の抵抗。喉に張付いた粘着性の唾液が、言葉を其れ以上は作らせなかった。
「証拠もないのに失礼。」
明継は、此れで節の目的がハッキリしたと核心した。明継を苛々させて、紅の事を徐々に聞き出そうとしているのだろう。
宮廷の内情に詳しく、確証を求めて明継に近づいたのだと認識した。
「馬鹿らしい話には、付いて行けない。」
強めの口調で明継は、言捨てるように去った。
意識はぐるぐると巡り、始めて節に会った時の、言葉に表せない絶望が、目の前を覆い隠す。節と話した後は、必ず打ちのめされた様に思える。
明継は、紅の事で、突付かれれば、攻撃的な人間に様変わりしてしまう。
足を運びながら、意識は同じ事を繰り返した。
(節の狙いは紅だ。紅が危ない。)
其の文章は永遠と続く




