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【完結】倫敦《ロンドン》  時折《トキオリ》、春 〜君を辿って〜   作者: 木村空流樹
第一章

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過去 十三 再会

 次の日の朝。


 スクッと立ち上がり、明継(あきつぐ)は、上着を羽織(パオ)ると、カフスを占(シ)める。

 大股(オオマタ)で玄関の方に向かい、大声で紅に「行って参(マイ)ります。」と述(ノベ)る。


 紅(こう)が、鞄(かばん)を持って、「いってらっしゃい。」と云(イ)うと、其(ソ)の侭《ママ》外に出て行く。

 内側から鍵が閉まる音がして、明継は見送った。



 外気に触(フ)れて、朝になったのだと実感した。

 通りに、人も少なく、仕事へ行く人の足取(アシドリ)りは、早かった。


「はぁぁ……。」


 大きく吐く息は、思いのほか白かった。

 冬は冷たい。空は高く、澄(ス)んでいる。

 明継は歩くが、心の中が軋(キシ)む音がする。


「紅が居(イ)なくなるより、増(マ)しましだな……。」


 其(ソ)の言葉には、偽(イツワ)りがなかった。

 明継は、先日紅の姿が無くなっただけで、あれ程(ホド)我を忘れるとは予想外だった。

 (紅が居なくなって、自分一人になったら……。)と考えたが、現実とは結び付(ツ)かない。一番嫌な結論だった。



 大きな溜息(タメイキ)を吐(ハ)く。

 佐波(さわ)様が前に、『自分はどうしたいのか』と聞かれた時自分の事(コト)は考えていない事(コト)に気が付いた。


「本当、紅を手放す事(コト)は、出来(デキ)ないのかもしれない……。」


 明継は、強く頬(ホホ)を叩(タタ)く。


 彼自身のために、何時(イツ)かは、独立する日が来る。

 忘れる為(タメ)に、歩みを早める明継。



 洋館は、化け物屋敷に見え、罅割(ヒビワ)れた大地は、人間味を失わせる気(キ)がした。


「よう。久しぶり。」


 懐かしい声。

 肩に手を当てられて、其方(ソチラ)の方を振り向くと、黒髪の男性が立っていた。


「あぁ……。久しぶり……。」


 明継は、顔を見詰(ミツ)めながら、驚いた様子(ヨウ)で男に云(イ)った。


 男は、照れくさそうに笑い返して来る。

 男の名は、林 修一(はやし しゅういち)。故郷を同じくする青年であり、友人であった。だが、同郷では、大人になれば、話をするほど親しくもなく、其(ソ)れが、此の天都(てんと)で再開し話し掛(カ)けて来たのだ。


「此処(ココ)で何しているの。」


 修一(しゅういち)は、明継を意味深そうに見ている。


「い否……。何でもない……。」


 返答にもならない言葉を、返す明継。


「今は、宮廷で働いているのだろう。凄(スゴ)いね。」


「何で其の様な事、知っている……。」


 訝(イブカ)しい眼差しと、低い声で威嚇(イカク)する明継に、修一は受け流す。


「故郷では有名な話だよ。あっ、もしかして、故郷に帰ってない。」


「あぁ……。私はそんなに噂(ウワサ)のネタに上がっているのか……。」


「本当だって……。誉(ホマ)れになっている。」


 修一は、幼少期の笑顔の侭(ママ)であった。

 親しくはなかったがあかる明継の心に落ち着きを感じる。


「どうした。元気がないぞ……。」


 本来、幼少期は親しくても、久しぶりの友人に、気(キ)に掛(カ)けられるのは、嬉しい物があった。


「否……。何でもないよ……。」


「そうか。何か悩みが、あったら相談してくれよ。」


 平然(ヘイゼン)としている修一に、少しホダサレタ気分になる。久しぶりな優しい言葉に、心の安らぎを得る明継は、故郷を少し思い出していた。


 其れは、自分の幼少期が活動写真のように、怒涛の如(ゴト)く流れる。

 至(イタ)って不快ではなく、懐かしさが其処(ソコ)にはあった。都会で、過去を知っている者を持つ事がどれだけ心強いか、今更(イマサラ)ながら安堵(アンド)する。


「田舎に帰ろうかな……。」


 自然と出た明継の、他者に向けられた弱音は、自分でも驚くほどに滅入っていた事(コト)が伺(ウカ)えた。


 平常心では、其の様な話は、もっての外である。

 今の明継に取っては、修一が唯一の人間である気がしてならない。


「へぇ……。」


 返す言葉を捜すでもなく、修一は頷く。


「或(ア)る人を守りながら、生きて行くのって辛(ツラ)いなぁと思ってさ……。」


「へぇ。所帯を持っているんだ。」


 明継は自分の耳を疑(ウタガ)った。

 聞き間違いではないと、即座に判断し、吃(ドモ)ってしまう。


「い、い否。違うよ。」


 必死で否定する明継。

 狼狽(ロウバイ)するのが珍しそうに、修一は明継の動作を見詰(ミツ)めた。確かに、故郷では考えられない動揺(ドウヨウ)ぶりであった。


「大丈夫だって……。俺、口堅(カタ)いし。田舎に近々、帰るから迷惑(メイワク)掛けないし……。」


「否。本当に違(チガ)うんだって……。」


「でも、恋仲(コイナカ)だろ。」


 完全に止まってしまった明継。


「仕方ないなぁ……。今度、ソイツの顔見せろよ。良いな……。と云(イ)う訳(ワケ)で、下町の飲み屋にでも行こう。……其うだ、直ぐ行こう。今夜、行こう。」


「だから、違(チガ)うし。無理だって……。」


 明継はホトホト困り果てて、頭に手を当てた。明継は、今までの頭の中の瘍(デキモノ)が、取れる気がした。


 昔の知り合いとの出会いが、此処(ココ)まで心の安らぎを与えるとは思わなかった。どれだけ、休まらない日々を過ごしてたか分かった。


「じゃぁ。遊びに行くのは、もし駄目だったら、ソイツを部屋から出さなければ良い。」


 修一は、田舎っぽさの或(ア)る、すきっ歯を見せる。微笑(ホホエ)みが零(コボ)れる明継。


「家には呼べないよ。紅が困る。だったら、飲み屋に行こう。今日だね。解ったよ。」


 明継は上着のかくしから、名刺を取り出して、修一に手渡した。

 物珍(モノメズラ)しそうに眺めてから、着物の袂(タモト)に押し込む。


 明継は、懐(ナッ)かしさの或(ア)る修一と、話がしたかった。今迄(イママデ)に相談できる相手を渇望していた明継にとって、修一の出現は天からの恵みの様(ヨウ)に感じられた。


「仕事終わるの何時頃(イツゴロ)だ。」


「夕月(ユフツキ)頃かな。」


「門の真ん前で待っててやる。逃げるなよ。」


 其の後、道端で数分の談義(ダンギ)が続き、修一が手を振って去るのを眺めながら、軽い足取り職場に向かった。


 仕事以外に、紅が家に来てから、誰かと外出した事がないので、新鮮な心持ちで歩ける。

 瓦斯灯(ガストウ)が、洋風な建物に良く合っている。


 歩みを進めると、珍客が立っていた。

 修一と話していた場所から、数メートルしか離れていない。


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