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【完結】倫敦《ロンドン》  時折《トキオリ》、春 〜君を辿って〜   作者: 木村空流樹
第一章

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過去 十二 手紙

 しばしの間、下男を呆然と見送ってから部屋のドアを(アワ)てて閉る。

 突然の事に、何が何だか分からない明継(あきつぐ)に、(こう)が心配そうに後ろに付いた。


「先生……。大丈夫ですか。」


「はい……。(こう)は部屋に()て下さい。」


 ドアの隙間を開けて(ノゾ)いている紅を、放置する(ワケ)にもいかず、夜が深けて一気に部屋が暗くなり、洋灯(ヨウトウ)の灯かりなしには、家具が何処(ドコ)にあるかも分からない。

 しかし、明るくすると、隣の建物から動きが丸解りだ。


蝋燭(ろうそく)は、ありましたか……。」


 明継が一寸(イッスン)も見えない暗闇で、話した。暗くなると本能的に声が大きくなる。


「ええ。()りました。先生、ランプ付けてくれますか。」


 紅も感覚が(ツカ)めないのか、扉に何かをぶつけた音がする。


 かくしから、燐寸(マッチ)を取り出すと、明かりが煌煌(コウコウ)(トモ)った。


 紅の側に行くと、床に散らばった蝋燭(ろうそく)を、必死に拾っている紅の姿が、明るみに出る。罰が悪そうに、紅は、はに()んだ。


「大丈夫かい。」


 明継が()うと、紅は小さく(ウナズ)いた。

 ランプと蝋燭の火で、部屋が明るくなる。


「書斎で食べましょう。」


 紅は、冷えた飯を盆に乗せて運ぶ。



 従者(ジュウシャ)から預かった文を広げ、内容に目を通した。(ヌス)み見るように、明継の側から紅が(ノゾ)()む。


 文の内容は以下の通りである。


 挨拶事(アイサツゴト)の長い文があり、一枚目は先程(サキホド)の内容。


 二枚目は

 本日、正式に通達があり、佐波(さわ)次代皇(じだいおう)になるべく、成人(セイジン)()が行なわれるとの事。


 日時は|二週間後。


 正式に儀式が終り次第(シダイ)(レイ)を申し上げたいと端正(タンセイ)で、優雅な文字が、墨で書かれてある。


 追伸(ツイキ)として、前の件は、()しく思っているとだけ書かれてあった。


 遠回しな言い方に翻弄(ホンロウ)されながら、要約すると()うなる。


「すまないが……。どう思う。」


 王室の事は正確には知らない明継は、紅に答えを求めると、彼は()(ズラ)そうに話し始めた。


「十五歳になると大人の仲間として、儀式を行なうのです。行事の内容は、王族の一部しか知りませんから、私も分からないですが、佐波(さわ)様の場合、(おう)を継ぐ者として祖先に報告をすると聞いています。」


(ヨウ)するに、王位継承の内定を受ける様な物か……。あれ。十五歳って、()ったよね……。確か、佐波様は紅と同じ十四歳だったよね。」


「はい。同い年です。確かに可笑(オカシ)しいですね。十五歳が成人(セイジン)です。」


 此の時代の日本人には誕生日の概念がなく、元旦を迎えた時に、一斉に歳を取ると()う物だった。

 ()うなると、現在十四歳の佐波(さわ)は、来年の一月になるまでは、成人(セイジン)()が行われないはずである。


「其れに、十五歳になるまでは、(オオヤケ)に公表出来ない決まりが……。皇子(おうじ)が産まれた年は国民の間で覚えている者も多いはず。代々続いていた儀式が(たが)えるのは国民も怒るはずですし……。好皇派国民(こうおうはコクミン)も黙ってないでしょう……。其の上、儀式まで二週間しかないのも、可笑(オカ)しいです。今は二月。発表後、直ぐ()り行われるのも、可笑しいです。」


 古くから伝わる行事を、壊してまでも佐波を十四で次代皇(じきおう)としようとしている利点がなかった。


 日本の国民性から()って、君主(クンシュ)大事の意志からは(ハズ)れるし、伝統(デントウ)(ソコ)なうのを一番嫌うはずである。宮廷が其れを進んでやるのは()に落ちない。


皇院家(オウインケ)が又、何か(カラ)んでいるのかい。」


「いいえ。其れは考えられないです……。(タト)え、計画しても実行は、(おう)の判断ですし……。()れに、皇が一人で行事を早められるとも、思えません。成人の儀式は、第一後継者を決める重要な役目であり、幼少名を捨てる意味があります。大事な行事を、(おう)が破る訳にはいきません。」


 佐波の文を、もう一度目を通す。


「でも、()れで佐波様と会えなくなりましたね。」


 事実上、佐波様付き英国人教師に引継ぎが終ったら、明継の立場はどうなるのだろう。

 内向きの仕事をやっておいて正解だったと思った。もう、明継と紅の事実を知る者はいない。


「えぇ……。佐波様と完全に切り離されました。次代皇(じだいおう)にと決ったのです。()うしたら、完全に下々(シモジモ)とは隔離(カクリ)されます。一流の者が選ばれ、(おう)となるべく英才教育を受けるのです。家臣も宮廷も様変(サマガ)わりします。例え、先生でも今迄(イママデ)のように合わせてもらえないでしょう。」


 完全に、佐波様との繋がりが絶たれた。佐波様が、唯一の理解者であったのに、明継は此れで全てが白紙に戻った気になる。


()れで、宮廷に戻る手立ても、無くなりましたね。」


 紅が、明継の目を、真っ直ぐ見て()う。


 茶色の瞳が、炎に映し出されて()らぐ。嬉しそうに見えたのは明継だけだっただろうか。


「そんな……。佐波様が皇子(おうじ)になれば、紅の事も()み消してくださいますよ……。」


「佐波様が皇になるには、今皇(こんおう)御崩御(ゴセイギョ)なさらなければ駄目です。でも、御健在(ゴケンザイ)で、まだ若いです。佐波様が次代皇子(じだいおうじ)(ツイ)でも、今皇が死ぬまでには、私達は老い過ぎますよ……。今皇(こんおう)と、佐波様の力を使っても、三年間の失踪の後に(モド)るとなると、名文が必要です。皇院家(オウインケ)と、家臣達を納得させるだけの理由が……。」


「では、平穏に、紅が宮廷に戻る事は出来ないのかい。」


「多分……。元から無理だったのです。皇院(おういん)を抜け出したら(モド)れない事は、覚悟の上でしたから……。」


「完全に紅が王宮に戻る手立ては、絶たれたと()いたいの。」


()うです。」


 紅は微笑む。もしかしたら、妖艶(ヨウエン)と呼んだ方が当てはまるかもしれない。


 薄暗い所為(セイ)か、余計、不気味(ブキミ)に思えた明継。

 紅の感情に、驚きを隠せなかった。


「紅……、冷静だな……。」


「えぇ……。」


 紅は、表情も作らず、書斎から出て、佐波の文を破り捨て、煙管(キセル)の灰皿に入れ、火を付ける。

 煌煌(コウコウ)と製鉄の炎の様な緋色(ヒイロ)が目に焼き付いて離れない。


 薄暗い紅の肌は、近づけば近づくほど鋭敏(エイビン)な色合いを、(カモ)し出していた。其れを、不安そうに明継が見守っている。

 紅の様子が可笑しい(オカシ)と、始めて感じとった。


 冷め切って、味気ない飯後、明継(あきつぐ)が台所に行って、食器を片付(カタズ)けて、戻ってきた。


 紅は、顔の血の気を取り戻した。

 他部屋は、依然(イゼン)、暗い部屋の(ママ)だったが、二人は寄り添っていた。


 不便ではあったが、洋灯(ヨウトウ)を付ける理由にはなかった。

 沈黙は次第(シダイ)に明継の心を、(ムシバ)んで行った。



 第一に問題は、(せつ)と云う自称新聞記者。彼女がどれだけ諜報(チョウホウ)を入手しているか。其して、何が目的か。

 第二に、佐波(さわ)成人(セイジン)()が早まったのは何故(ナゼ)か。

 第三に、光の正体と人影が、誰かである。(せつ)か、(こう)を狙う誰か、皇院家(おういんけ)の手の内の者かもしれない。


 明継は核心していた。全ては、一本の糸で繋がっていると……。()して、誰かが裏で引いていると……。

 しかし、明継(あきつぐ)が其れを探す手立てはなく。


「先生……。」


 紅の声であった。


「あぁ。どうした。」


 明継の書斎は仕事に使う為、雨戸があり、扉を閉めれば密室になる。光は漏れる事はない。


 明るく、安心して仕事が出来(デキ)る環境であった。


「先生は、何をお考えですか。」


 身を(ヒルガエ)して、書斎の扉に()()かる。


 仕事をする(タメ)だけの部屋は、色彩のない、とても味気ない空間だった。

 今は、心を憂鬱(キウツ)にした。


 自分の置かれている立場も気になる明継。

 ()ママでは、紅を(ヤシ)いながら、(カクマ)いきれないと()んだ。


 だが、紅を宮廷に帰す望みも()たれた今、相談する相手もいず、一人で頭を(カカ)えていた。


「身分が変わってしまっては、佐波ように、合いに行けなくなる……。」


 悩み続けていると、暗闇(クラヤミ)に飲み()まれそうなので、思いっきり頭を()る。


「色々とね……。三年間もあったのに、何もしていないと思って……。」


「私には、楽しい思い出だけです。先生が食べる食事を作って、帰りを待ってる。花が好きだと云えば、何の花かも解らない花を買ってきたり……。」


 長椅子(ナガイス)に座りながら、紅に手招きした。

 紅は足早(アシバヤ)に、隣に腰掛けた。


「今なら解りますよ。一番好きなのは木蓮(もくれん)の花です。」


「正解です。私の夢の象徴の花です。」


「紅の夢。」


 紅は微笑んだ。


「はい。私にも夢があるんです。先生と居て、皇院(おういん)(クライ)を捨ててでも、やりたい事です。」


「聞かせてくれるかい。」


 紅は、真剣な面持(オモモ)ちで、考え()んでいる。寒いのか肌を(サス)った。


 明継は、達磨(ダルマ)ストーブに火を(トモ)した。石炭が赤々と火を付ける。


「毛布に、くるまりなさい。」


 紅の肩に防寒用の毛布を掛けた。


 明継が、長椅子に再度、腰掛けると、紅が()り寄って来た。毛布の端を引っ張り、明継の背中に掛け様とする。


「先生も寒いでしょう。」


 明継は、紅の腰を抱き締めるように、引き寄せた。毛布の端を背に羽織り、紅にぴたりと()()う。


「夢とは。」


「先生と一緒に倫敦(ロンドン)に行きたいです。」


 腕を紅の肩に回し、髪の毛を()でた。


「二人で倫敦(ロンドン)ですか。」


「行きたいです。御話(オハナシ)(イタダ)いた列車や、活動写真やら、全ての物が見たいです。」


 夜は深まる。

 明継と紅は自室に帰らなかった。

 二人で話題を決めず、思い立った事を、徒然(ツレズレ)なる(ママ)に話した。

 石炭が会話の途中で、炎に、はぜる音と、一緒に寄り添っていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 爆ぜる炎の傍で遠い夢を語らう。それは幸せで温かく、そして微かに儚い光景に思われます。紅は皇院より、明継との異国での未来のほうが心惹かれ、また、大切でもあるのですね。どこか佐波の後継に伴って…
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